第10話 生徒会長に捕まる生物兵器
「美味しいわ。今日のスープ、昨日より火の通りがいい」
穏やかな微笑みのまま桃華は、コンソメスープを一口飲んで感想を残した。
それに対して誰も答えない。テーブルの五人が、それぞれの方法で桃華を見ていた。
ルクレツィアが、サファイアブルーの瞳で、桃華を見ている。
英国王立魔導院仕込みの、相手を測る目だ。
リュミエールが蜂蜜色の瞳で桃華を見ている。好奇心と警戒が半々だ。
アイゼンが灰青色の左目で桃華を見ている。人工魔眼が、彼女の魔力の波長を走査していた。
ミサキが灰色の瞳で桃華を見ている。イヤーカフが微弱な光を放つ。
ネメシスが漆黒に近い濃紫の瞳で、彼女を真っ直ぐに見ていた。
「再生院桃華。貴様、一体何の用だ?」
僅かに睨みを利かせながら彼が問う。
「食事よ。昼休みに食堂で食事をするのは普通のことでしょ?」
「このテーブルに来た理由を聞いている」
「ふふっ、正直な子ね。では、こちらも正直に答えるとしましょうか」
少しだけ表情を崩して笑みを晒す桃華。
その穏やかな微笑みの奥に、今日初めて見る種類の光が混じる。
「ああ、是非とも答えてくれ。正しくな」
「貴方に会いに来た。ただ、それだけよ」
「俺に会いに来て、隣の席に座って、ただ食事をするつもりか?」
「ええ、まあ……最初はそのつもりだったんだけど……少し予定を変えようかしら」
そう言いながらキッシュに、フォークを入れる桃華だが、そのままフォークを置いた。
そして彼女は椅子を引き立ち上がる。
テーブルの全員が、桃華を見た。彼女がテーブルを軽やかに回る。
ネメシスの席の横まで来た。彼の漆黒に近い濃紫の瞳が、桃華を見上げた。
彼女が穏やかな微笑みのまま、ネメシスの顔を見下ろす。
「皆さん、ごめんなさいね~。少しだけ、不破くん借りるわね」
両手を合わせて言う、桃華の声は柔らかいものだ。しかし、有無を言わせない質がある。
そして矢継ぎ早に彼女が、ネメシスの左腕に手を添えた。桃華の指が制服の袖に触れる。
そのまま腕を取った。腕を組む形に持ってゆく。
「ちょ、ちょっと!」
突然の出来事に、目を丸くしていたミサキが、慌てた様子で声を荒げた。
「ん~、そうねぇ……一時間以内に返すわ」
彼女に向けて桃華は、微笑みを浮かべたまま言い切る。
「違う! そうじゃない! そもそも、借りるとか返すとかの問題じゃない! ネメシスは今、昼食の途中だ!」
「あら、確かにそうね。じゃぁ、食べ終わったら連れていくわ。不破くん、あと何分で食べ終わる?」
「ふむ、五分……といったところだな」
自分のトレーを見て、ネメシスは答える。白米が半分ほど残されていた。
豚汁が三分の一残されている。焼き鯖が、ほぼ完食されていた。
「うんうん、それでは五分待ちましょう」
腕を組んだまま桃華が、その場に立ち尽くしている。
ネメシスの隣に立ち、腕を組んだままの状態で待つ。
ルクレツィアが、紅茶のカップを持ったまま、桃華を見ていた。サファイアブルーの瞳が細くなる。
「再生院先輩。腕を組んだまま、お待ちになるつもりですの?」
「ええ、そのつもりだけど?」
「離して差し上げてはいかがかしら」
「えー、嫌よ」
「理由は……何かしら?」
「離したら逃げそうだから」
「ネメシスさんは逃げたりなさいませんと思いますけれど」
「そうかしら? この子、掴んでおかないと気がついたら別の方向に、歩いていきそうな気がするのよ。私の直感だけど」
「直感で一年生の腕を、お組みになりますの?」
足を組み替えながら、クレツィアが鋭い視線を向けた。
「心配しなくても大丈夫よ。こう見えても私、直感が外れたことがないの。ごめんなさいね」
「再生院先輩」
イヤーカフが、少し強めの光を放ちながら、ミサキが口を開く。
「なに、蛇ノ目さん?」
「ネメシスに何をするつもりですか?」
「少し話がしたいの。それだけよ」
「話の内容を先に教えてもらえますか?」
「ここで全員に聞かせる内容じゃないから、別の場所で話したいのよ。だから連れていくの」
「内容を先に教えてもらえれば、ネメシス本人が行くかどうかを判断できます」
「蛇ノ目さん、貴女は不破くんの保護者なの?」
「……いえ、私は彼の……っ”……ただの、幼馴染です……」
何かを言いかけた所で、ミサキは無理やり言葉を変えて放つ。
「……へぇ、幼馴染であれば不破くんの行動が制限できるの?」
「っ……制限はできません。しかし、それでも……!」
「ごめんなさいね。私は不破くんと二人で話がしたいの」
楽しげに目を細めると桃華は、不破の腕をさらに強く抱き寄せた。
ミサキの灰色の瞳が、さらに細くなる。
そして、ネメシスが白米を食べ終え、豚汁を飲み干す。静かに箸を置いた。
「ごちそうさまでした。……うむ、食べ終わったぞ」
「そうみたいね。じゃあ、行きましょうか」
そう言いながら、桃華が軽く腕を引く。ネメシスが席から立ち上がる。
腕を引かれたまま、彼は歩き始めた。テーブルに残された四人が、ネメシスの背中を呆然と見つめる。
「……待って!」
唐突に甲高い声を上げて、リュミエールが椅子から立ち上がった。
「リュミエールさん?」
進めていた足を止めて、桃華は振り返る。
「一時間以内に返すって言ったよね?」
「ええ、そうだけど?」
「それは絶対かい?」
「もちろん、絶対よ」
「……分かった。信じるよ」
口元を歪めつつもリュミエールは、小さく頷いて椅子に座り直した。
そして桃華がネメシスの腕を引いて、止めていた足を進めて歩き始める。
食堂の全員が、二人を見ていた。
生徒会長の再生院桃華が、一年一組の不破ネメシスと腕を組んで、食堂の出口に向かう。
「あの生徒会長が……不破と腕を組んだ……」
「半ば強引に連れ去ったな」
「あのテーブルの四人の顔、見た?」
「ミサキさんの顔が怖かった……」
「ルクレツィアさんもアイゼンさんもリュミエールさんも……全員が複雑な顔をしていた……」
「ついに……生徒会長まで動いたか……」
「不破のやつ、完全に有名人だな。一年坊の予科のくせに」
食堂内では、あらゆる学年の男女の声が、複雑に重なり続けた。
そして、桃華とネメシスの二人が、食堂の出口を抜ける。
そのまま二人は、管理棟の隣の棟、二階へと足を運んだ。
生徒会室のドアの前に、午後十二時三十九分に到着する。
食堂から歩いて八分だ。春の昼の光が廊下の窓から差し込んでいる。
廊下の床は白いタイルで、壁面が白いコンクリートだ。
二階の廊下は一階より静かで、昼休みの現在も、この棟の廊下に人影はない。
そして桃華が、カードキーを懐から取り出して施錠端末にかざすと、生徒会室のドアのロックを解除した。
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