第20話 感情的なフランス少女
「対応策の更新が、不破の干渉速度に追いついていないな。〇・三秒の遅延が生まれている。干渉が入ってから対応策が完成するまでの間に、装甲回路の一部が毎回書き換えられている」
独り言のように、アイゼンが小声で呟く。
「アイゼン、状況はどう?」
上空からリュミエールが問い掛ける。
「消耗が想定より速い。解析と戦闘の同時処理が、私の処理限界に近づいている」
「どのくらい持ちそう?」
「このペースなら五分だ」
「……五分で終わらせる方法を考えよう。アイゼン、少し攻め方を変えてみて」
彼女のタイムリミットを聞いて、リュミエールは少し間を置いてから返す。
「どう変えるというのだ」
「今まで僕が上空から精神干渉を重ねて、アイゼンが地上で圧力をかける形だったよね。それを逆にするんだ。アイゼンが前に出て、僕が広域術式で援護するよ」
「前衛と後衛を交代するということか」
「そう。キミが前に出れば、ネメシスくんは近距離で対処しなければならなくなるでしょ? 近距離ならヴァルトガイストの解析精度が上がる。消耗した状態でも、近距離解析なら効率が落ちないはずだよ」
「有効な判断だ。実行する」
少し考えた末にアイゼンは、大きく頷いて了承した。そして彼女は前に出る。
デバイスの装甲形態が、遠距離射撃型から近距離制圧型に切り替えられた。
装甲プレートが体の正面に集中し、突進に特化した形状になる。
「Stahlsturm」
そう言い放つと同時に、アイゼンが加速した。装甲型の突進術式が発動する。
装甲プレートが前面で回転しながら圧力を生み、正面の全てを押し潰す形で前進した。
「ふむ……速いな。近距離に切り替えてきたか」
相手の行動を視界に収めながら、ネメシスは独り言を吐き捨てる。
そして触手を三本、前方に展開した。突進を止めようとする。
しかしデバイスの圧力が、触手三本を押し戻した。
「……ちっ、触手の制止力が足りない」
「近距離での装甲突進は、貴様の触手の展開力を上回る。そのために切り替えた!」
ネメシスの間合いに、アイゼンが入り込む。右腕の装甲が展開し、組み打ちの形に変わる。
そして彼の右腕を掴んだ。装甲の内側から、解析術式が走る。
「直接接触による構造解析――精度が十倍に上がる!」
アイゼンの人工魔眼が、ネメシスの体内を走査した。
「NMSウイルスの神経回路の外郭構造を取得した! 内部構造の取得に移る!」
「……そうはさせない」
右腕ごと強引にアイゼンをネメシスは引き寄せた。その距離はゼロとなる。
「この距離では術式干渉の出力が最大になる」
彼女の装甲に、彼は右手を直接押し当てた。術式干渉が、装甲の内部回路に直接流れ込む。
装甲の動力回路が、干渉を受けた。
「くっ……装甲回路に直接干渉が入ったか! 出力が三十パーセント低下!」
速やかにアイゼンが距離を取ろうとする。
しかし、ネメシスが触手で彼女の装甲を絡め取り、強固に掴む。
「離さんぞ。この距離で続ける」
「……そうか、ならば私とて離さん! この距離での解析を続けるのみだ!」
装甲と触手が軋む音を聞きながら、アイゼンは声を荒げた。
二人は密着した状態で、互いの術式を押し付け合う。そして上空で、リュミエールが動いた。
「Lumière concentrée」
彼女が術式名を口にすると、精度を上げた光術式が、ネメシスに向けて放たれる。
しかし、彼はアイゼンと密着していた。完璧な狙いを定めるのが難しい状態。
「アイゼン、少し右に動いて!」
「無理だ! この距離を維持することで今は解析を続けている。動くことはできん!」
「このままだと僕の術式がネメシスくんに当たらないよ! キミに当たっちゃう可能性があるんだ!」
「当たっても構わん! 解析を優先する!」
「当たっても構わないって……どういうこと!?」
リュミエールの声に、困惑が混じる。
「アイゼン! 僕はキミを傷つけたくないんだよ!」
「感情的な判断をするな! 今は解析を優先すべき局面だ!」
「感情的な判断って言わないで! 僕はキミのことを――」
「リュミエール! 今は戦闘中だぞ!」
「分かってる、だけど……!」
唇を噛み締めるとリュミエールは、次の術式を放つ事を躊躇した。
そしてミサキは、彼女の声のトーンの変化を感じ取る。
ヨルムンガンドの神経接続が、リュミエールの声の振動パターンを解析していた。
「ふむ、随分と感情的になっている。アイゼンがネメシスと密着した状況で、リュミエールが術式を当てられなくなっている。アイゼンへの感情が、判断を鈍らせているわけだ」
視線を忙しなく動かし、冷静に状況を分析した内容を、ミサキは小声で呟く。
だが、それはネメシスに届く声ではなかった。しかし、彼も同じことを感知している。
「リュミエール。今の貴様の声には、戦闘者の声ではなく別の感情が混じっている」
アイゼンを掴んだまま、ネメシスが上空を見た。
「……関係ないよ」
小声でリュミエールが返す。しかし、その声は揺れていた。
「関係ある。上空から術式を当てようとして、アイゼンに当たるかもしれないことで迷っている。その迷いが、今の貴様の最大の問題だ」
「分かってる。でも……」
「でも、と言っている間に戦況が変わる」
アイゼンを相手にしながらネメシスは、彼女に勝負の現実を突きつける。
そして二人の会話は、当然の如く彼女も聞いていた。依然として密着したまま、ネメシスの体内解析を続けながら、リュミエールの声を聞いていたのである。
「リュミエール!」
叫ぶように彼女の名を、アイゼンが口にした。
「感情を戦闘に持ち込むな! 私はドイツの魔法師候補生として、この試合に臨んでいるのだ。傷つくことなど恐れてはおらん。それが任務の範囲内であるならば、私は一向に気にしない!」
「気にしないなんて言わないで……! 任務のためなら傷ついても構わないなんて……そんなやり方、僕は見ていられない!」
リュミエールの声に、感情が溢れる。
「私は任務のために最善の選択をしている。それが私のやり方だ!」
「だとしても! キミは機械なんかじゃないんだ! 今日、ここで一緒に戦っているのは、キミ自身のはずだろ!」
「リュミエール、今は――――」
「今だから言っているんだよ! 味方を巻き添えにして術式を使うなんて、そんなの僕は絶対に認めないから!」
上空からの容赦のない拒絶の言葉を、リュミエールは口にした。
それは冷徹な戦場に、確かな熱を帯びて突き刺さる。
そしてアイゼンの動きが、一瞬だけ停止した。処理速度の問題ではない。
感情の問題だ。ネメシスが、その一瞬を感じ取る。
NMSウイルスの神経回路が、アイゼンの体内の魔力回路の流れの変化を感知した。
集中が、一瞬だけ乱れる。
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