第6話 第一国立魔法科高等学校とは
「潜入前に、この世界の基本情報を共有する」
「インストールされたデータで足りないか?」
「データと、実際の運用には差がある。私が現場で得た情報を補足する」
「なるほど、聞こう」
「まず基本から話す」
淡々と返すと彼女は、タブレット端末の画面を操作する。
いくつかの図表と数値が展開されたが、ネメシスには見せず、自分の確認用として使っている様子。
「この世界では、魔法は実在する。それは貴様のデータにも入っているはずだが、重要なのは魔法が既に技術として確立しているという点だ」
「オカルトではなく、工学だということか」
「ああ、そうだ」
静かにミサキは頷いた。
「魔法は現在、完全に科学的な体系として分類されている。術式の設計、発動プロセス、エネルギー変換効率、干渉範囲の計算式。すべてが数値化され、研究され、再現可能な形で記述されている。魔法師は才能で魔法を使うのではなく、理論を習得して運用する技術者だ」
「才能の部分は?」
「素因はある。魔法演算領域と呼ばれる脳内機構の発達度が、個人差を生む。しかしそれは素質であって、訓練によって相当程度まで補完できる。だから学校が存在する」
「なるほど、育成機関か」
「ああ、そうだ」
事務的な口調で、彼女は話を続ける。
「第一国立魔法科高等学校を始めとした魔法師育成機関が、全国に複数存在する。これらは表向き教育機関だが、実態は国家が管理する人材育成施設だ。卒業生の多くは、軍か政府機関に直接組み込まれる」
「魔法師は軍事資産として管理されているということか」
正面を向いたまま、ネメシスは話を聞いていた。情報を処理しながら、照合しながら。
「正確には、軍事資産として登録されている。自由意志がないわけではない。ただし、国家はすべての魔法師の能力値と所在を把握しており、有事の際には召集権を持つ」
「所有物ではないが、管理されていると」
「そうだ。社会的な地位は高い。魔法師であることは、医師や弁護士と同等以上のステータスを持つ。待遇も良く、民間での需要も高い。エネルギー、建設、医療、通信――魔法が組み込まれていない産業はほとんどない」
「それほどまでに浸透しているのか」
少しだけ彼は眉を動かした。
「百年前から始まった話だ」
人差し指を軽やかに扱い、ミサキは端末の画面を切り替える。
「第一次魔法戦争、と呼ばれる紛争がある。今から百年前、当時まだ実験段階だった魔法技術が初めて実戦に投入された。結果は一方的だった」
「魔法を持つ側が、持たない側を圧倒した」
「そうだ。通常兵器による防衛が機能しなかった。空間操作、精神干渉、物理法則の書き換え――これらを組み合わせた攻撃に対して、銃も戦車も有効ではなかった」
「それで各国が魔法師の保有に動いた」
静かに指を鳴らしながら、ネメシスが言い放つ。
「ああ、そうだ。第一次魔法戦争の終結後、主要国間で国際魔法均衡条約が締結された。各国が保有できる魔法師の数と能力クラスに上限を設け、相互監視機構を設置する。核均衡と同じ発想だ」
「しかし条約は守られていない」
「……なぜ、そう思う?」
少し間を置いてから、ミサキが聞き返す。
「守られているなら、このプロジェクトは存在しない」
「ふむ……それは確かに正しい。続けろ」
タブレット端末の画面に触れていた右手を、徐に自身の顎下に当てながら彼女は興味深そうに呟く。
「条約は表向き機能している。各国は登録された魔法師の数と能力値を国際機関に報告する義務を持つ。しかし報告されない魔法師が存在する。民間に潜伏させた戦力、非公式ルートで育成された要員、あるいは――俺のような、存在しない兵器か」
「ああ、そうだ」
目を細めながらミサキは淡々と続けた。
「現在、国際魔法均衡は表面上維持されている。しかし水面下では、各国が均衡を崩すための技術開発を続けている。NEMESISプロジェクトもその一環だ。対魔法干渉能力を持つ存在は、条約の想定外だった。魔法師ではないため、登録義務がない。しかし魔法師を無力化できる。これは均衡を根本から覆す可能性を持つ」
「つまり俺は、その切り札として作られたと言う訳か」
そう言うとネメシスは足を組み、傲慢な態度を見せるかのように腕を組む。
「ああ、そういう事になるな」
「で、第一国立魔法科高等学校への潜入は、そのための準備段階か」
「そうだ。第一国立魔法科高等学校は、次世代の主力魔法師が集まる場所だ。将来的に国家の中枢を担う人間の、大半がここを経由する。そこに潜伏している日本の脅威となりうる可能性を持つ組織を特定することと、環境下での貴様の能力の実地評価が目的だ」
「魔法師の社会的地位が高いということは、魔法を持たない人間は下に見られるということか?」
両の瞼を閉じて彼は、少し考えてから尋ねる。
「確かに、そういう傾向はあるな。まあ、それは学校内でも同じことだが」
再び右手でタブレット端末を操作しながらミサキは返す。
「第一国立魔法科高等学校には正科生と予科生の区分がある。魔法演算領域の発達度によって選別され、正科が上位、予科が補欠に近い扱いを受ける。差別とは呼ばれていないが、実態はそれに近い」
「ふむ、俺はどちらに配属される」
「予科だ」
「……なるほど。俺が魔法を使えないと、そう見せかけるということか?」
少しだけネメシスは目を細めた。
「ああ、そうだ。魔法干渉能力を持つことは、学校内では秘匿する。貴様が何者かを知る人間は、最小限にとどめる必要がある」
「なるほど、理解した。つまりは劣等生を演じろということだな」
静かに頷きながら彼は呟く。
「いや、演じる必要はない。ただ、持っている力を見せなければいい」
横目で僅かにミサキが彼を見た。
「……それが一番難しいな」
「そうなのか?」
「俺には感情的な抑制がない。必要と判断すれば動く。それを止める機構が、俺の内側にはない」
「ふん、心配ない。だからこそ、私がいる」
「……ああ、そうだな」
驚くほど素直に、あっさりとネメシスは、それを認める。
「ああ、それと最後に一つ」
そう言いながら、ミサキは端末の画面を閉じた。
「なんだ?」
ネメシスが視線を彼女の顔へと向ける。
「魔法事故について知っておけ。魔法は技術として確立しているが、制御を失った場合の被害は甚大だ。精神干渉系の暴走は、周囲の人間の神経を焼く。空間操作系の失敗は、半径数十メートルの物理的破壊を引き起こす。過去に、学校内で複数の大規模事故が起きている」
「死者が出たか」
「毎回な。隠蔽されているものも含めれば、相当数だ」
「それが学校の実態か?」
「華やかに見える場所ほど、内側が汚い」
感情のない声で、ミサキは冷淡に言い放つ。
しかし、その言葉には、経験から来る重さがある。
ネメシスは横目で彼女を見た。
白い首筋。銀のチェーン。血色の薄い肌に残る、消えかけた傷跡の群れなど。
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