第21話 動き出す勢力
「試験まで三日ある。準備は各自でしろ。放課後の訓練棟使用は申請すれば開放する。以上だ。何か質問は?」
それだけ言うと、冬華は端末を静かに閉じ、鋭い眼光を全員に向ける。
すると一人の生徒、美弥が軽やかに手を上げた。
「神宮寺先生。ということは、そのトーナメントの優勝者は、国家代表候補として最上位の評価を受ける、ということですか?」
「ああ、無論そういうことになるな」
「では仮に下位に沈んだ場合でも、その結果は評価対象に含まれる、と?」
「全員が対象だ。下位の無様な結果もすべて筒抜けだと思え。……もっとも、最高位の評価を掴み取れるのは、最後に勝ち残った優勝者だけだがな」
突き放すような冬華の言葉が、室内の空気を容赦なく引き締める。
そして美弥が小さく頷いた。手鏡型デバイスの角度を、わずかに変える。
恒一は目を閉じたまま、動かなかった。しかし右手の数珠が、一粒だけ動く。
ルクレツィアが端末を閉じた。サファイアブルーの瞳が、まずネメシスを見る。
それから、美弥を見た。それから、アイゼンを見る。それは計算している目だった。
リュミエールが蜂蜜色の瞳でネメシスを見る。穏やかな光があった。
しかし今日は、その奥に別の種類の光も混在している。
アイゼンが初めて動いた。右腕の灰鉄色の装甲ブロックを、左手で確認する。
起動確認の動作だ。表情は変わらない。
そしてホームルームが終わり、一時限目が始まる前の数分間、教室に会話が広がった。
「トーナメントか。正科と予科が同じ条件で戦うのか……」
「如月くんが最有力じゃないか? 炎系の攻撃魔法は制圧力が高いからな」
「神代さんもいる。あの観測補正系は、試合展開を完全に把握できる……恐ろしいぜ」
「で、でで、でも……本当に怖いのは不破がいること……」
男子生徒の一人が、その名を口にした瞬間に、周囲の声が止まる。
それから数秒の間が空いてから話し合いが再開された。
「ああ、そうだな……。例の触手魔と当たりたくないな……」
「当たりたくないが、誰かが当たるぞ……。絶対に……」
「組み合わせ次第では、一回戦で当たる可能性もある。ほんと……勘弁してくれ」
「だが忘れてはいけない。あの留学生三人も強いはずだ。クロウフォードは情報系、アルノーは光系、ヴァイスベルクは構造解析と強化系。その全員が紛れもなく一線級だ」
「まったく、一組だけでもう国際大会みたいな顔ぶれだな。なんだか笑えてくるぜ」
クラスメイトたちは、それぞれの思いを口にしながら、トーナメントに対して苦い声を漏らす。
一方でネメシスは、その会話を処理しながら、教室の勢力図を更新していた。
通知が出たことで、クラス内の関係性が変化している。
試験前という条件が、全員の立ち位置を顕在化させた。正科生の中心は如月颯太。
攻撃魔法の実力を自認しており、今回の試験を正科の優位を証明する場として捉えている。
如月の周囲に、同じ考えを持つ正科生が三名集まっていた。
予科生の中心は、今日の時点でネメシスになっている。彼が意図したわけではなかった。
しかし、決闘の結果が作った事実として、予科生の視線がネメシスを向いている。
期待と不安が混在した視線だ。留学生の三人は、それぞれが独立した勢力として機能している。
連携している様子はなかった。
むしろ互いの目的が異なるため、協力関係が成立しない構造になっている。
神代兄妹は、どちらとも距離を保っていた。
(勢力図の中心に、俺がいる。意図したわけではないが、三日間の結果がこの配置を作った)
ネメシスは声に出さずに思考する。
そしてトーナメントという形式が、その配置を可視化する機会を作ろうとしていた。
「おい、ミサキ」
小声で隣にいる彼女に、ネメシスは語り掛ける。
「ん、どうしたの? 触手魔くん」
無表情寄りの顔を晒しながらミサキが答えた。灰色の瞳が、黒板を向いたまま動かない。
金色の髪が、朝の光を受けて輝いていた。
「トーナメントの目的が、試験だけではない可能性を確認したい」
「おっ、いいね! 私も同じことを考えてた」
「国家代表候補選抜が、一年次の最初の試験に設定された理由は、今年の一組の構成を前提にしている」
「そうだね。多くの留学生が揃った時のネメシスの戦闘行動を、複数の角度から同時に観察できる。試験という形式で、それを合法的に実施できる」
「聖統院も関与している可能性があるな」
「神代家が動いたかもしれない、ってこと?」
「確定はできない。しかし恒一が今日、数珠を一粒動かした」
「それが何を意味するか、分かるの?」
少しの間を置いてから、ミサキが首を傾げる。
「分からない。しかし、恒一が反応したことは分かった」
「三日間、ほとんど無反応だったのに」
「ああ、そうだ。国家代表候補選抜という言葉が、恒一の何かに触れた」
自身の顎下に手を当てながらネメシスが呟く。
だがそれと同時に、一時限目の開始を告げる予鈴が鳴り響く。
春の光が、教室の床に長く伸びていた。ネメシスは教室全体を見渡す。
三つの国家の工作員。聖統院の次世代候補。ミネルヴァの監視下。正科と予科の境界線。
その全ての中心に、自分がいた。トーナメントという舞台が、三日後に設定されている。
(ふっ、実に面白くなってきた)
ネメシスは声に出さずに思考した。春の光が、教室を照らし続けている。
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