↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/102

第3話 嫉妬の英国少女

「ちょっと待ってくれ! アイゼンは留学生だ。それが不破に惚れたと宣言した。アイツは予科生だぞ! なんで予科生如きが……」


 甲高い声を上げながら、如月が不満を大々的に漏らす。


「如月くん、またそれを言うの?」

「ああ、当然だ! 俺はまだ納得できていない! トーナメントで正科生が次々とやられて、それだけでも面白くないのに、今度はアイゼンまで!」

「感情は徽章の色で決まらないんじゃないの?」

「そういう問題じゃない!」

「じゃあ、どういう問題なの?」

「っ……俺にも分からない。ただ、面白くない……」


 他の生徒の言葉を聞いて、如月は途端に言葉を詰まらせ、煮え切らないものを零す。


「それは如月くんの個人的な気持ちじゃないのか?」

「ああ、そうだ。個人的な気持ちで何が悪い」

「……別に悪くはないけど」


 少し間を置いてから隣の生徒が、肩を竦めて話を終わらせた。

 そして如月が席に座り直すと、静かに腕を組んだが、その表情は複雑なものである。

 一方で予科生の区画では、大半の者が呆然としていた。


「朝から何が起きているんだ……」

「アイゼンが戻ってきた……不破の席に直行した……キスした……惚れたと宣言した……」

「それが今日の朝八時五十分までに起きたことか!?」

「そ、そうだ……」

「情報量が多すぎる」

「アイゼンたその銀髪の匂いを嗅ぎたいでござる……」

「でも不破に惚れた……」

「不破、ちょっとモテすぎじゃないか?ルクレツィアもいるし、リュミエールもいるし」

「今度はアイゼンまで……」

「不破は何をしているんだ。何をしたらそうなる……くそっ!」


 予科生の生徒たちが、各自の言葉で状況を語り合う。

 そして前列の中央付近に、リュミエールが座っていた。

 淡いブロンドの癖毛が、朝の光を受けている。蜂蜜色の瞳が、アイゼンの席に着く姿を追っていた。


「ふふっ、面白いね。アイゼンがああなっちゃうなんて、思ってもみなかったな。四日前まで感情を殺し続けていた子が、あんな風に惚れたって宣言するようになるなんてね」


 小声でリュミエールが呟く。口元に笑みが浮かんでいる。今日の状況を楽しんでいる笑みだ。


「リュミエールさんは笑っているけど、さっきのアイゼンさんの行動を見て驚かないの?」


 隣の席の生徒が困惑した顔で彼女を見る。


「驚かないよ。むしろ想定の範囲内かな」

「えっ、そうなの?」

「アイゼンは四日間、僕に話を聞かせてくれたんだ。医務室で、ずっと話してくれた。その中にネメシスくんのことが、何度も出てきたからね。だから今日、こうなることは予測していたよ」

「予測していたなら、止めなかったの?」

「なんで止めるのさ。良かったじゃないか。ネメシスくんも、また今日から賑やかになるね」


 リュミエールが蜂蜜色の瞳を、今度はネメシスの席の方に向けた。

 その声には、友人を見る温かさがある。しかし同時に、何か別の感情が混じっていた。

 その感情を、リュミエール自身が整理している様子。


「でも……どうしたいんだろうね……僕は……」


 彼女は小声で呟くが、それは独り言のようだ。誰にも聞こえない声である。

 一方でルクレツィアは、自分の席で静かな態度を見せていた。

 汚れなき制服を完璧に着用している。金色の波打く髪が、朝の光を受けて輝いていた。


 サファイアブルーの瞳が、前を向いている。前を向いていたが、焦点がない。

 アイゼンの宣言を聞いた瞬間から、ルクレツィアの瞳の色が変化している。


 穏やかなサファイアブルーが、深みを増していた。透明だった色が、濁り始めている。

 今日、初めて見る色だ。


「不破ネメシス……貴方の周囲に、また一人増えましたのね。今度はドイツまで……。先週の決闘で責任を取れと言ったわたくしが、まだここにいるというのに」


 小声でルクレツィアが呟く。誰にも届かない声だ。

 サファイアブルーの瞳が、ネメシスの席の方を向いている。

 その目の色が、今日の朝の穏やかな光の中で、危険な種類の深さを持っていた。


「今日のわたくしは……不覚にも自分の感情の処理が……うまくできておりませんわ」


 ルクレツィアが独り言を続ける。指先が、膝の上で制服のスカートを掴んでいた。

 一方でミサキは、端末を閉じたままである。灰色の瞳が、前を向いていた。

 アイゼンが、自分の席に着くまでの動線を、視線で追っている。


 やがて彼女が、自分の席に着いた。ミサキの視線が、ネメシスに移る。

 彼は正面を向いていた。いつもと同じ姿勢である。変化がなかった。


 ミサキの灰色の瞳が細くなる。左耳のイヤーカフが、微弱な光を放ち続けていた。

 ヨルムンガンドが、ミサキ自身の神経系の変化を処理している。


 午前八時五十二分。アイゼンの宣言から既に、二分が経過していた。

 春の朝の光が教室の窓から差し込み続けている。

 外の気温は十六度のままで、窓の外では桜の花びらが風に舞い続けていた。


 教室内の温度は十九度を保っていたが、人間の熱気と困惑が空気の密度を上げている。

 冬華がHRの開始を告げたにもかかわらず、教室の騒めきが収まらなかった。

 ネメシスは正面を向いている。しかし神経回路が、今日の朝から蓄積した情報を、処理し続けていた。


 アイゼンの宣言。ルクレツィアの瞳の色の変化。ミサキの僅かな魔力の乱れ。

 そして、リュミエールの小声の独り言が、神経回路の走査範囲に入っていた。


 その中で一つの記憶が浮上した。四月九日。入学から二日目の朝。

 リュミエールが転入してきた日だ。教室で彼女がネメシスの頬に突然キスをした。

 偶然にも今日のアイゼンと、構造が同じである。


「……同じことが二度起きた、か。しかも、フランスとドイツで」


 小声でネメシスが呟く。誰にも聞こえない声量だ。

 神経回路が、両者の行動を比較分析した。リュミエールのキスは、入学二日目という早い段階。

 アイゼンのキスは、礼の名目があった。動機の構造が違う。しかし、外見の現象は同じだ。

最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。

宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。

活動の励みとなり更新が維持出来ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。