第14話 フランス少女とドイツ少女、現る
「まあ、そうだな」
即答するように彼は返した。ルクレツィアの目が、わずかに大きくなる。
「正直ですのね」
「嘘をつく理由がないからな」
「なぜ、嫌いではないのかしら?」
「面白い相手だからだ。計算が外れた時の顔が、俺には出来ない素晴らしいものだった。それ以外の理由は今のところない」
僅かに気分を高揚とさせながら、ネメシスは笑みを零しつつ、独特な内容のものを口にした。
彼の言葉を聞いてルクレツィアは、考え込むように少しの間を置く。
それから、小さく笑った。それは芝居がかっていない笑いである。
「今のところ、ということは……」
「ああ、そうだ。今後変わる可能性がある、という意味だ」
「……貴方って人は本当に……」
唇を尖らせながらルクレツィアは、いじけた雰囲気を晒す。
そして続け様に、彼女が何かを言いかけた時、唐突に扉がノックされた。
「失礼しますよ~」
それは保健教員の声である。二人の間の空気が、一瞬にして切り替わった。
突然の出来事にルクレツィアが、一瞬だけ体を大きく跳ねさせて一歩下がる。
「つ……続きは、また今度ですわ!」
彼女の声に少し演出のようなものが戻っていた。
しかし、それは完全には戻っていない。
「まあ、続きがあるとすればな」
「ふふっ、問題ありませんわ。必ずありますから」
断言するようにルクレツィアは力強く言い切る。
サファイアブルーの瞳に、今日初めて見る種類の光があった。
そして扉が静かに開かれる。保健の教員が戻ってきた。
春の夜が、窓の外で深くなっている――――
そして、四月九日。午前八時五十一分。三日目の朝だ。昨夜から降り始めた雨が、まだ続いている。
空は均一な灰色で、雲の切れ間がなかった。雨粒は細かく、傘を必要とする程度の降水量だ。
気温は九度で、入学初日より四度低い。
廊下の窓から見える中庭の石畳が濡れており、植木の葉が雨の重みで下を向いていた。
一年一組の教室は、午前八時五十一分の時点で、既に半数以上の生徒が着席している。
昨日の決闘の余波が、まだ教室の空気に残っていた。ネメシスが入室した時、複数の視線が集まる。
金の徽章を持つ正科生の一部が、目を合わせずに視線を逸らした。
銀の徽章を持つ予科生の数名が小さく頷く。昨日とは明確に異なる反応だ。
ネメシスは自分の席へと着く。雨が窓ガラスを濡らしていた。
「やっぱり、注目されてるね!」
彼の隣に立つと、ミサキは前屈みになりながら、口角を上げて笑みを零す。
金色の髪が、室内の照明を受けており、今日は髪を下ろしていた。
制服のジャケットの前が、騒がしい動作により胸元の輪郭を一瞬際立たせる。
「ふむ、昨日より視線の種類が変わったな。恐怖から観察に移行している」
周囲を見渡しながら、ネメシスは冷静に分析した。
「慣れ始めてる、ってこと?」
「慣れではない。値踏みだ。昨日の情報を処理して、俺をどう扱うべきか再計算している」
「一日で、そこまで変わるんだね」
「決闘の結果は分かりやすい指標だ。それを使って人間は関係性を再定義する」
「ふーん。……ところでさ、ルクレツィアさんは今日来ると思う?」
少し間を置いてから、ミサキは単純な疑問を投げ掛ける。
「ああ、来るだろうな」
「へぇー、その根拠は?」
「昨夜の会話だ。それにルクレツィアという女は、あの状態で登校を避けるような弱き人間ではない」
「なるほど、確かにっ!」
登校中に昨日の一部始終を聞かされていた彼女は、手を叩いて陽気な反応を晒した。
――そして始業五分前、担任の冬華が教室に入る前に、廊下から声が聞こえる。
複数の足音と、教員の声が重なっていた。
「転入の手続きは完了しています。本日より一年一組に編入です」
「なるほど、了解しました」
それらの会話が終わると同時に、教室の扉が音を立てて開かれる。
冬華が先に入り、その後ろを二人の女子生徒が続いた。
教室内の空気が、一瞬で変わる。最初に入ってきたのは、小柄な生徒だ。
身長は低めで、体型は細身で華奢。
制服を完璧に着こなしていたが、その着こなし方が他の生徒と違う。
ジャケットの肩が綺麗に落ちており、ボタンの位置が正確で、全体として貴公子のような印象を作っていた。しかし顔を見ると、その印象が複雑になる。
小さめの顔に、丸みのある輪郭。鼻筋は通っているが主張しない。
口元が柔らかく、微笑むと幼さが出るタイプの顔立ちだ。
目が明るい金色、蜂蜜色に近い色をしており、やや大きめで潤いがある。
髪は淡いブロンドで、耳にかかる程度のショートだ。
ふんわりとした癖毛が、室内の空気で軽く動く。
胸元が制服の上からでも分かるほどに豊かだ。
細身の体型との対比が、制服越しでも際立つ。
全体として、王子様と評するには可憐すぎ、少女と評するには凛としすぎる印象だ。
「初めまして、リュミエール・アルノーです。フランス政府・魔法庁公認の留学生として参りました。魔法の系統は光と精神干渉です。どうぞよろしくお願いします」
全員の前に立つと彼女は緊張することなく、流暢な日本語で自己紹介を述べて、軽い一礼を披露する。
その声は穏やかで、落ち着いていた。
微笑みを絶やさない顔が、教室全体を包み込むような温度を作る。
「か、可愛い……」
「王子みたいだけど、なんか……守ってあげたくなる……なっ!」
「フランスの留学生って、ああいう感じなのか……惚れそう」
男子生徒の側から、声が漏れ聞こえた。
「綺麗な人……私、初めて女の人を好きになっちゃうかも!」
「目の色が素敵っ!」
「なんか、近くで見ると印象が変わる感じがする!」
女子生徒の側からも黄色の声が上がる。だが続いて入ってきた生徒が、教室内の空気を再度変えた。
身長は女性としてやや高めで、体型は引き締まった均整体。
余分な脂肪がなく、筋肉の線がはっきりと出ていた。
細いのではなく、鍛え抜かれて削られた体である。
顔立ちはシャープで、輪郭に余分な丸みがなかった。
鼻筋が通り、表情筋の動きが少ない。
整っているが、美人と形容される前に冷たさが来る顔だ。
目が特徴的である。左目は無機質な灰青色で、視線が真っ直ぐだった。
右目は前髪と角度で半分隠れていたが、見える部分の色が左目と異なる。
人工的な何かが、右目の奥にある印象だ。
髪は淡い銀混じりのブロンドで、肩にかかる程度のストレート。
飾り気なく整えられており、軍規そのもののように規則正しい。
前腕部に、灰鉄色の装甲ブロックが装着されていた。
それが彼女のデバイスだと、ネメシスは一目見て理解する。
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