第21話 フランス少女の降参
「狙うならば、ここだな。装甲の核回路を書き換える」
術式干渉を最大出力で、ネメシスが発動した。アイゼンの装甲の動力回路の中核に干渉が走る。
装甲プレートが、動力を失った。全身の装甲が、順番に停止する。デバイスの出力が、ゼロに落ちた。
「核回路が……書き換えられた、だと……!?」
アイゼンの声が、戦慄に震える。冷徹さを誇るその瞳に、明確な動揺が走っていた。
「装甲が全停止した……くそっ! 再起動には三十秒かかる……!」
「ふむ、三十秒あれば十分だ」
ネメシスが触手を操り、アイゼンを後方へと押す。
装甲が停止した状態の彼女は、純粋な身体能力だけとなる。触手六本が、アイゼンを完全に拘束した。
「くっ、動かん……! 装甲なしでは、触手の拘束力を上回る出力が出せん……!」
触手の拘束から逃れようと必死に全身を動かす彼女だが、苦痛にまみれた表情を浮かべながらは口元を大きく歪める。
「ああ、そうだろうな」
神経を張り詰めながらネメシスは、触手の力加減を上手く調整し、尚も相手を縛り上げた。
そして、その一連の出来事を、リュミエールが上空から見ている。
「アイゼン!」
「焦るな、問題はない! 負傷箇所も無しだ!」
「でも……!」
「リュミエール、続けろ! ……私の分までな!」
身動きの取れぬ屈辱をねじ伏せるような、気迫に満ちた叫びをアイゼンは上げた。
それを聞いてリュミエールが唇を噛み締める。蜂蜜色の瞳が、ネメシスを捉えた。
「ねえ、ネメシスくん」
「なんだ?」
「アイゼンを傷つけないでくれるかい?」
「傷つけるつもりはない。拘束しているだけだ」
「……分かった。でも僕は、まだ戦えるよ」
少しの間を置いてからリュミエールが口を開くと、二つの大きな瞳に闘気を滲ませて睨みを利かせる。
「知っている。無駄口はいいから、さっさとかかってこい」
「Lumière |d'aurore《光》」
表情を引き締め直すと、リュミエールが術式を即座に展開した。
今日最大の光術式が、上空から放たれる。フィールド全体を覆う、広域の光が降り注いだ。
精神干渉の密度が、今日一番の出力である。ネメシスが右手を上に向けた。
魔法無効化領域が、上方に向けて展開される。光術式が、領域の縁で止まった。
精神干渉の干渉波が、領域内には入れない。
「魔法無効化領域が展開された……。僕の術式が中に入れない……」
息を荒げながらリュミエールは表情を歪ませる。
「ああ、そうだ」
「……領域に入らなければキミには届かない。……けれど、それは僕の攻撃もキミに届かないということだよ?」
「いや、それは違うな。領域は俺が中心だ。俺が動けば領域も動く」
指を軽快に鳴らしながら、ネメシスは断言した。彼が前へと出る。
領域ごとアイゼンを拘束したまま、リュミエールの真下に向かい移動した。
即座に彼女は後退しようと動く。しかし、ミサキが後方の退路を既に塞いでいた。
「逃げ場が……ない……っ」
「リュミエール、貴様は強かった。本当に。だが、ここで終わりだ」
感情の起伏が含まれない淡々とした口調でミサキは話す。
そしてリュミエールの動きが完全に止まる。
前方にはネメシスの魔法無効化領域。後方にはミサキとヨルムンガンド。
空中での退路が、完全に塞がれていた。
「ははっ……どうやら僕は……詰んでいる、みたいだね……っ」
悔しさを滲ませるような乾いた笑い声を出しながら、リュミエールは浮遊した状態のまま肩を大きく落とす。だが、その声に静かな納得が込められている様子。
「僕たちの連携が崩れたのは、僕の感情のせいだ……。アイゼンが傷つくかもしれないという迷いが、判断を遅らせてしまった……」
「ああ、そうだな」
「……でも、後悔はしていないよ。次は感情と判断を分離する方法を考えることにする」
「うむ、それが正しい結論だ」
彼女の答えに満足するように、ネメシスは大きく頷いた。
そしてリュミエールが、FLYデバイスの出力を落とす。
ゆっくりと地上へと降り立つ。淡いブロンドの癖毛が、着地の気流で揺れた。
蜂蜜色の瞳が、ネメシスを凝視する。
「……僕たちは降参するよ。今日は完膚なきまでに負けちゃった。……あはは、本当に悔しいな。でも……凄く楽しかったよ!」
悔しさを滲ませながらも、リュミエールは真っ直ぐに敗北を告げて、向日葵のような笑みを零す。
その声は非常に穏やかだが、同時に悔しさを受け入れている声だ。
「リュミエール・アルノー、降参の申告。アイゼン・ヴァイスベルク、戦闘継続不能を確認。よって、この試合の結果は! 不破ネメシス・蛇ノ目ミサキペアの勝利!」
リュミエールからの一方的な降参宣言を、審判員が小さく頷いて承認すると、力強く手を突き上げて試合終了を告げた。そしてその瞬間、静寂に包まれていた観客席が、一斉に沸く。
「触手魔が……またも正科の留学生を倒しただと……」
「……ったく、なんてものを見させられているんだ……」
「リュミエールの感情の揺れが、アイゼンとの連携を一瞬だけ止めた。その一瞬を不破が逃さなかった」
「触手魔は相手の感情の動きまで読んでいたのか……。恐ろしいな……」
観客席内で呟かれる言葉の多くは、ネメシスが規格外の強さを有する事への恐怖だ。
「感情を利用して連携を崩しましたわね……。それが貴方の戦い方の一つ、ということですの?」
足を組みながら優雅に観客席で、試合を観戦していたルクレツィアが独り言を漏らす。
だが、その声には複雑な色が滲む。そこには感心と、警戒が混在していた。
そして試合終了から、十二分が経過している。施設内の照明が変わらず白く点灯していた。
既に次の試合の準備が進んでおり、観客席がざわついている。
気温は二十六度のままだったが、長時間の戦闘による魔力の残滓が、空気に混じっていた。
退場通路の入口で、アイゼンが止まっている。
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