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第11話 ようこそ、私の花園へ

「さぁ、どうぞ! 私の花園へ!」


 電子錠が解除される、軽い電子音が響くと、彼女がドアを開ける。

 まずはネメシスが先に入室した。続いて桃華が続いて入る。その後、ドアが閉められた。

 生徒会室は広い。縦十二メートル、横八メートルの長方形の空間。


 天井の高さが四メートルあり、他の教室より天井が高かった。

 南側の壁面が全面窓になっている。春の昼の光が大量に差し込み、室内を明るく照らしていた。

 窓の外には、学校都市の中心部が見える。


 管理棟の屋上、寮棟の外壁、食堂の白い外観、そして散り終わった桜の木々と新葉の薄緑が広がっていた。部屋の中央には、大型の会議テーブルが置かれている。

 黒い天板の長テーブル。椅子が十脚並んでいた。テーブルの表面が昼の光を反射している。


 壁面に情報端末が、六台埋め込まれていた。現在は全て待機状態で画面が暗い。

 テーブルの奥に、生徒会長専用の席がある。他の席より幅が広く、背もたれが高かった。

 入口側の壁に、歴代生徒会長の写真が、額縁に入れて並んでいる。再生院家の生徒が多い。


 本棚が東側の壁に沿って並んでいた。

 学校の規則集、過去の議事録、各委員会の報告書が整然と並んでいる。

 空気が静かだ。食堂の喧騒とは全く違う静けさである。


「誰もいないわね。うん、予定通り」


 人差し指を各所に向けながら室内を見渡す桃華。


「生徒会の他のメンバーは?」

「今日の昼休みは来ないように調整したのよ。貴方と二人で話したかったから」

「そこまでするのか……」

「ええ、もちろん。生徒会長の権限よ!」


 そう言いながら桃華は、テーブルの奥の席へと向かう。何故か生徒会長専用の席には向かわなかった。

 彼女はテーブルの中央付近の椅子を引く。


「さぁ、座って座って」


 向かいの席を示しながら桃華が微笑む。

 ネメシスは静かに溜息を吐くと、大人しく指示に従い、椅子を引いて腰を下ろした。


 彼が椅子に座り込んだ所を見てから、桃華が向かいの席に座る。

 深い焦げ茶の瞳が、ネメシスを正面から見た。穏やかな微笑みが変わらない。


 午後十二時四十一分。生徒会室に入ってから、二分が経過していた。

 春の昼の光が南側の全面窓から差し込み続けている。


 外の気温は二十二度で、生徒会室内は空調が切れた状態でも、昼の光の熱で二十四度まで上がっていた。窓の外では新葉が風に揺れており、学校都市の中心部が昼の光の中で明るく見えている。


 生徒会室は静かだ。二人だけの静けさである。桃華がテーブルの上で両手を重ねた。

 深い焦げ茶の瞳が、ネメシスを正面から見ている。食堂にいた時の微笑みと同じである。


 しかし今の微笑みの奥に、食堂では見えなかった種類の光が混じっていた。

 ネメシスの神経回路が、桃華の魔力の波長を走査する。


 再生院の術式系統を持つ固有の波長だ。しかし、彼女は今それを起動してはいない。

 だが常時微弱に放出されている基礎波長が、今日の朝から継続して確認されていた波長より、この室内では密度が高かった。


「一つ聞くが、俺を監視対象に指定したのは貴様か?」


 唐突にネメシスが口を開く。


「……それは、誰から聞いたの?」


 わずかに桃華の瞳が揺れる。


「誰からも聞いていない。神経回路で走査した範囲から推測した」

「なるほど、なら推測が当たったわね。ええ、私が指定しました」

「理由は?」

「理由は後で話すわ。まずは私が、ここに貴方を招いた理由を話します」

「順番があるのか」

「あるの。私の話には順番があって、順番通りに進めると一番伝わる構造になっている。付き合ってもらえる?」

「……まあ、一時間以内なら」


 少し考えてから返し、ネメシスは椅子の背にもたれた。


「十分で終わるわ。さっきそう約束したもの」


 窓の外を桃華が、一度見る。昼の光が差し込み、新葉が揺れていた。

 彼女が再び視線を、ネメシスへと戻す。


「例のトーナメント、私は最初から最後まで見ていたわ」

「ああ、知っている。教師陣の専用席にいたな」

「……ずっと見ていた。第一試合から、アイゼンさんの暴走が収まるまで。全部見ていた」

「それは?」

「生徒会長として、実力試験の全日程を観察するのは職務の範囲よ。だから見ていた。ただ……職務として見ていたはずが、途中から違う気持ちで見ていた」


 少し間を空けてから、桃華は含みのある言葉を残した。

 深い焦げ茶の瞳が、ネメシスを真っ直ぐに見る。


「違う気持ちとは?」

「そうね。貴方の戦い方を、見ていたくなった……って感じかな」


 そう言う彼女の声は、穏やかな微笑みと同じ温度である。

 しかし言葉の中に、温度とは別の何かがあった。


「第二試合で貴方は一歩も動かなかった。ミサキさんが二十一秒で二人を制圧した。貴方はそれを後方で見ていた。指示を出すでもなく、介入するでもなく、ただ立っていた。その立ち方が、気になった」

「立ち方が?」

「隙がなかったの。動いていないのに、隙がなかった。貴方が動かないことを選んでいた。動けないのではなく、動かなくていいと判断していた。その判断の根拠を、あの場で分かる人間が一体、どれだけいたかしら」

「それが貴様には分かったのか」

「ええ、分かった。だから気になった」


 テーブルの上の手を桃華が少し動かす。組んでいた指を一度開く。


「第三試合で術式の核に干渉した。月城くんの雷霆一閃を指先で解体した。その時の顔が私は忘れられない」

「ほう、俺はどんな顔をしていた?」

「……そうね、退屈そうだった」

「ふむ、少しばかり解釈が違うな。あれは退屈ではなかった。ただ、想定内だったというだけだ」


 手を自身の顎下に当てながらネメシスは呟く。


「想定内の顔が、退屈に見えるのね」

「そうかもしれない」

「それが良かった。退屈そうに指先で雷撃を解体する一年生を、私は今まで見たことがなかった。見たくて見た光景ではなく、見てしまった光景だった。だから惚れた」


 そう語り掛ける桃華の声には、今まで聞いたことのない種類の熱が混じる。室内が静かだ。

 昼の光が差し込み続けている。ネメシスが彼女を見た。

 漆黒に近い濃紫の瞳が、桃華の深い焦げ茶の瞳を捉えている。

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