第19話 海外の術式
「ねえ、ネメシスくん」
視線を交えながら、リュミエールが口を開く。その声には今日一番の感情が乗っていた。
「今日は全力でいくよ。手加減するつもりはないんだ。……でも、一つだけ言っておくね」
「なんだ……?」
「今日僕が戦うのは、キミを壊したいからじゃないんだよ。ネメシスくんがどこまで戦えるかを、僕自身の目で見たいから。それだけは分かってほしいな」
「……ああ、分かった。俺も全力で戦う」
彼女の突然の強気な発言に、少々の驚きを受けると、少し間を置いてからネメシスは答えた。
「うん、ありがとう」
そう言うとリュミエールは柔らかく微笑む。しかし、その微笑みの奥には戦意が滲んでいる。
そして次にアイゼンが、ネメシスを睨みつけた。
灰青色の左目と、発光する人工魔眼の両方が、彼を捉えている。
「不破ネメシス。この試合で、貴様の構造解析を完成させる。そのために全力を尽くす」
「ふむ、以前と同じことを言っている気がするな」
「同じだ。目的は変わっていない。しかし今日は、解析のために戦うのだ」
「解析のための戦闘か?」
「貴様にとっては侮辱に聞こえるかもしれないな。しかし私にとって、戦うことと解析することは同義。それがドイツ連邦魔導技術庁の、ひいては私の戦い方だ」
「……いや、侮辱だとは思わない。むしろ正直だ。俺も貴様の装甲制御系の構造を確認したい。戦う理由がある」
手を自身の顎下に当てながら、ネメシスは少し考えた末に呟く。
「ならば話は早いな」
口元を不敵に歪め、アイゼンは獰猛な光を、その瞳に宿らせた。
そしてミサキが静かに視線を、リュミエールへと向ける。
「リュミエール、一つ聞いてもいいか?」
「なあに?」
「光と精神干渉を組み合わせた術式を持っていると聞いた。精神干渉系は私のヨルムンガンドとぶつかる可能性がある。どちらの神経干渉が上か、試してみたい」
「……それは僕も思っていたんだ。ミサキの神経干渉と、僕の精神干渉が交差したら何が起きるのかなって。すごく興味があるよ」
少しの間を置いてからリュミエールは、柔らかな笑みを零しながら返す。
「では遠慮なく行かせてもらう」
「うん、おいで!」
優しく微笑みながらも彼女の、その瞳の奥には確かな闘志が揺らめいていた。
ミサキとリュミエールの会話が終わると同時に、審判員が上げていた手を下げて試合開始の合図を告げる。そして試合が開始されて、直ぐに動いたのはアイゼンだ。
彼女は重装甲の各プレートを展開させると同時に、独立した魔力回路を起動させる。
十二枚の装甲プレートのそれぞれが、独立した術式の発射口として機能し始めた。
「Stahlgitter」
術式名をアイゼンが口にすると、十二の発射口から、同時に術式が放たれる。
直線の貫通術式が、格子状の軌道でフィールドを横断した。
単純な直線ではなく、格子状の交点で爆発的な圧力を生む設計の術式だ。
徐にネメシスが右手を前に突き出す。術式干渉を行使しようとした。しかし、十二本が同時に迫る。
一本に干渉する間に、残りの十一本が到達した。
「数で制圧する。それが私の、ひいてはドイツの戦い方だ」
歪な口で言い放ち、一歩も引かぬ構えでアイゼンは、敵陣を鋭く睨み据える。
「ふむ、単体への干渉能力は高い。しかし、同時多発には対応できない。それが今日の解析の出発点だな」
冷静に分析しながらネメシスは、地面を蹴り上げて大きく後退した。
術式干渉ではなく、回避を選択したのである。格子状の術式の隙間を読み取り、最小の動作で抜けた。
「格子の隙間を見切ったか。あの男の動体解析能力、私の想定を上回るな……。格子間隔をわずか〇・二秒で計算しているというのか」
アイゼンの人工魔眼が、全ての出来事を詳細に、記録するように動く。
「これは計算ではない。感覚だ。術式の因果の流れが見える。流れの方向を読めば、隙間が分かる」
彼女の言葉を否定するように、ネメシスは吐き捨てる。
「感覚で十二本の格子を同時に読んだというのか?」
「ああ、そうだ」
「……記録した。次の段階に移る」
少しの間を置くと、腕を組みながら考える素振りを晒すが、アイゼンは矢継ぎ早に鋭い視線を向け直す。そして同時に、リュミエールが動いた。FLYデバイスを起動し、地面を離れる。
淡いブロンドの癖毛が気流に流れた。蜂蜜色の瞳が、上空からフィールドを見渡す。
「Lumière dispersée」
フランス語の術式名が、リュミエールの瑞々しい唇から、静かに告げられた。
上空からフィールド全体に、拡散した光が降り注ぐ。単純な光術式ではない。
光の中に、精神干渉の術式が、組み込まれていた。
光を受けた対象の視覚神経に直接干渉し、知覚の精度を微妙に歪める設計である。
「くっ……視界が、少しずれている。……だが、感知した。光の中に精神干渉が混じっている。視覚神経への干渉だ。直接的な攻撃ではなく、知覚の精度を落とす設計だな」
手の甲で目元を擦りながら、ミサキが表情を僅かに歪ませた。
「うん、そうだよ! 僕の戦い方はね、相手を直接攻撃することより、相手の戦闘精度を少しずつ落とすことを優先するんだ。一発で決める力より、積み重ねで有利を作るんだよ」
上空から得意気な顔を見せながら、リュミエールがデバイスを構え直す。
「なるほどな、フランスらしい戦い方だ」
「……ふふっ、そう言われちゃうと、ちょっと複雑な気持ちかな」
空いている手で、自身の口元を覆いながら、彼女は微笑んだ。
しかし、次の術式を展開する動作は止まらない。
「Voile de brume」
術式名が口にされると同時に、光と霧が混合した術式が、フィールドの中層に展開された。
光の拡散と霧の遮蔽が組み合わさり、視界の透明度が落ちる。
その霧の中に、また精神干渉の層が編み込まれていた。
「二重干渉か。視覚神経と、霧を通じた触覚神経への干渉を同時に行っている。ヨルムンガンドの神経侵食と干渉し合う可能性があるな」
周囲の状況を冷静に見ながらミサキが呟く。
そして試合が始まってから、十七分が経過する。その十七分間、拮抗が続いていた。
アイゼンの装甲制御とネメシスの術式干渉が交錯し、リュミエールの精神干渉とミサキのヨルムンガンドが周波数の読み合いを続けている。
どちらも崩れなかった。しかし、その拮抗の内側で、じわじわと変化が積み重なる。
アイゼンの人工魔眼が、処理負荷の増大を示していた。
十七分間、戦闘と解析を同時に行い続けている。
デバイスの装甲制御に、ネメシスの術式干渉への対抗処理が、加算され続けていた。
干渉遮断層を追加するたびに、彼が別の経路から干渉を試みる。
対応策を組み込むたびに、新しい経路が開かれた。いたちごっこである。
しかし消耗の速度が、アイゼン側の方が大きい。
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