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第6話 飯テロ

「ああ、そうかも知れないな」


 軽く肩を竦めながらネメシスは椅子の背に体重を預けた。

 そして今度は美弥が、前方の席から立ち上がる。端末を手に持ち、教室の後方に向けて歩き始めた。


 その動線が、ネメシスの席の横を通る動線である。彼の神経回路が、美弥の近接を感知した。

 彼女が横を通る瞬間、ネメシスを見る。氷色の瞳が、一秒間だけ向いた。


 その目の色が、今日初めて見る色である。

 今まで美弥がネメシスを見る時は、観測補正系の魔法師の目だった。

 情報を収集しようとしている目である。しかし今日の目は、それと違った。


「ふむ、敵意だな」


 小声でネメシスは吐く。


「何が?」

「美弥が今、俺に敵意を向けた」

「美弥さんが? なぜ」


 彼女(美弥)の背中をミサキが見た。


「分からない。しかし、今日初めて確認した感情の色だった。観測ではなく、明確な敵意だった」

「……トーナメントで私が美弥さんを撃破したことへの怒りかもしれない。あるいは……」


 少しの間を空けてから、彼女は考え込む。


「あるいは?」

「神代家の人間として、不破ネメシスという存在が恒一さんの前に、立ちはだかっていることへの危機感かもしれない」

「どちらか判断できるか?」

「両方同時にあり得ると思う」

「ふん……美弥の敵意は、恒一の注視と連動している可能性がある。恒一が対処を検討し始めたことを、美弥が感じ取っていて、先んじて感情を向けている」


 指の骨を鳴らしながら、ネメシスは視線を教室全体に配る。


「神代兄妹は連動して動く。それはトーナメントで確認した」

「そうだ。美弥の敵意が表に出たということは、恒一の注視が本格的になっているということだ」


 両の瞼を静かに閉じると、ネメシスは意識を別のとこへ向けて、静かに息を短く吐き捨てた。

 そして休み時間の間は、廊下でも変化が起きている。


 一年一組の教室のドアが開いており、廊下の生徒が教室の中を覗く形になっていた。

 他のクラスの生徒が、廊下を歩きながら、一組の教室を見ている。


「あれが噂の不破ネメシスか!」

「触手魔だ! トーナメントで術式干渉を使った奴だ!」

「制服が予科じゃねぇか。アイツがアイゼンさんを助けたって話は本当か?」

「今日の朝にアイゼンさんからキスされたらしいぞ!」

「え、マジで……?」

「アイゼンさんが不破に惚れたって宣言した話も聞いたぞ」

「それ本当? ドイツの留学生が一年の、それも予科生に?」

「フランスのリュミエールさんも以前、不破にキスしたって話があって……」

「英国のルクレツィアさんも、アイツを見る目が色っぽくて気になるぜ……」


 それらの男女の言葉が廊下内で、複雑に絡み合い木霊していた。

 ネメシスに関する情報が、今この瞬間も広がり続けている。


 ――四月二十三日、金曜日。午後十二時十四分。春の昼の光が食堂の天井近くに設置された採光窓から差し込んでいる。四月下旬の太陽が真上に近い角度で光を放っており、食堂内の白い床と白い壁が昼の明度を均一に保っていた。


 外の気温は二十一度まで上がっており、食堂内は空調が稼働して二十三度に保たれている。

 窓の外の桜はほぼ散り終えており、薄緑の新葉が枝先に芽吹き始めていた。

 昼休みが始まってから、十四分が経過している。

 

 食堂の外壁は白い打ちっぱなしのコンクリートと、強化ガラスの組み合わせで構成されており、南側の壁面が全面ガラス張りになっていた。


 春の昼の光がガラス越しに大量に差し込み、食堂内を明るく照らしている。

 建物の高さは二層分で、天井が吹き抜けになっていた。

 採光窓が天井の四箇所に設置されており、自然光が四方向から降り注いでいる。


 収容人数は八百人だ。しかし、実際の昼休みには千人以上が利用している。

 在校生全員が、同じ昼休みの時間帯を持っていたため、食堂は常に混雑していた。

 入口から見て、左側が正科生の利用エリアで、右側が予科生の利用エリア。


 明示的な区分けではない。規則で決まっているわけでもなかった。

 しかし、入学当初からの慣例として定着している。中央の通路を挟んで、自然に分かれていた。

 テーブルは四人掛けと六人掛けが混在している。四人掛けが六十卓、六人掛けが三十卓だった。


 全テーブルが白いテーブルクロスで覆われており、食堂というよりカフェテリアに近い内装である。

 床は白いタイルで、天井から吊り下げられた照明が、昼の自然光を補助していた。

 カウンターが食堂の奥に、一列で並んでいる。カウンターの長さは、四十メートル以上あった。


 各国の料理が区画ごとに並んでいる。和食のエリアには、定食形式の料理が並んでいた。

 白米、味噌汁、焼き魚、煮物、漬物の組み合わせが基本で、日替わりの主菜が四種類用意されている。

 洋食のエリアにはパスタ、グラタン、ステーキ、サンドイッチが並んでいた。


 イギリス式のフルブレックファスト形式の料理も常時提供されており、スクランブルエッグとベーコンとソーセージのセットが英国留学生の間で人気だ。


 フランス料理のエリアにはキッシュ、クロックムッシュ、ブイヤベース、クレープが並んでいる。

 毎日異なるスープが提供されており、今日はヴィシソワーズだ。

 ドイツ料理のエリアにはブラートヴルスト、ザウアークラウト、プレッツェル、シュニッツェルが並んでいる。


 中華料理のエリアと、東南アジア料理のエリアも隣接していた。

 食堂の規模と料理の多様性は、第一国立魔法科高等学校の国際性を示している。

 ネメシスがトレーを手に持ち、カウンターの前に立っていた。


 濃紺の瞳が、並んだ料理を、一度だけ見渡す。判断に時間をかけなかった。

 和食のエリアで、白米と豚汁と焼き鯖の定食を選ぶ。それらをトレーに乗せて、テーブルに向かう。


 食堂の中央と予科生エリアの境界付近に、比較的空いているテーブルがあった。

 六人掛けのテーブルである。


 ネメシスがトレーを机上に置くと、そのまま静かに腰を席に落ち着かせた。

 すると一分も経たないうちに、隣の椅子が引かれた。

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