第12話 生徒会にスカウトされる、生物兵器
「……はぁ、変わった人だな」
少し間を置いてから、ネメシスが溜息混じりで返す。
すると、それを聞いて桃華が笑みを零す。穏やかな微笑みが、今日初めて崩れた。
声を出して笑う。それは抑えた笑いだが、本物の笑いだ。
「変わっていると言われたのは久しぶりだわ。みんな私に対して、それを言わないようにしているから」
「当然だな。普通に考えて、生徒会長に向けて使う言葉としては不適切だ」
「ええ、そうね。でも貴方は言った。それも面と向かって、私にはっきりと」
「思ったことを言っただけだ」
「ふふっ、それがいいの」
そう言うと桃華が笑いを収める。深い焦げ茶の瞳が、また真っ直ぐにネメシスを見た。
「ところで不破くん、貴方は今まで何人の人間に惚れたと言われた?」
「今月だけで数えるなら、三人だ」
「今月だけで三人。それが多いと思う?」
「普通かどうかの基準を、俺は持ち合わせていない」
「ふぅん、持っていないの。じゃあ私が四人目になっても、普通かどうかの判断ができないわね」
「ああ、そうなるな」
肩を小さく竦めるネメシス。すると桃華が少し前に身を乗り出した。テーブルの表面に肘をつく。
両手を組んだ状態で、その上に顎を乗せた。昼の光が桃華の黒髪を照らしている。
艶のある黒髪が、その姿勢で肩から流れた。深い焦げ茶の瞳が、近い距離でネメシスを見ている。
ジャケットの前が、姿勢により僅かに開いていた。
「ねえ、不破くん。もし私が、貴方に触れていいと聞いたら、どうする?」
桃華が呟く。その声は低くなっていた。しかし、今までと質が違う。
室内の空気が変化した。昼の光は変わらず差し込んでいたが、空気の密度が上がる。
ネメシスが桃華を見た。彼女の深い焦げ茶の瞳が、近い距離で彼を見ている。
微笑みが消えていなかった。しかし今の微笑みは、穏やかというより、試している種類の微笑み。
「それは何の目的で言っているのか、把握してから答える」
少しだけ姿勢を正しながらネメシスが答えた。
「目的?」
「挑発なのか、本心なのか、それとも何かを確認するための発言なのか。いずれかによって、答えが変わる可能性がある」
「三択を全部提示した上で答えを保留にするの?」
少し間を置いてから、桃華が首をかしげる。
「保留ではない。情報が足りない状態で答えることが非効率だと判断した」
「情報が足りないなら、足りない情報を聞けばいいんじゃない?」
「では聞く。どれだ」
机上に左腕を乗せると、前のめりな姿勢を取り、ネメシスは問う。
すると桃華が、また笑みを零す。今度は声を出さなかった。口元だけが軽快に動く。
「……ふふっ、全部よ」
「全部、とはどういう意味だ?」
「挑発でもあるし、本心でもあるし、確認でもある。三つ全部が同時に成立しているの」
「同時に成立する場合の答えを、俺は持っていない」
彼女から視線を外して考え込むが、ネメシスは適切な解を得られず、右手で眉間を抑えた。
「今は持っていなくていい。答えが出たら教えてちょうだい」
そう言いながら、桃華が身を引いた。テーブルから肘を外す。姿勢が戻った。
穏やかな微笑みが、また顔に定着している。
午後十二時四十七分。生徒会室に入ってから、八分が経過していた。
春の昼の光が南側の全面窓から差し込み続けている。
外の気温は二十二度のままで、室内は二十四度を保っていた。
窓の外の新葉が昼の光の中で揺れており、学校都市の中心部が明るく見えている。
昼休みの残り時間は十三分だ。桃華の表情が変化する。穏やかな微笑みが残っていた。
しかし、目の色が切り替わる。挑発の光が消えていた。別の種類の光に変化している。
「さて、軽い雑談はこれぐらいにして、そろそろ本題に入るわね」
声色を引き締めて、凛々しいものにする桃華。それは挑発の声でも、穏やかな雑談の声でもなかった。
生徒会長として話す声である。ネメシスの神経回路が、桃華の魔力の波長の変化を感知した。
基礎波長の密度が上がっている。集中している時の波長だ。
「単刀直入に言うわね、不破ネメシスくん。生徒会補佐に、貴方をスカウトしたい」
「生徒会補佐とは何だ?」
首をかしげながら、ネメシスは疑問を漏らす。
「生徒会の正式メンバーではなく、特定の案件に関して生徒会長の直属で動く役職よ。前例は三年に一度程度しかない。今の生徒会には補佐は一人もいない」
「その役職に、俺を入れるということか」
「ええ、そうよ」
「理由を聞く前に確認する。それは生徒会全体の総意か?」
「……いいえ」
少し間を置いてから、桃華が答える。
深い焦げ茶の瞳が、ネメシスを真っ直ぐに見たまま動かなかった。
「当然、反対があったわ」
「どの程度の反対だ?」
「生徒会の正式メンバーは私を含めて七人いる。私を除いた六人全員が反対した」
「六人が反対した、と」
「ええ、そうよ」
「つまり賛成は、貴様一人だった」
「うん、一人だった」
「それでも進めるのか?」
自身の首筋に手を押し当てながら問うネメシス。
「生徒会長の権限として、補佐の任命は単独で行える。規則の上では問題ない。ただ……問題がないことと、反発がないことは別物だわ。それは正直に伝えておく」
窓の外を一度だけ見ると桃華は、一瞬の含みを込めた言葉を呟いた。
「反対の理由を聞かせろ」
ネメシスが言った。桃華が視線を彼へと戻す。
「三つあった。一つ目は徽章の色の問題。二つ目は実績の問題。三つ目は出自の問題」
「順番に説明してくれ」
「一つ目。この学校の生徒会は、創立以来ずっと正科生で構成されている。予科生が生徒会の役職に就いた前例がない。慣例が百年以上続いている」
「百年以上か」
「この学校の歴史と同じ長さよ。学校ができた時から、生徒会は正科生のものだという認識が根付いている。それを崩すことへの抵抗が、五人の中に強くあった」
「二つ目は?」
「実績の問題。生徒会補佐に任命されるためには、通常は学年成績上位、あるいは学校への顕著な貢献実績が必要とされている。貴方は入学して一ヶ月足らずで、正式な成績評価はまだ出ていない。トーナメントの戦歴も……あの一件が影響してあやふやな状態だしね。つまり、それだけでは根拠として弱いという意見があった」
「三つ目は?」
「出自の問題。貴方がどこから来た人間かが、学校内では完全には明らかになっていない。ミネルヴァの関係者という情報は出回っているが、具体的な経緯が不透明。不透明な出自の人間を、生徒会に関わらせることへの懸念があった」
少しの間を空けると、重たい息を吐いてから桃華は、それらの事について話す。
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