第16話 組織への忠誠を示せ
「計画の中核にいる人間を特定するための情報収集よ。具体的には、違法MAGの流入経路と、計画を主導している人間の特定が目的」
「それは学校内部での潜入か?」
「ええ、そうよ。表立って調査すれば、計画を主導している側に察知される。情報を持っている人間に近づくためには、目立たない形で動く必要がある」
「俺から動けば、風紀委員が動いていることが、すぐに知られる。逆に神代が動けば、名家が介入したことが知られる。しかし……不破なら今の状況を利用できる」
手を自身の顎下に当てながら、蓮花は話を続けると、視線をネメシスへと固定する。
「俺の状況とは?」
「お前は今、この学校内で最も注目を集めている一年生だ。予科生でありながら正科生を圧倒した。欧州三国の留学生が集まっている。その状況は、計画を主導している側にとっても、関心の対象になっているはずだ」
「俺を餌にするということか」
「餌という言い方が正確かどうかは分からん。しかし、お前の存在は計画側の人間に接触する理由になり得る」
「ふむ、理解した。それで、恒一の役割は何だ?」
肩を竦めながら返すと、ネメシスは意識を彼に向けた。
「神代は後方で動く。不破が接触した相手の情報を、因果演算で解析する。俺が影界障壁で二人の安全圏を確保する。三人での連携だ」
横目で恒一を見ながら蓮花が、今回の動きの概要を簡単に語る。
「三人で動くということか」
「そうだ。俺は前には出ない。しかし、後ろから全部を見ている」
蓮花の切れ長の目が、静かにネメシスを見ていた。そこに派手さはない。
しかし、視線の奥にある重さが、今日の朝から変わらない。
被害を出さずに終わらせることを、家系の誇りとして持っている人間の目だ。
そして四月二十五日、日曜日。午後二時十七分。潜入任務の開始から既に、二日が経過していた。
四月下旬の午後の光が、学校都市全体を照らしている。雲一つない晴天で、空の青が濃かった。
気温は二十四度まで上がっており、五月の気配が四月の終わりに混じり始めている。
日曜日の午後の学校は、授業がなく生徒の往来が自由だ。
寮棟の周辺、食堂の外のテラス席、校舎前の広場に生徒が散らばっている。
ネメシスは一人で、校舎の裏手の通路を歩いていた。
この二日間で、ネメシスは予科生のネットワークの輪郭を把握する。
NMSウイルスの神経回路は、接触した人間の魔力波長を記録し続けていた。
同じ波長の人間が複数の場所で確認される場合、その人間たちが何らかの形で繋がっている可能性がある。
二日間で確認した波長の共鳴パターンが、三つのグループに分類できた。
一つ目は、単純な不満層。
正科生との格差に不満を持つ予科生で、特定の組織に属しているわけではなかった。
二つ目は、情報を共有している層。
特定の時間帯に特定の場所に集まり、声を落として会話をしていた。
三つ目は、外部からの物資を扱っている可能性がある層。
学校の正規デバイス以外の魔力波長を、体から放出していた生徒が複数いた。
そして今日の午後、ネメシスは三つ目のグループの、末端メンバーと接触する。
校舎の裏手の通路は、日曜日の午後は人通りが少なかった。
通路の幅は三メートルで、片側が校舎の外壁、もう片側が植栽である。
植栽の緑が濃くなり始めており、四月下旬の光の中で新葉が輝いていた。
通路の奥のベンチに、二人の生徒が座る。どちらも予科生だった。
銀の徽章が、制服のジャケットに光っていた。一人は短髪の男子生徒で、端末を見ている。
もう一人は女子生徒で、腕を組んで目を閉じていた。そこへ、ネメシスが近づいてゆく。
「少し話せるか?」
気さくな雰囲気を纏わせながら、ネメシスは軽く声を掛ける。
すると二人が同時に顔を上げてネメシスを見た。
「不破ネメシス?」
短髪の男子生徒が口を開く。その声には、驚きと緊張が混じる。
「ああ、そうだ」
「……なんで俺たちに声をかけるんだ……?」
「貴様らが俺に関心を持っていることは知っている。だから先に声をかけた」
「……どういう意味だ?」
彼の突拍子もない言葉に、二人が顔を見合わせ、短髪の男子が疑問を漏らす。
「俺は予科生だ。トーナメントで正科生を複数倒した。その俺に貴様たちの側が、関心を持つのは当然だ。違うか?」
「……俺たちの側、とはどういう意味だ?」
少し間を置いてから、短髪の男子が問う。
「正科生との格差を、力で変えようとしている側だ」
「っ……それを何処で聞いた」
二人の表情が途端に変わると、短髪の男子が声色を強めた。
「聞く必要がない。神経回路で感知した。貴様らが持っているデバイスは、学校の正規デバイスではない。外部から入ってきた種類だ」
「お前……何者だ? まさか風紀委員の回し者か?」
そう言いながら短髪の男子が立ち上がる。
「違う」
即答するように、ネメシスが答えた。
「俺は予科生だ。正科生に勝った予科生だ。それ以上でも、それ以下でもない。ただ……俺には話を聞きたい相手がいる。中核にいる人間と話したい。繋いでくれるなら、俺には協力できることがある」
腕を組みながら彼が話を続ける。するとネメシスの言葉を聞いて、二人が再び顔を見合わせた。
――翌日、四月二十六日。月曜日。午後四時三十三分。放課後だった。
校舎前の広場に、生徒が散らばっている。広場は校舎の正面玄関前に広がる石畳の空間。
縦三十メートル、横四十メートルの広さがあり、中央に噴水がある。
噴水の周囲にベンチが並んでおり、放課後には談笑する生徒が集まる場所だ。
四月下旬の午後の光が、広場の石畳を照らしている。気温は二十三度で、風が穏やかだ。
新葉が育ち始めた木々が広場の周囲に並んでおり、葉の間から午後の光が差し込んでいる。
ネメシスが広場の中央付近に立っていた。前日の接触が、結果を出している。
末端のメンバーを通じて、中核グループへの橋渡しの打診が届いていた。
その条件は、ただ一つである。
『組織への忠誠を、公開の場で示せ』
裏切りという名の、芝居の内容は、ネメシスが自分で考えた。
恒一と蓮花にも、内容は共有済みである。留学生の三人にも、協力を依頼した。
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