↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/70

第13話 貴方!責任を取りなさい!

「あら~、軽度ですね。回復薬を塗布しますか~?」

「不要だ。記録だけ頼む」

「はーい、分かりました~」


 軽い返事をすると教員は、再び端末に入力を始めた。

 その時、奥のカーテンが不意に動く。カーテンの一枚が勢いよく引かれた。

 そして――ルクレツィアが姿を現す。


 姫騎士風の戦装束から、保健室の予備の上着に着替えていた。

 薄いグレーの上着が、彼女の細身の体型の上では少し大きい。

 金色の波打つ髪が乱れており、完全には整えられていなかった。


 サファイアブルーの瞳が、部屋の入口方向を向いた瞬間に、ネメシスを捉える。

 二人の視線が交差した。ルクレツィアの表情が、一瞬だけ止まる。


「……あなた」

「ふむ、意識が戻ったか」


 淡々とした声で、ネメシスが応じる。


「いつから、そこに……?」


 怪訝そうにルクレツィアは、静か彼を見つめた。


「今来たばかりだ。偶然ここで鉢合わせただけで、貴様に用があったわけじゃない」


 抑揚のない声色で彼は、事実のみを直球的に告げる。

 だが、シャツは捲れたままの状態であり、右の脇腹の赤みが見えていた。


「怪我をしておられますの……?」

「ああ、まあな。ただの軽度だ。気にするな」

「……あの触手を展開した時の、反動ですの?」

「まあ、そんな感じだ。……あまり見るな。恥ずかしいぞ」


 そう言うとネメシスは、捲られていたシャツを下げて患部を隠す。


「……少し、席を外していただけますか?」


 僅かな間を置いてから、ルクレツィアは保健の教員に向けて尋ねる。


「んー、患者さんが二人いる状況ですからね~……」


 教員が顔を上げると、眉を八の字にして困り顔を晒す。


「俺は構わない。そして男女の間違いが起きることもないとだけ言っておく。理由は俺が無性愛者(アセクシュアル)だからだ」


 腕を組みながら堂々たる口調で、一つの嘘を高らかにネメシスは言い放つ。

 そして保健教員は、二人の顔を交互に見た。それから端末を閉じて、静かに席を立ち移動する。


「五分だけですからね~。何かあればナースコールを~」


 人差し指で時計とナースコールを主張してから、教員は保健室から出ていき扉が閉められた。

 そして保健室は、二人だけとなる。足を進めてルクレツィアが彼の前に立つ。


 距離は一メートルほど。昨日の教室での距離と同じだ。

 しかし今日は、二人の状況が全くと言えるほど昨日とは違う。


「なぜ保健室に来たのか、本当の理由を言いなさい」


 表情を強張らせると、ルクレツィアは声に覇気を込めて問う。

 その声には普段、彼女が身にまとっている芝居がかった高飛車な響きが、完全に削ぎ落とされていた。


「言った通りだ。ただ傷を治療しに来ただけだ」

「嘘ですわ」

「なぜ、そう思う?」

「貴方のあの異常な再生能力なら、その程度の炎症はここに来ずとも処理できるはずですわ。わざわざ保健室に足を運ぶ必要など、どこにもありませんもの」

「ふむ、鋭い観察だ」


 手を自分の顎下に当てながら、ネメシスは少し間を置いてから返す。


「……答えなさい」

「はぁ……やれやれだな。まあ、貴様になら言ってもいいだろう。これを言ったところで別に然したる障害でもなし。……俺が保健室に来た理由は、ただ一つ。それは上層部の判断だ。学校に在籍する通常の生徒として振る舞うために、敢えて医療記録を残しておく必要がある」

「それは……本当のことのようね」

「ああ、そうだ」

「でも、私がここにいることは知らなかったのかしら?」

「そうだな。知らなかった」


 小さく頷きながら彼は答える。そしてネメシスの言葉を聞いて、ルクレツィアは視線を下げた。

 自分の手を見る。指先の痺れは、ほとんど消えていた。

 しかし、魔力回路の空白感は、まだ残っている。


「一つ、聞いてもいいかしら?」

「なんだ?」

「貴方は、私に何をしたと思っていらっしゃいますの?」

「決闘で勝った。貴様の魔力回路に接続した。そして、ワクチンを投与した」


 彼はルクレツィアを静かに見下ろした。


「……それだけ?  本当にそれだけですの?」

「事実として、それだけだ」

「っ……!  私の体に初めての敗北を刻んだのは貴方ですのよ!」


 俯かせていた顔を彼女は勢いよく上げる。

 そのサファイアブルーの瞳が、真っ直ぐにネメシスを射抜く。


 そこには普段、彼女が見せるような、余裕に満ちた色は微塵もない。

 計算も演出もない、ただ剥き出しの感情だけが激しく混在していた。


「……まあ、そうかも知れんな」

「私の術式が初めて通じなかった相手も、貴方ですわ」

「そうなのか?」

「私の魔力回路に初めて触れた存在も、貴方」

「ふむ……そうなのか」

「私に初めて恐怖を与えた男性も、貴方ですわ」

「…………」


 腕を組んだ状態で、ネメシスは口を閉ざし答えない。


「そしてワクチンという名目で、貴方の細胞由来のものを私の体内に入れたのも……貴方」


 声を震わせながらも、ルクレツィアは淡々と話を続けた。


「ただの医療行為だ。そんなに重たく気に留めるな」

「ええ、勿論分かっていますわ。……でも、クロウフォード家の人間として、これだけの初めてを一人の男性に持っていかれましたのなら――――」


 先ほどまで震えていた口が途端に止まると、彼女の声色が僅かに変化する。


「……ったく、貴様は一体何が言いたい?」

「責任を取りなさい!」


 右手を自身の胸に添えながらルクレツィアは叫ぶ。だがその直後、自分の言葉の破廉恥な響きに気づいたのか彼女は、一瞬で耳の裏まで真っ赤に染めて大きく震えだした。

 保健室の白い照明が、二人を均一に照らしている。


「……責任の定義を明確にしろ」


 ルクレツィアを見つつも、反応に困るように、ネメシスは右手で頭を抱えた。


「英国の伝統では……っ!」

「英国の伝統は俺には適用されない」

「ですが……!」

「俺が取れる責任の範囲を言え」

「……貴方は、私のことが嫌いではございませんでしょう?」


 少し間を置いてから、彼女は口を開いて首を傾げる。

 サファイアブルーの瞳が、ネメシスを見たまま動かない。

最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。

宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。

活動の励みとなり更新が維持出来ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。