第14話 風紀委員と神代家
「ふふっ、ありがとうね。不破くん。引き受けてくれて、本当に嬉しいわ」
女性特有の温かくて、柔らかな質感の声を口にしながら、桃華は静かに両手を合わせる。
「ふっ、喜ぶのは勝手だが、生徒会内の反発への対処は貴様の役割だ。そこに俺は一切介入しない」
「ええ、分かっているわ。それは私が全て引き受ける」
「それが条件だ」
「了承よ」
そう言うと桃華が、一歩前に出た。おもむろに右手を差し出す。
「よろしくね、不破ネメシスくん」
「……ああ、よろしく頼む、再生院桃華」
少し間を置いてから、ネメシスも右手を出した。そして桃華の手と握手を交わす。
彼女の手が温かかった。再生院の術式系統を持つ人間特有の、わずかに体温が高い手である。
だが、その瞬間だった。突如としてドアがノックされる。三回。間隔が均一だった。
桃華がネメシスと手を離す。
先ほどまでの向日葵のような表情が瞬時に、凛々しい生徒会長ものへと切り替えられた。
「どうぞ」
短く桃華が言い切る。そしてドアが、ゆっくりと開いた。
最初に入ってきたのは、見たことのない顔である。男子生徒だ。
百八十六センチの長身が、ドアの枠いっぱいに収まっている。
がっしりとした体格で、肩幅が広く、筋肉の線が制服越しに自然に見えていた。
黒髪がやや短めのショートカットで、前髪が軽く眉上で整えられている。
自然な束感があり、清潔感があった。切れ長で鋭さのある目が、室内を一度で把握する。
瞳の色が濃い焦げ茶だ。黒に近い色である。真顔だった。
感情を大きく出さない、落ち着いた真顔である。
鼻筋が通っており、口元が引き締まっていた。
角ばりすぎない整った輪郭が、男らしい骨格の中に収まっている。
制服を、きちんと着こなしており、無駄な装飾がなかった。
左腕に腕部装着型のデバイスを装備している。
コンパクトな設計のデバイスが、体格に対して自然に馴染んでいた。
腕に風紀委員会の徽章が付いている。
そして続いて入ってきたのは、神代恒一だ。
黒髪短め、暗いグレーの瞳。数珠型デバイスが右手首に巻かれている。
二人が室内に入り、ドアが閉められた。
「失礼します、再生院会長。約束の時間通りに来ました」
長身の男子生徒が、桃華を見た。その声は低いが、落ち着いた声である。
感情が表面に出ていない声だが不快ではない。
「ええ、来てくれてありがとう。影読くん」
薄い笑みを浮かべて、桃華が応えた。長身の男子生徒が、次にネメシスを見る。
切れ長の瞳が、彼を捉えた。一秒間、凝視する。それは値踏みでも敵意でもない。確認の目だ。
「影読蓮花だ。三年生。風紀委員長をしている」
ネメシスを捉えながら、簡単な自己紹介をする蓮花。
「不破ネメシスだ。見ての通り、一年生だ」
淡々と彼が答えた。
「ああ、知っている。トーナメントを見た」
「そうか」
「一つだけ言う。あの暴走に入っていった判断、俺は正しいと思っている」
「そう評価する理由は?」
少し間を置いてから、ネメシスは問いかける。
「被害を最小化した。それが全てだ。俺の家系は、そこだけを見る」
そう言う蓮花の声に、余分な感情は存在しない。しかし言葉の中に、確かな重さがある。
影読家の家系背景が、その言葉を作っていた。
神代恒一が、ネメシスを見る。暗いグレーの瞳が向いていた。
今日の朝から、神経回路で感知し続けていた、因果演算の波長だ。
「やぁ、不破」
右手を軽く挙げながら恒一が口を開く。
「神代恒一」
「どうやら、お前は生徒会補佐に任命されたらしいな」
「ああ、そうだ」
「予想通りだった」
「予想していたのか?」
「桃華先輩が、この数日動いていた。方向から考えれば、お前へのスカウトは想定の範囲内だ。しかし……複雑な気持ちはある。だが反対する立場ではない」
「反対する立場ではない、という言い方は、個人的には複雑だということか」
「そうだ。正直に言えばそうなる」
「ふっ、正直な言い方だ」
少し間を置いてから、ネメシスは鼻で笑うように返す。
「嘘をつく必要がない」
大きく肩を竦めながら恒一は呟く。二人の間に、短い沈黙が訪れる。
今日の朝から続いていた注視と、直接言葉を交わしたことで生まれた、新しい種類の緊張だ。
そして桃華が蓮花に向き直る。
「影読くん、神代くんの件、話してもらえる?」
「不破に聞かせても問題ないのか?」
頷きながらも蓮花は疑問を口にした。切れ長の目がネメシスを一度見る。
「問題ないわ。むしろ聞いてもらった方がいい」
「承知した。……我々、風紀委員は満場一致で神代恒一を、正式にスカウトした。今日の朝、受諾の返事も貰った」
少し間を置いてから、蓮花は真顔を晒し、恒一の一件を説明した。
そして生徒会室に、束の間の静寂が訪れる。
ネメシスは静かに、恒一を見た。恒一が、ネメシスを見返す。
「お前……風紀委員会に入ったのか?」
「ああ、そうだ。色々と事情があってな」
不敵な笑みを浮かべつつ恒一は答える。
午後十二時五十六分。生徒会室に入ってから、十七分が経過していた。
春の昼の光が南側の全面窓から差し込み続けている。
外の気温は二十二度で、室内は二十四度を保っていた。
午後の授業開始まで三分を切っており、食堂の喧騒が収まり始めている。
棟の外で生徒が移動する足音が、廊下を通じて微かに届いていた。
桃華が表情を切り替える。穏やかな微笑みが残っていた。
しかし、その奥の光が昼休みを通じて見せていた、どの表情とも違う種類に変わっている。
生徒会長として、案件を処理する目だ。蓮花が腕部デバイスを操作した。
生徒会室の情報端末が、一台だけ起動する。
壁面の端末ではなく、テーブルの中央に埋め込まれた投影型の端末だ。
テーブルの表面に、薄い光の層が展開した。
「授業が始まる前に、お前たち二人を我々がスカウトした理由と要点を伝える。所要時間は二分だ」
端的に蓮花が呟く。桃華が席を立ったまま、テーブルの投影を見た。
「先に背景から説明するわ」
粛々とした声を出す彼女。
「今月の上旬から学校内で、複数の異常が確認されている。最初に気づいたのは風紀委員会よ。影読くんから詳細を」
説明を促すように桃華は、ふわりと右手を蓮花へと向ける。
そして彼がテーブルの投影を操作した。光の層に、いくつかの記録が表示される。
日付と場所と内容が並んでいた。
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