第11話 神代家VS触手魔
「ああ、見ていた」
「あれは学校の規定内ですか……。発動済みの術式への干渉は、通常の魔法戦闘では想定されていない能力です……」
「審判員が問題なしと判断すれば、それは規定内だ」
「しかし、あの能力が公になれば、各国の魔法機関が反応します! この試験の記録は国家代表候補選抜の資料として共有される。……英国、フランス、ドイツ、多くの国の評価者がこれを見た場合――」
「ふん、見させればいい」
「神宮寺先生、それでは……」
「結果だけ見ろ、と私は言った。見せるべきものを見せた。それだけだ」
冬華の声に、感情の起伏がなかった。しかし言葉の重さが、普段と違う。
そしてネメシスたちの試合が終わりを迎えた後も、続々と他の一学年たちが死闘を繰り広げていくと、現在の時刻は午後六時三十分。
多くのペアが敗れていき、試合は大詰めの段階だ。施設内の照明が変わらず白く点灯している。
フィールドの中央が、白い光に照らされていた。気温は施設内で二十六度まで上がっている。
三千人以上の観客が長時間いることで、空間の熱密度が飽和に近い。
そして次の対戦の組み合わせが、スクリーンに表示された。
『不破ネメシス × 蛇ノ目ミサキVS神代恒一 × 神代美弥』
それらの名前を見て、観客席が今日一番の音量となる。
その中には立ち上がる生徒が、区画を問わずに多く出た。
正科生も、予科生も、上級生も、一学年も。大半の者が立ち上がっている。
「ついに触手魔対神代兄妹か……」
「これが見たかった! ずっとこれが見たかったんだよ!」
「どちらが勝つか、本当に分からない……!」
「神代兄妹は第一試合から、一度も本気を出していない可能性がある。ルクレツィアのペアに勝った時でさえ、まだ余力があったからな」
「不破も同じだ。アイツは……まあ、あの舐めた態度を見ていれば誰でも分かるな。まだ本気を出していないことぐらいな」
「どちらが先に限界を見せるか……これは見ものだな! へっ、ポップコーンとコーラが欲しいぜ!」
それらの声が重なり、観客席全体が一つの熱を持つ。そして、フィールドへの入場が始まる。
神代恒一と神代美弥が、右側の入口から入った。恒一は専用の戦闘服を着用している。
数珠型デバイスが右手首に巻かれており、今日一番の魔力の密度を放っていた。
暗いグレーの瞳が、フィールドの中央を見ている。表情は変わらない。
しかし、今の恒一の静けさは、第一試合の静けさと質が違った。
今からの試合に向けて、何かを決めている人間の静けさである。
美弥も専用の戦闘服を着用していた。銀白に近い淡い黒髪が、フィールドの光の中で輝いている。
氷色の瞳が手鏡型デバイスを持ちながら、正面を静かに捉えていた。美弥の目も、第一試合とは違う。
観測を始めている目だ。入場した瞬間から、フィールドの情報収集を開始している。
そして反対側の入口から、ネメシスとミサキが入った。彼は制服のままである。
ジャケットのボタンを、通常通りに留めた姿勢で、フィールドに入場した。
漆黒に近い濃紫の瞳が、神代兄妹を捉える。口元に、薄い笑みが浮かぶ。
ネメシスの隣にミサキが立った。専用の戦闘服を身に纏い、金色の髪が肩から流れている。
左耳のイヤーカフと右手中指の指輪が、照明の光を受けて静かに輝く。
灰色の瞳が神代兄妹を見ていた。
今のミサキの目も、前の試合とは違う。本気の戦闘に向けて、感情の温度が上がっていた。
そして、ついにフィールドの中央で、四人が向き合う。距離は二十メートル。
恒一とネメシスの視線が合った。
「……不破」
徐に恒一が口を開く。
「なんだ?」
「この試合で、俺はお前の本当の力を確認したい。手を抜いてくれるなよ」
彼の声には感情が込められていた。恒一らしくない、直接的な言葉である。
「それは、こちらも同じだ。神代恒一、貴様の因果演算の限界を見せてくれ」
少し間を置いてからネメシスは、不敵な笑みを浮かべて返す。
「限界を見せる気はない。だが、使えるものは全部使う」
「ああ、それで十分だ」
「不破くん、蛇ノ目さん。どうぞ全力でおいでください。――さもなくば、私たちが全力を尽くす意味がございませんから」
恒一の隣で堂々たる強気な宣言を美弥が口にした。その声には感情が乗っている。
彼女が感情を表に出すのは、恒一に向けた時だけだとネメシスは思っていた。しかし、今日は違う。
「ああ、言われるまでもない。全力で行く」
「貴様ら兄妹の連携は本物だ。だから後悔しないように、私も惜しみなく全部使う」
柔らかな口調ではなく、淡々とした声色でミサキが答えた。その声は今日一番の温度を持つ。
「ええ、その言葉を待ち侘びておりました」
晴れやかな笑みを晒しながら、美弥は小さく頷いた。氷色の瞳に今日、初めて見る種類の光がある。
それは戦意だった。観客席が総立ちになる。三千人以上が立ち上がり、フィールドの四人を見ていた。
大勢の声が重なり合い、施設の天井まで届いている。
「始まれ!」
「早く始まれ!」
「くっそ! 胸の奥がざわついて収まらねぇ!」
正科生の区画でも、予科生の区画でも、上級生の区画でも、同じ声が上がった。
今日の試合で対立していた区画が、この瞬間だけは同じ方を向いている。
ルクレツィアが観客席で立ち上がった。
「やっと拝見できますのね。神代兄妹と触手魔の本気というものを……!」
サファイアブルーの瞳が、フィールドを見ている。その声には純粋な興奮が宿っていた。
教師陣の専用席では、冬華が腕を組んでいる。切れ長の目が、フィールドの四人を捉えていた。
そして彼女の隣に座る教師が何かを言おうとするが――――
「何も言うな。黙って見ていろ」
相手の先手を封じるように、冬華が先に口を開く。その声は低く威圧が込められていた。
それだけで、隣の教師は口を閉じる。そして桃華は立ち上がっていた。
深い焦げ茶の瞳が、フィールドを見ている。穏やかな微笑みが顔に定着していたが、今の彼女の目には、再生院の血統を持つ者の光が混じっていた。
「神代家の因果演算と、不破くんの術式干渉が衝突する……。どちらの方向性が勝るか……。再生院として、今日の結果を見届けなければならない」
桃華の声は小さく隣の冬華には、聞こえない程度のものである。
そしてフィールド上では、審判員が前に出た。四人が一線に向き合う。
恒一の数珠が光っていた。美弥の手鏡型デバイスが、既にフィールド全体の情報を観測している。
ミサキの左耳のイヤーカフが、微弱な光を放ち始めていた。
ヨルムンガンドが、完全に起動した状態に入る。
ネメシスの口元の薄い笑みが、変わっていなかった。漆黒に近い濃紫の瞳が、恒一を見ている。
観客席が、息を止めた。三千人以上が、同時に声を止める。
その静寂の中で、審判員が上げた手を下げ、試合開始の合図を告げた。
――午後六時四十分。試合が始まり、既に一分二十秒が経過していた。観客席は総立ちのままである。
三千人以上が声を上げ続けており、施設の天井が熱気と音で満ちていた。
気温は二十七度まで上がっており、フィールド内の空気が戦闘の魔力放出で、さらに密度を増している。開始から一分二十秒で、フィールドの構造が変わっていた。
最初に動いたのは美弥である。開始の瞬間、彼女が手鏡型デバイスをフィールドの中央に向けた。
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