第18話 欧州タッグ
「っ”……術式の核が作れない……」
まるで嫌がらせを受けているかのように、恒一が苦悶とした声を漏らす。
「領域内で術式を展開しようとすると、核の形成段階で阻害される。因果書換も例外ではない……」
「ああ、そうだ。俺の領域内では、貴様の全ての術式が使えない」
「……ならば体術を使うしか、この状況を打開できる策はなさそうだ」
そう言いながら恒一が戦闘姿勢を、瞬時に切り替えると、因果加速なしで踏み込んだ。
領域内では因果加速も使えない。純粋な体術と戦闘技術で、十二本の触手の間を抜けようとした。
恒一の動作が異常に速い。領域内でも彼の体術の能力は落ちなかった。
二本の触手を掴み、三本を避け、一本を弾く。
「まだ抜ける……っ!」
休めることなく視線を動かし続け、周囲の状況を把握しながら恒一は動き続ける。
「ふむ、その試みを認める。素晴らしいぞ、恒一ッ!」
相手の動きを素直に褒め称えると、ネメシスの顔には自然と、好戦的な笑みをが浮かんでいた。
「……しかし今日の試合で、恒一の体術の動作パターンを十分に学習した。今の俺の触手の動線は、それを反映している」
笑みを零していた表情を一瞬で冷徹なものへと変えると、ネメシスは残りの六本を操り恒一の動線を先読みして包囲する。そして、恒一の動きが止まった。六本の触手が、完全包囲の位置に展開されている。
「くっ……これは……」
「ああ、ご存知の通り、詰んでいる」
指を鳴らしながらネメシスが、今の状況を的確に呟いた。
「触手を解除すれば、当然貴様は自由になる。しかし、解除はしない。因果書換が使えない状態で、この包囲から抜ける方法があるか?」
腕を組みながら彼は、圧倒的な勝者の余裕を、全身に纏わせながら問う。
そして恒一が、包囲の中で黙々と考えた。一秒。二秒。三秒。
「……ない。この領域内で術式が使えない状態で、十二本の触手による完全包囲から抜ける手段は、現状の俺にはない」
小さく息を吐き捨てた後、恒一は静かに目を閉じて、天を仰ぎ己の敗北を認めた。
その声は静かなもので、そこには怒りでも悔しさでもなく、ただ事実を確認するようなものである。
「ああ、そうだろうな」
「ふっ……お前の勝ちだ、不破ネメシス!」
閉じていた瞼を開けると恒一は、相手の勝利を称えるように、惜しみない拍手を送った。
そして観客席が、今日一番の絶叫を上げる。
「触手魔が勝った……!」
「あの神代家を破っただと!?」
「魔法無効化領域と十二本の触手の同時展開……あれが本気の不破ネメシスか……」
「あの神代家が……まじかよ……」
観客全員が総立ちのまま、三千人以上が声を上げ続けた。
そしてフィールドでは、ネメシスが十二本の触手を収束させる。一本ずつ、皮膚の下に戻ってゆく。
最後の一本が消えた時、ネメシスがジャケットを拾う。袖を通しながら、恒一を横目で見た。
彼が数珠を右手首に戻しながら、ネメシスを見ている。
「この戦いで分かったことがある」
独り言を呟くように、唐突に彼が口を開く。
「なんだ?」
「俺の因果演算には、お前の神経回路の学習速度という変数が入っていなかった。一度経験するたびに対応能力が上がる相手を、因果演算だけで処理し続けることには限界がある」
「ああ、そうだな」
「それが分かった。次に向き合う時、俺はその変数を組み込む」
「ほう、そうか。だが次の時には、また新しい変数が増えているぞ」
「それも、分かっている。だけど、まあ……今日お前と戦えて良かった。本当に楽しかった」
何処か照れくさいのか恒一は、人差し指で自身の頬を掻きながら、柔らかな笑みを零した。
「……ああ、俺もそうだ。実に有意義な時間だった。感謝する」
小さく頷きながらネメシスは返すと、実りのある充実した戦いに、心から歓喜の感情を沸かす。
そして二人が、互いを見続けていた。
フィールド内には、夜間照明用の人工的な光が、差し込み続けている。
そしてネメシスと恒一の試合が終わり、三十分の休憩が挟まれると、次の試合の準備が進められた。
スクリーンに次の試合の組み合わせが表示される。
『不破ネメシス × 蛇ノ目ミサキVSアイゼン・ヴァイスベルク × リュミエール・アルノー』
観客席からは多くの声が、ざわめきのように上がった。
「欧州タッグ……というわけか」
「ドイツとフランスが組んでいるという時点で……まったく、気になる試合になりそうだ」
「触手魔対欧州タッグ……。これが今日一番気になる試合になるかもな……」
それらの言葉が観客席に立ち込める中、フィールドに粛々と四人が入場する。
ネメシスとミサキが左側に立った。
彼は制服のままである。漆黒に近い濃紫の瞳が、対面の二人を順番に捉えた。
アイゼンを見た時、瞳の奥に今日初めての種類の光が灯る。
ミサキがネメシスの隣に立った。左耳のイヤーカフと、右手中指の指輪が、静かに輝いている。
灰色の瞳が、リュミエールを捉えた。
ネメシスらの対面では、アイゼンとリュミエールが立つ。
彼女は今日初めてMAGを完全に展開していた。
重装甲制御型のデバイスが、全身に展開されている。
左肩から右腰にかけて走る装甲プレートが、施設の照明を受けて鈍く光っていた。
銀混じりのブロンドが装甲の縁から流れており、灰青色の左目が正面を向いている。
右目の人工魔眼が前髪の隙間から露出していた。
異質な発光を帯びた魔眼が、すでにフィールドの情報取得を開始している。
装甲越しでも分かる引き締められた体型が、密着した装甲素材の下で鮮明だ。
リュミエールが、アイゼンの隣に立つ。
専用の戦闘服を、相変わらず気恥ずかしそうに着ており、頬が赤く染められている。
淡いブロンドの癖毛が肩から流れており、蜂蜜色の瞳が穏やかな光を帯びていた。
細身で華奢な体型が、戦闘服独自の素材越しに明確である。
しかし、その穏やかな外見の奥に、今日初めて見せる種類の緊張があった。
ネメシスを見る目の温度が、これまでの観察とは違う。
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