第2話 タッグ戦
「……おい、見ろよ。あれが今話題の触手魔だぜ」
「うわっ、不破ネメシスが来やがった……」
「今日は一体どんな戦い方をするんだ……。頼むから例の触手は男には使わないでくれ……」
ネメシスが入場した時、観客席の反応が一段と大きくなった。
そして彼の影に隠れるようにして、足早にミサキが隣から入場する。
金色の髪が施設の照明を受けて輝き、灰色の瞳が観客席を一瞥した。
その後も続々と入場が続き、数十分後に一学年全員が、フィールドにて集結する。
フィールドの中央に、一学年の全員が並んでいた。
「本日の試験について説明します。形式は急遽個人戦から、タッグ戦に変更となりました。パートナーは学校側がランダムで選出しました。これから発表します」
若き男性教員の審判員が、表情を引き締めて一歩前に出る。
フィールド内が一斉に、ざわめきに包まれた。
それは偏に、事前に伝えられていた形式が、試験開始直前で変更されたからである。
「おいおい……まじかよ、そんな急に言うなって……。しかもパートナーはランダムって……おわった……」
「ふざけんなよ! 個人戦とタッグ戦じゃぁ、戦い方がまるで違うだろうがッ! くそっ! 俺の自主練の時間返せよ!」
「相性の悪い方と組まされたら終わりですね、本当に。ですが、ルールの変更ぐらい先に言いなさいよ! もうっ!」
「……お、俺の華やかな魔法師人生が……キャリアが……安定した未来が……。こんなルール変更如きで終わるのか……」
一部の一学年たちは、突然の出来事に阿鼻叫喚な反応を晒していたが、誰も審判員に直接文句を言う者はいない。
「それでは、これよりペアを発表します」
彼ら彼女らの反応を気に留める様子はなく、審判員は静かに端末を開いた。
そして最初のペアが読み上げられる。次に、二番目のペアが読み上げられた。
その後も続々と事務的に、ペアが告げられてゆく。
それから数十分が経過して全てのペアの発表が終わると、最終的なペアの一覧がフィールドの大型スクリーンに表示された。観客席がスクリーンを確認して一斉に動く。
複数の声が、それぞれの区画で上がった。
「ふーむ……神代恒一と神代美弥。まさかの兄妹ペアか……こりゃぁ、凄い事が起きそうだな」
「ランダム選出で兄妹が当たるとか、あり得るのか? うーん、なんか妙だな……」
「ああ、確かに怪しいな。偶然にしては出来すぎている」
「学校側が意図的に組ませたと言うのか? 一体何の目的があって、そんなことを……」
最初に反応が大きかったのは、当然の如く神代兄妹のペアである。
「神代家の正科と予科が組む。因果系と観測補正系の組み合わせだ。あの二人が本気を出したら、止められる相手がいるのか?」
「神代恒一の因果演算が、対象の行動パターンを先読みする。神代美弥の観測補正が、その先読みの精度を上げる。完全な補完関係だ」
「おい、まじかよ! 優勝候補筆頭じゃねぇか!」
「まあ、異論はないな」
上級生の区画から、分析的な声が上がった。そしてフィールドでは、美弥が恒一の隣に移動している。
氷色の瞳が彼を見ていた。感情の起伏の少ない顔に、兄の隣に立つ時だけの温度がある。
「お兄様。全力で行きますよ」
美弥が口を開いた。その声は普段より柔らかい。
「ああ、分かった」
恒一が短く答えた。数珠が、右手の中で静かに揺れる。
次に反応が大きかったのは、ネメシスのペアだ。
スクリーンに『不破ネメシス × 蛇ノ目ミサキ』と表示された瞬間、観客席の複数の区画が同時に動く。
「不破と蛇ノ目がペアか……」
「入学式の時から、一緒に行動してる二人だよな。あれって付き合ってるんだっけか? 確か幼馴染同士だろ?」
「ああ、そうだな。噂ではアイツらは恋仲関係だったはず。……ちっ、予科の癖に美少女の正科と付き合いやがって。ぜってぇ許さねぇぞ不破ネメシス」
「ランダムで幼馴染が当たるのか。神代兄妹といい、今日の抽選はおかしくないか? こんなのただのやらせだろ」
複数の区画から正科生や予科生に関係なく、嫉妬や私情が混ざり合う男子生徒たちの黒い声が呟かれる。
「不破は問題児だろう。あの触手は術式展開ゼロで、デバイスの反応もない。規定内とは言え、正体不明すぎる」
「タッグ戦でパートナーに触手を向けられたら終わりですね」
「蛇ノ目が一番のダークホースかもな。正科の徽章を持っているが、あらゆる面で情報が不足している」
「一応、補助制御特化らしいが……実力が見えないな」
「未知の実力者同士が組んでいるという事ですか。……まったく、それが一番恐ろしいですね」
正科生の区画ではネメシスよりも、ミサキについて多く話し合われていた。
「不破と蛇ノ目か。先週の決闘を見た感じ、不破は何の心配もいらないかもだが、まったくと言えるほど蛇ノ目は未知数だ」
「ほんと、それな。蛇ノ目さんが戦闘でどこまでできるか、誰も詳しいことは分からないしデータもない。実技授業のデータだけじゃぁ、たかが知れてるしね」
「不破は一人で例の英国の留学生に勝ったんだぞ? なら単純にタッグになったら、さらに強くなるんじゃないか?」
「まあ、期待はしたいが相手によっては厳しいのが現実だな……」
予科生の区画でもネメシスの話題は程々に、ミサキのことで様々な反応が上がる。
そしてフィールドでは、ネメシスの隣に彼女が立っていた。
「ねぇねぇ、ランダムで私たちが当たったって、本当に信じてる?」
小声でミサキが尋ねる。
「信じる訳がないだろ。これは学校側が意図して組ませた可能性が高い。俺とミサキを同じペアにすることで、俺の戦闘中の行動を、ミネルヴァの人間が直接監視できる状況を作った」
淡々とした声で、ネメシスが答えた。
「つまり、今日の試験そのものが観察装置ってわけだね」
「ああ、そういうことだ」
「じゃあ、思い切り暴れても問題ない、ということ?」
少しの間を置いてから、ミサキは首を傾げる。
「適切な範囲で、な」
「適切な範囲……難しいことを言うね」
そう言いながら彼女は短く息を吐き捨てた。
三番目に観客席が動いたのは、ドイツとフランスのペアである。
スクリーンに『アイゼン・ヴァイスベルク × リュミエール・アルノー』と表示された時、観客席の上級生区画が静かになった。
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