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第29話 各勢力の動き

「ねえ、ネメシス」


 不意に軽い声をミサキが掛けた。


「なんだ?」

「例の試合の後から、学校内のネットワークの動きが、大きく変わってる。緘口令が出てるのに、情報の流量が増えてて……なんだが妙だね」

「把握している」

「ネメシスも感じているの?」

「神経回路が、周囲の魔力の動きを常時走査している。例の試合の後から、複数の方向で魔力の密度が上がっているな。誰かが何かを動かし始めている証拠だ」

「それは……どこから?」

「少なくとも三方向だ」


 腕を組みながら、少し考えた末に、ネメシスは呟く。

 最初の変化を感じ取ったのは、管理棟の方角である。外周通路から管理棟は見えなかった。

 しかし建物の方向から、学校の公式ネットワークを通じた、魔力の流れが変化している。


 情報端末の稼働が増えていた。

 記録の整理と送付の準備が行われていることを、神経回路が環境の魔力変化として読み取る。


「管理棟が動いているな。恐らく今日の試合記録を各機関に送付する準備だろう。国内ではミネルヴァと聖統院。国外では英国、フランス、ドイツなどの各国の政府機関に送られる」


 組んでいた腕を解いて、ネメシスは指を鳴らした。


「……ふぅん、ネメシスの記録が全部入ってるね」

「そうだ。術式干渉、魔法無効化領域、自己再生、暴走介入。今日一日の全てが記録されている」

「ミネルヴァは黒瀬局長に届く……。局長が何か言ってくるかもしれない……はぁ……」


 後々の面倒事を想像したのか、ミサキは口元を歪めると大きく項垂れる。


「来たら答える。それだけだ」

「いや、普通に怒られるかもしれない。例の暴走時の介入は命令外の行動だ」

「それも答える。何も問題はない」

「……随分と、あっさりしているね。触手魔くんは……」


 何処か呆れるように、ミサキは横目でネメシスを見た。


「命令外の行動だったことは分かっている。しかし、後悔はない。後悔がない行動への怒りには、正直に答えるしかない」


 そう言いながら視線を細めると、とある場所へと彼は顔を向ける。

 次なる変化を感じ取ったのは、男子寮の方角だ。外周通路から男子寮は見えなかった。

 しかし神代家が持つ特有の魔力の質が、今日の試合を通じて神経回路に記録されている。


 恒一の因果演算の術式波長が、今日一日で明確に識別できるようになっていた。

 その波長が、男子寮の方角から微弱に届いている。

 起動状態ではなかった。しかし、意識が向いている時の魔力の揺らぎである。


「神代恒一が、こちらを意識している」


 自身の顎下を触りながら、ネメシスは口を開く。


「今日の試合を受けて、注視を始めたということ?」

「そうだ。因果演算の波長が向いている。俺を対象に、何かを演算している」

「怖くない?」

「怖いかどうかを判断するには、神代家が次に何をするかが分からない。ただ、注視されることは想定していた」

「ふーん、想定していた……ねぇ?」

「今日の試合で、俺の因果書換への対応を見せた。神代家の人間が、それを見逃すはずがない。むしろ注視が始まっていない方が不自然だった」

「でも今日の試合で、恒一さんは正直に戦ってくれた。あれは敵意からじゃなかった」


 少しの間を空けてから、ミサキは腕を組みながら、独自の考察を述べる。


「そうだ。敵意と注視は別物だ。今の神代恒一は、俺を敵と判断しているわけではない。把握しようとしている」

「それは、まだ対処できる段階ってことだね」

「ああ、そうだ」


 小さく頷きながら返すと、ネメシスは再び、とある場所へと視線を向けた。

 三つ目の変化は、施設の方角からである。医務室のある棟から、二つの魔力の波長が届いていた。

 一つはルクレツィアの王冠口径の術式波長。


 今日の試合中に把握した波長だ。それが今、医務室の廊下付近で静止していた。

 もう一つはリュミエールの精神干渉系の波長。

 今日の試合で直接接触した波長だ。それも同じ方角にある。


「ルクレツィアとリュミエールが、医務室の近くにいるな」


 医務室の方角へと、意識を注ぎながらネメシスは呟く。


「アイゼンの様子を見ているのかもな。二人とも動いていない。何かを話し合っている」

「何を話しているのか分かるの?」

「魔力の波長から会話の内容は分からない。しかし二人の波長の性質が、試合の時と比較して変わっている」

「どう変わったの?」

「今日の試合中、ルクレツィアの波長は常に俺を操作の対象として捉えようとする質だった。リュミエールの波長は俺を観測の対象として捉えている質だった。しかし、今はどちらも、その質が薄れている」

「どんな質に変わった?」

「分類できない質に変わった。少なくとも今日の試合前の波長とは違う」


 静かに両の瞼を閉じて、思案した末に彼は、それらの事を話す。


「それは、貴方への見方が変わったということ?」

「そうかもしれない。少なくとも確認するには、直接会って話すしかないな」


 そう言いながらネメシスは再び、とある場所へと意識を向けた。

 四つ目の変化は、もっと近い場所からである。

 生徒会室は管理棟の隣の棟にあった。外周通路から、その棟の窓が見える。


 二階の窓に、人影が映り込む。一瞬だけ見えて、消えた。それは再生院桃華の姿である。

 ネメシスは幾度の試合をこなしている時に、観客席から桃華の魔力の波長を何度も感知していた。


 再生院の術式系統を持つ固有の波長。

 その波長が、今日の試合が終わりを迎えた後から、ネメシスに向いている時間が増えていた。


「ふむ、生徒会が動いているかもな。恐らく再生院桃華が何かを決めた。今日の試合を見て、何か判断したはずだ」


 口角を僅かに上げると、彼は静かに歪な笑みを零す。


「だとしたら厄介だね……。それで? 彼女は何を判断したの?」

「分からない。しかし桃華の波長には、今日の試合前にはなかった方向性が加わっている。俺を対象とした、特定の目的を持った波長だ」

「監視?」

「それに近い質だ。しかし、敵意はない。どちらかというと、理解しようとしている質だ」

「生徒会長が直接動いているなら、無視はできそうにないね」


 少し間を置いてから、ミサキが大きく肩を竦めた。


「そうだ。今日の時点で、生徒会は俺を何らかの監視対象として設定したと見ていい」

「どう対処する?」

「まずは動きを見る。生徒会が俺に接触してくる時、その目的が理解なのか別の何かなのかを確認する。それから判断する」


 そう言いながらネメシスは、外周通路の端まで歩みを進めた。

 そのまま折り返して、寮の方へと向かう。

 夜間照明の明かりが通路の床に、二人の影を長く伸ばしていた。

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