第5話 神代家VS英国少女
「……お兄様」
小さく呟きながら美弥が、自身の隣に立つ恒一を見た。彼女と同じく彼も専用の装備を着用している。
それは深淵を思わせる無彩色の黒を基調とし、漆黒の軽量装甲と特殊繊維が複雑に噛み合った、極限の機能美を誇る戦闘服である。
無駄な装甲や装飾が一切削ぎ落とされており、全身の可動域を完全に妨げない、隠密性と実用性に特化した設計が施されていた。
寸分の狂いもなく身体にフィットした漆黒のスーツは、運動部のような派手な逞しさこそないものの、無駄な肉が一切ない、必要な筋肉だけが均整を保ち存在する、恒一の冷徹な体躯をそのままなぞり出している。
右手首に巻かれた数珠型MAG――神代家門外不出の血統同調型デバイス”神籬・改”に恒一が意識を同調させると、術式の起動を告げる藍色の微弱な魔力の光が、数珠の隙間から鋭く走った。
「うん、問題ないな」
動作確認を終えて彼が呟く。そして準備エリアの端で、ミサキがネメシスの隣に立っていた。
二人とも、学校支給のスーツを受け取っていない。
ミサキは組織が事前に用意していた装備を着用している。
光沢を抑えた深い黒のレザー調軽装戦装束だ。
学校支給のスーツと同様に全身へ容赦なく密着する設計だが、素材の硬質な質感が彼女の長身と、無駄な丸みを抑えた直線的で鋭利なシルエットをより冷酷に引き立てている。
しかし、そのストイックな戦闘服は、彼女が動くたびに予想以上の主張を始めた。
細身ながらも柔軟に引き締まった臀部から、すらりと伸びる長い脚のラインが黒い素材越しに生々しく浮き彫りになり、ジッパーが深く下がった胸元からは、血色の薄い滑らかな肌と、激しい明滅を繰り返す鎖骨のラインが大胆に覗いている。
戦場の空気を纏うミサキの身体から、本人の意思とは無関係に、暴力的で歪な色気が醸し出されていた。だが、彼女自身はそんな周囲の視線を『業務に不要な情報』として完全に切り離し、全く気にしていない様子。艶のない金髪が肩甲骨の下あたりで静かに揺れる。
着用している丸メガネ型のサングラス――細いダークメタルのフレームとスモークレンズの奥で、ミサキの目の動きを読み取ることはできない。首元に沿って垂れる銀色の無装飾なサングラスチェーンが、まるで彼女を縛る拘束具のような冷たさを放っていた。
ミサキは細い指先に填められた指輪型のMAGに触れ、さらに耳飾り型のMAGへと指を滑らせる。これこそが、組織が開発した蛇環式魔術演算装置、ヨルムンガンドだ。彼女がデバイスを起動させると、脳幹へと微弱な魔力フィードバックが流れ込み、神経干渉が開始される。
レンズの奥の瞳が、準備エリアの構造と脅威度を、淡々と観測し始めた。
その一方でネメシスは、前回の決闘時と同様に制服姿のままである。
ジャケットのボタンを、通常通りに留めた状態で、おかしな部分は特にない。
そこへ徐に学校のスタッフが近づいてきた。
「不破くん、スーツを受け取らなかったようですが……本当にそのまま出るつもりですか?」
「ああ、当然だ。俺に戦闘スーツは不要。むしろ着たら逆に動きにくくなる」
「学校規定では着用が推奨されていますが……」
「うむ、理解している。だがそれは推奨であって、義務ではないと規定に書かれているぞ」
「た……確かに、そうですけど……」
スーツを着用せず試験に挑む者は、前代未聞なのかスタッフの動きが少しだけ止まる。
「はぁ……案ずるな。問題があれば、ちゃんと審判員に申告する。今の所は何も問題はない」
大きく溜息を吐き捨てると、スタッフを説得するように、ネメシスは口を開く。
そして彼の言葉を聞いて、スタッフは渋々という雰囲気を、全身から滲ませながら引き下がる。
「偉いじゃん。ちゃんと規定、読んでたんだね」
小声でミサキが耳打ちした。
「ふん。暇だったから入学初日に、全文読んだだけのこと」
「えっ、全文?」
「ああ、そうだが」
「……ネメシスらしいね、ほんと」
少し間を置いてから彼女が呟く。午前九時五十二分。第一試合が始まる。
大型スクリーンには『神代恒一・神代美弥 VS ルクレツィア・クロウフォード・如月颯太』の対戦カードが映し出され、優勝候補同士の激突に観客席は大きく沸き立つ。
試合開始の合図と同時に、如月が高火力の焔断裂を繰り出す。
しかし恒一は数珠型デバイスを起動し、因果断絶で術式そのものの因果を断ち切り、炎を発動前に消滅させる。防御でも相殺でもない未知の現象に、観客席は騒然となった。その隙に美弥が観測限定を発動。
「右! 左!」
相手の行動を観測・解析し、次の動きを恒一へ伝達する。
彼女の短い指示だけで彼は如月の先を取り、因果縛により数秒間術式を封じ込めた。
如月は魔法を発動できず、その圧倒的な制圧力に追い詰められていく。
戦況を変えるため、ルクレツィアは飛行デバイスで上空へ上がり、王印弾を連射。
だが美弥は、王冠口径の照準パターンを観測して弾道を予測し、恒一は最小限の動きですべて回避する。
「――っ、王権補正を読まれているというのですか……っ!?」
ルクレツィアは驚きを隠せない。
観客席でも、『王権補正』と『観測補正』の高度な情報戦だと分析され、美弥の能力の高さに感嘆の声が上がる。
一方、如月は連続炎弾で美弥を狙うが、彼女は未来を見通しているかのような最適な回避を続け、一発も命中しない。
彼は焦りを募らせるが、ルクレツィアは冷静に制止し、戦術を変更する。
そして彼女が切り札として放つ夜儀弾は、周囲の感覚や照準を狂わせる特殊弾だ。
観客は神代兄妹にも影響が出ると予想するが、美弥は歪曲そのものを観測・解析し、補正情報を恒一へ送り続けることで影響を最小限に抑える。
「――たとえ感覚が狂おうとも、補正さえできれば何の問題もございません」
氷のように涼しい顔を晒しながら、それを軽く彼女は言い放つ。
だがその言葉どおり、恒一は一切動きを乱さず前進する。
美弥の指示を受けながら、間合いへ踏み込んだ彼は、因果転換を発動。
如月が展開しようとした、魔法の因果を書き換え、自身ではなく別方向へ暴発させる。
彼は術式制御を完全に乱され、自滅寸前まで追い込まれた。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




