第7話 生物兵器の周りに集まる少女たち
「ここ、よろしいかしら?」
横上を片手で押さえながら、ルクレツィアが声を掛ける。もう片方の手には、トレーを持っていた。
フルブレックファスト形式のプレートである。
スクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、グリルトマト、マッシュルームが並んでいた。
紅茶のカップも添えられている。金色の波打く髪が昼の光を受けて輝いていた。
サファイアブルーの瞳がネメシスを見ている。
白いブラウスの胸元が、制服のジャケット越しでも分かる、豊かな曲線を持つ。
細身の体型が濃紺のスカートと対比して際立っていた。
「勝手に座れ」
ネメシスが答える。
「ふふっ、ありがとうございます」
彼の真隣の席に、ルクレツィアが腰を落ち着かせた。正面ではなく、真隣である。
トレーをテーブルに置き、紅茶のカップを両手で持つ。
「今日の食堂、また人が増えましたわね。貴方のせいですわよ、分かっていまして?」
「俺のせいか」
「貴方が有名になりすぎましたの。見に来ている生徒が多いですわ。他のテーブルからこちらを向いている視線が、今この瞬間も二十以上ありますわよ」
「数えたのか?」
「習慣ですわ。英国王立魔導院で育ちますと、周囲の視線を常時把握する癖がつきましてよ」
そう言うとルクレツィアが紅茶を一口飲んだ。
「ねえ、ネメシスさん。一つお聞きしてもよろしいかしら」
「なんだ?」
「アイゼンさんが惚れたと宣言した日から四日経ちましたわ。あの子は今も貴方の周りにいます。フランスのリュミエールさんも、入学初日から貴方への接触を続けておりますし……。そしてここ数日、わたくしもこうして隣にいますわ」
「それは俺への質問か?」
「ええ。この状況を貴方は、どう思っていらっしゃいますの?」
「俺が思う前に状況が作られている。俺の意思とは別に人が集まっている。どう思うかを判断する前に、次の事態が来る」
「それは不満……かしら?」
小首を傾げながら、ルクレツィアが尋ねる。
「不満かどうかを考える余裕がない」
「……正直な答えですわね」
小さく微笑むとルクレツィアは、紅茶に視線を落とした。そして別の椅子が静かに引かれる。
「ここ、座っていいかな?」
柔らかな声でリュミエールが尋ねた。その手にはトレーを持っている。
フランス料理エリアのキッシュと、ヴィシソワーズのセットだ。
それと、クレープが一枚添えられている。
淡いブロンドの癖毛が、昼の光を受けて柔らかく輝いていた。
彼女の蜂蜜色の瞳が、ルクレツィアとネメシスを交互に見る。
白いブラウスが中性的な体型に沿っており、しかし制服越しでも分かる胸元の曲線が、華奢な体型と対比して目を引いた。
「……座れ」
肩を竦めながら、ネメシスは返す。リュミエールがルクレツィアの反対側の隣に座った。
「ルクレツィアさんも来てたんだね」
「ええ、先に来ておりましたわ」
「そっか」
そう言うとリュミエールが、蜂蜜色の瞳でネメシスを見る。
「ネメシスくん、今日の午前中の術式理論の授業、聞いてた? フランスと日本の術式体系の比較論が出てきたんだけど、ネメシスくんの術式の基盤には、どちらの体系も当てはまらないんじゃないかなって思って」
「当てはまらない。俺の術式の基盤はNMSウイルスの神経接続を介している。既存の体系に分類できない」
「やっぱり。どちらでもないなら、どちらでもある可能性もあるよね。フランス式の術式波長を入力したら、どう処理されるか試してみたいな」
「試験的に?」
「うん。接触しての試験なんだけど……今度、機会があれば、ね?」
少し悪戯ぽっく小首をかしげ、リュミエールは覗き込むように、ネメシスに微笑みかけた。
「こほんっ、リュミエールさん? まさか今から学術的な、お話を始めるつもりかしら?」
注意を引きながらルクレツィアが、優しく紅茶のカップを机上に置く。
「研究心は止められないんだよ」
「昼食の席で接触試験の、お話をするのですわね」
「接触といっても術式的な話だよ。悪い意味じゃないさ」
「どこまでが術式のお話で、どこからがそうではないのか。貴女の場合は分かりにくいですわ」
少しの間を置いてから、ルクレツィアが返す。
「そう? 分かりやすいと思うけど」
スプーンを持ったまま、リュミエールは悪びれずに、肩を竦めて見せた。
そして、また椅子が引かれる。今度は音が少し重かった。アイゼンがトレーを机上に置く。
ドイツ料理エリアのシュニッツェルと、ザウアークラウトのセットである。
プレッツェルが添えられていた。水のグラスが一つだ。
銀混じりのブロンドが、昼の光を受けて淡く輝いている。
灰青色の左目が、テーブルの状況を、一度で把握した。
人工魔眼の青みがかった光が静かに揺れている。
引き締められた体型が女子用制服に沿っており、白いブラウス越しに均整の取れた体のラインが明確だ。
「ここに座るぞ」
ネメシスの正面に、アイゼンが座る。宣言だった。確認ではない。
「あっ、当然のように座ったね」
小声でリュミエールが呟く。
「私が当然のように座ってはいけないのか?」
「いけなくはないけど」
「では座るぞ」
そう言うと席に腰を落ち着かせて、アイゼンがシュニッツェルにフォークを入れた。
灰青色の左目が、ネメシスを見る。
「今日の午後の魔法実技、お前は内容を確認したか?」
「ああ、確認した」
「対人魔法戦の基礎演習だ。ペアを組む形式だった場合、お前とペアを組みたい」
「理由は?」
「お前の術式干渉の基盤を、実技の中で直接観測したい。試験的な意図もある」
「リュミエールと同じことを言っている」
「リュミエールも同じことを言ったのか?」
グラスに満たされた水を飲みながら、アイゼンがリュミエールを見た。
「うん、先に言ったのは僕だからね」
蜂蜜色の瞳をリュミエールが返す。
「ふん、内容が同じなら、私と組む方が効率的だ。MAGの重装甲制御と、ネメシスの術式干渉の相性は、すでに先の戦いで確認している。データがある分、観測精度が高いからな」
「でも僕の方が観測範囲が広いよ。光属性の走査は全方向への感知ができるんだ」
「しかし接触型の観測なら、私の方が――――」
「接触型なら僕も!」
「お前は遠距離型だろう」
「接触もできるよ」
「どんな形でだ?」
「それは……」
「言えないのか?」
「……言えるけど、言わない」
少し間を置いてから、リュミエールが答えた。
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