第9話 ついに動く、触手魔
「また触手魔のペアか。二試合連続か……」
「相手は月城と篠原。両方、正科生だ。月城は雷動系、篠原は防壁構築系だぞ」
「雷動系と防壁系の組み合わせは相性が良い。篠原が防壁を張りながら、月城が雷撃を通す戦術は、対処が難しい」
「ふむ、今度こそ不破が動くかどうかが見どころだ。前の試合で動かなかったことに、正科生側が相当に怒っているいみたいだからな」
「触手魔が本当に動いたら、どうなるんだ……?」
それらの言葉が観客席で木霊する中、フィールド内に四人が粛々と入場した。
ネメシスの対面に立つ月城蒼也は、男子用の装甲型スーツを着用している。
身長は高めで、体格が良い。黒髪を短く整えており、鋭い目が正面を向いていた。
雷動系のMAGはグローブ型で、両手に装着されている。
正科生の中でも攻撃魔法の出力が高いと評判の生徒で、今日の試合に向けて闘志が表情に出ていた。
隣に立つ篠原瑛二も男子用スーツを着用している。
中肉中背で、茶色の髪が無造作に伸びていた。
防壁構築系のMAGは盾型の小型デバイスで、左腕に装着されている。
防衛に特化した術式を持つ生徒で、月城との連携は入学以前から行っていると噂されていた。
「月城、この試合で不破を仕留めるぞ」
熱の宿る声で篠原が呟く。その声に確固たる意思が滲んでいる。
「前の試合では蛇ノ目が一人で終わらせた。つまり不破は、まだ何も見せていない。俺たちが相手なら、さすがに動かざるを得ない状況になる」
「動いてくれた方がいい。触手魔の本当の力が確認できるからな」
グローブを突き合わせて、気合を入れる仕草を見せながら、月城は返す。
しかし、その声には闘志と同時に、一種の緊張が混じる。
「まあ……怖くないと言えば嘘になる。先週の決闘で何が起きたのか、切り抜きで見た。あの触手の制御精度と、王印弾を無効化した神経回路。正面から向かって勝てる相手じゃない。だから篠原の防壁で距離を保いながら、俺が雷撃を通す。それしかない……!」
「ああ、分かってる。絶対に防壁を切らさない。月城の雷撃を通し続ければ、触手魔でも削れるはずだ!」
ネメシスを睨みながら、会話を行う二人には、本気の戦略があるようだ。
そして左側に彼とミサキが立つ。
「今度はどうする? また私が先に行く?」
小声で彼女がネメシスに耳打ちする。
「いや、今度は俺が動く」
一瞬でも考える素振りを見せず彼は短く答えた。
「おぉ! ついに傍観者を辞めて、動く気になった?」
自身の人差し指を口元に添えると、小悪魔のように白い歯を、僅かに晒しながら目元を緩める。
「月城の雷動系と篠原の防壁系の組み合わせは、貴様の神経干渉が届く前に防壁で弾かれる可能性がある。防壁構築系は術式への干渉を物理的に遮断する設計だ。まず防壁を壊す必要がある」
「防壁を壊してから私が入る、ということ?」
「ああ、そうだ。俺が防壁に干渉して、貴様が制圧する」
「ふーん、それで? 干渉って、どうやるの?」
少し間を置いてから、ミサキは腕を組みながら問う。
「まあ、やってみれば分かる」
「……いつもそれを言う。だけど、分かったよ。ネメシスを信じる」
小さく息を吐き捨てる彼女だが、次の瞬間には口角が上がり柔らかな笑みを零す。
「――第三試合、開始ッ!」
ネメシスとミサキの会話が終わると同時に、審判員が振り上げた手を下げて試合開始の合図を告げる。
そして試合が開始された瞬間、篠原が即座に防壁を展開した。
盾型MAGが光り、半透明の防壁術式が彼と月城の前方を覆う。
厚さ五十センチ、幅三メートルを超える防壁が、二人を守る形で展開された。
術式への干渉を遮断する素材特性を持つ設計で、正面からの攻撃を吸収して拡散する仕組みである。
「来い、触手魔! この防壁を破れるなら破ってみろ!」
強気な態度を見せながら篠原が吐き捨てた。その声には自信が込められている様子。
「月城、準備は!?」
「いつでも行ける! 防壁の隙間から雷撃を通す。タイミングをくれ!」
グローブ型MAGに、月城が魔力を収束させた。雷動系の魔力が、グローブの表面を這い始める。
そして二人の様子を眺めつつネメシスは、静かに右足を前に出して歩みを進めた。
走るという行為はしない。普通の速度で、フィールドの中央に向けて歩いた。
「動いた! 触手魔が動いた!」
「でも普通に歩いてるだけだ。触手も出していない」
「何をするつもりだ……」
ネメシスが動いただけで、観客席からは一斉に、ざわめきの声が上がる。
やがて防壁の前、三メートルの位置で、彼が足を止めた。
篠原の防壁が、ネメシスの正面にある。
半透明の術式が、施設の照明を受けて薄く光っていた。
「ふむ、硬そうな防壁だな」
指の骨を鳴らしながらネメシスが呟く。その声は穏やかだった。戦闘中とは思えない温度である。
「破れるものなら破ってみろ! この防壁は俺の全魔力を込めた最大出力だ! お前の触手程度じゃぁ、傷一つつかない! ああ、絶対になぁ!」
防御の姿勢を取りながら篠原が、意気揚々とした声を出して相手を煽る。
「いや、触手は使わない」
「……は?」
「別の方法で試す」
そう言うと徐にネメシスは右手を前に突き出す。
触手の展開はなかった。デバイスの起動もなかった。ただ、右手の指先を防壁に向ける。
NMSウイルスの神経回路が、防壁術式の構造を走査した。
術式を形成している魔力の回路。その回路を維持している演算の構造。演算の中核にある術式の核。
全てが、神経回路を通じて把握された。次の瞬間、ネメシスの指先から微弱な干渉波が走る。
術式の核に直接接触した。核の演算構造に、NMSウイルスの神経回路が侵食する。
防壁術式が、内側から書き換えられた。篠原の防壁が――消える。
音がなかった。爆発も、崩壊も、吸収もなかった。ただ、存在しなくなる。
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