第15話 潜入任務
「四月三日から、学校内の特定の区画で魔力残滓の異常が観測された。通常の術式使用では生じない種類の残滓だった。成分を解析した結果、外部から持ち込まれたMAGの使用痕と判定された」
「外部から持ち込まれたMAG、とはどういう意味だ?」
ネメシスが言った。
「学校が正規に支給するMAGは、学校のネットワークに登録されている。全ての使用記録が管理される。しかし観測した残滓は、登録外のデバイスの痕跡だった。つまり……」
「学校の管理外のデバイスが、校内で使用されているということか」
「ああ、そうだ。しかも成分の詳細を調べると、国内で流通していない術式基盤を持つデバイスだ」
「違法MAGか」
「国内では製造も流通も禁止されている種類のデバイスだ。どこから流入したかは現時点で特定できていない。しかし、校内に持ち込まれていることは確認されている」
力強く頷きながら、蓮花の切れ長の目が、投影の記録を見ている。
一方で恒一も、投影を見ていた。暗いグレーの瞳が、記録の日付を追っている。
「違法MAGの流入だけではない」
唐突に彼が呟く。
「ふむ……先を話すか」
恒一を見ながら、蓮花が静かに腕を組む。
「いや、俺が話しましょう。俺も関係している情報ですから」
そう言うと彼は、鋭利な視線を、ネメシスへと向ける。そして蓮花が小さく頷いた。
「四月十一日の夜、校内の第七区画で正科の生徒二人が、何者かに暴行を受けた」
「……正科生の生徒が、か?」
少し間を置いてから、ネメシスが疑問の声を漏らす。
「そうだ。帰寮中に複数の人間に囲まれた。術式を使った攻撃を受けて、二人とも負傷した。一人は意識を失い、翌日まで医務室で手当を受けていた」
「その事件は、学校では報告されていないぞ」
「ああ、隠蔽されている」
「誰が隠蔽している?」
「学校の上層部の一部よ。事件が外に出れば、学校の管理能力への不信が広がる。トーナメントの直前だったこともあって、情報を抑えた」
ネメシスと恒一の会話に入り込むように桃華が口を開いた。
「隠蔽の判断に、貴様は関与しているか?」
「関与していない。事件を知ったのは三日前よ。影読くんから直接報告を受けた」
彼の問い掛けに、少し間を置いてから彼女は答える。
「三日前まで知らなかったのか?」
「生徒会にも情報が届いていなかった。意図的に遮断されていたのよ」
腕を組みながら桃華は、眉間に皴を寄せた。
その話を聞いてから、ネメシスの神経回路が、情報を処理する。
学校上層部の一部が、事件を隠蔽した。生徒会長にも届かないよう情報を遮断。
それは通常の隠蔽ではなかった。組織的な情報統制である。
「事件の加害者は特定されているのか?」
ネメシスが聞いた。
「特定されていない。しかし、被害を受けた生徒の証言がある。複数人で、全員が制服を着用していた。金徽章ではなかった、という証言だ」
「つまり……断定はできないが、予科生の可能性が高いということだ」
息を吐き捨てながら蓮花が答える。
「ふむ、違法MAGの流入と、予科生による正科生への暴行が、同じ時期に重なっている」
少し考え込みながら、それをネメシスが口にする。
「ああ、そうだな」
恒一が頷く。
「それだけじゃないわ。影読くんが独自に収集した情報に、もう一つの要素がある。これが最も重要な部分よ」
桃華が話を続けた。深い焦げ茶の瞳が、ネメシスを真っ直ぐに見る。
蓮花が投影を切り替えた。新しい記録が表示される。
「四月に入ってから、予科生の一部の間で、特定の動きが確認されている。詳細はまだ断片的だが、複数の情報源から同じ内容が出ている」
蓮花が言った。
「内容は?」
「正科生と予科生の格差を力で崩す、という趣旨の動きだ。具体的には正科生の生徒を対象にした、組織的な示威行動の計画が進んでいるという情報がある」
それを蓮花が告げると途端に、室内が束の間の静寂に包まれる。
「クーデターか」
ネメシスが言い切った。
「クーデターという言葉が正確かどうかは分からない。しかし、組織的な実力行使の計画が進んでいる可能性がある。四月十一日の事件が、その計画の一部である可能性がある」
少し間を置いてから、蓮花が重たい声を漏らす。
「違法MAGは、その計画のために流入したのか」
「関連している可能性は高い。しかし、確認ができていない」
「……まさに、俺が風紀委員会に入った理由が、それだ」
おもむろに恒一が腕を組んだ。暗いグレーの瞳が、投影の記録を見ている。
「神代家として、この情報を知ったのはいつだ?」
表情を僅かに訝しめながらネメシスが聞いた。
「今日の朝、影読委員長から、それを聞いた。だから……それが俺の受諾の決め手となった」
「神代家の名前が、計画の中で使われている可能性がある。それが理由か?」
「そういう事だ。正科生と予科生の格差を崩すという計画の中で、十の名家の存在が障害として名指しされているという情報が含まれていた。神代家は序列一位だ。標的になる可能性がある」
表情筋を引き締めるように、圧を持たせて恒一は語る。
「ということは……貴様が風紀委員会に入ったのは、神代家を守るためか?」
「それだけではない。格差への不満は分かる。百年の慣例が作り続けてきたものだ。しかし、組織的な実力行使で解決しようとすれば、必ず被害が出る。誰かが傷つく。それを俺は止めたい」
小さく顔を左右に振りながら恒一は、拳を静かに握り固めて自分の思いを話す。
「神代家の名前は関係なく、か」
「関係なく、だ」
そう言う恒一の声には、余分な感情がなかった。
しかし言葉の重さが、声の平坦さより深いところにある。
「んんっ……ではこれより、任務の内容を伝えます」
軽く咳払いをしてから桃華が告げた。
「二人には、潜入任務を依頼したい。……まあ、具体的には不破くんには、だけど」
「ほう? 潜入任務か」
僅かに口角を上げるネメシス。
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