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第12話 二つ名決定!

「でも、顔は本当に綺麗だよね……」

「そうなんだよ。あの顔だけ見たら、普通にすごく格好いいのに」

「あの触手さえなければ、ね……」

「……でも、触手があってもいい、っていう人もいるんじゃない?」

「えっ、それはちょっと……」

「だって、あの触手に全身を拘束されて、魔力を吸い尽くされてたクロウフォードさん……なんか、その、すごく……」

「言わなくていいから!」

「でも、あんな風に、私もめちゃくちゃに責め立てられて……っ」

「言わなくていいって言ってるでしょ!」


 二人は小声で笑い合う。その笑いの種類が、恐怖とは違った。

 一方で男子生徒の区画は、別の方向に動いている。


「あの触手の制御精度……もう一度、近くでじっくり見たいな」

「フィールドの上空八メートルまで一瞬で到達した時の加速度、誰か計算できるやついるか?」

「FLYデバイスなしで垂直上昇してたろ。肉体の出力だけであの速度は、通常の身体強化魔法の上限を完全に超えてるぞ」

「しかも、王印弾が十発以上も命中して魔力消費ゼロって……あいつ、どういう神経回路をしてるんだ」

「あいつと同じクラスなんだろ?  だったら、これから授業中にいくらでも観察できるじゃないか」

「近くで見たい反面、もし自分にあの触手を向けられたらと思うと、さすがに困るがな……」

「向けられなければいいだけの話だろ」

「……どうすれば向けられない?」

「敵対しなければいい。たぶん、な」

「そのたぶんが一番怖いんだよ……」


 それらの声には、畏怖と分析と興味が、折り重なるように込められていた。

 そこには明確な恐怖を含んでいたが、その恐怖は拒絶ではなく、未知のものへの本能的な反応である。

 そしてネットワーク上では投稿が加速していた。


『触手魔の不破ネメシス、第一国立魔法科高等学校の新しい伝説』

『予科生最強説ッ!』

『入学二日目で伝説作るなよ……』

『クロウフォードのオッズ一・二倍だったのに……』

『八・五倍が正解だった』

『賭けてた人、大勝ちじゃねぇか!』

『触手魔に賭けた九パーセント、正解者ってか』


 画像と映像が留まることを知らず只管に拡散し続ける。

 触手が展開した瞬間の静止画が、複数の角度から投稿されていた。

 ネメシスの背中から、触手が出た瞬間の画像が、最も多く拡散されている。


『これ、本当に人間か?』

『人間じゃないかもしれない……』

『人間じゃないとしたらなんだよ?』

『それが分からないから怖い……』

『怖いけど……目が離せない』

『これが第一国立魔法科高等学校の新たな伝説の誕生現場か』


 多くのコメントが重なり続々と投稿されていた。


「あらぁ、凄い事になってるね。ネットワークが爆発してるよ!」


 ネメシスの隣を並んで歩きながら、ミサキは端末を確認する。


「そうか。まあ、問題はないだろう」

「ねぇねぇ! 触手魔って呼ばれてる!」

「ああ、聞こえていた」

「気にならないの?」

「不名誉な二つ名だと思うか?」


 少し考えた末に、彼は質問を質問で返した。


「えっ、思わない?」

「俺が持っている能力の一部を正確に表現している。不名誉かどうかは、使う側の判断によるな」

「……はぁ。予科生が触手で留学生を倒した、ってことでネームバリューが上がった。昨日まで名前を知らない人間の方が多かったのに」

「そうだな。把握している」

「もう! これから、どこに行っても注目されちゃうじゃん!」

「それは計算に入っていた。問題はない」

「計算に入っていた?」


 ミサキは端末から目を上げる。灰色の瞳が、ネメシスを横から見た。


「無名の予科生より、知名度がある予科生の方が、情報が集まる。人は注目している対象に近づく。近づいた相手から、情報が得やすくなる」

「つまり、二つ名が広まることも想定内と?」

「触手魔という名前がつくかどうかは予測できなかった。しかし何らかの形で知名度が上がることは予測していた」

「ふーん、ほんと怖い考え方だね」


 少し間を置いてから、彼女は目を細めて呟く。


「合理的と言ってくれ」


 そう言いながらネメシスは淡々と足を進めてゆく。そして二人は、フィールドの出口を抜けた。

 廊下に出ると、観客席の騒ぎが壁越しに届く。施設の外は夜に向かっていた。

 気温はさらに下がっており、廊下の空気が冷たい。


 そして瞬く間に、決闘から数時間が経過。学校の夜は静かだった。

 外の気温は七度まで下がっており、廊下の窓から見える中庭の植木が、夜風に揺れている。

 授業棟の照明は落ちており、宿舎区画の窓だけが点々と光っていた。


 生徒の大半は夕食を終えて、寮に戻っている時間帯である。

 ミサキも女子寮へと戻り、一人で廊下を歩くネメシスの足音だけが、静かな校舎に響く。

 決闘後、制服の損傷を確認した結果、右側の裂けが布地の内側まで達していた。


 表面の修繕は寮の設備でできる。

 しかし裂けた際に、触手が皮膚を擦った部分に、軽度の炎症反応が出ていた。

 

 NMSウイルスの再生能力が既に処理を始めていたが、学校の医療記録に残すために保健室を経由する必要がある。それはミサキからの指示だ。


(怪我の記録を残さないと、今後の活動に支障が出る。正常な生徒として、適切に医療記録を作っておく必要がある)


 彼女から与えられた指示を心中にて呟きながら、それは合理的な判断だと納得してネメシスは頷く。

 夜間用の保健室は、中央校舎の一階東端にある。

 彼は廊下を歩き、とある扉の前に立つ。静かにノックした。


「どうぞ~」


 軽やかに保健教員の声が返される。そして許可を得てから、ネメシスは扉を開けた。

 保健室の内部は、白い照明が均一に満たしている。


 壁面の医療棚に、回復薬と魔力補填剤が並んでいた。

 処置台が一台、机が一台。奥のカーテンで仕切られた、ベッドエリアが四区画ある。


「さてさて、どうされました~?」


 保健の教員が机から顔を上げた。


「決闘中に負傷した。皮膚に軽度の炎症がある。診てもらいたい」

「はーい、確認します。どうぞ、こちらへ~」


 端末を操作して、情報を入力しながら、教員は台に座るように促す。

 そして、ネメシスは言われるがままに、処置台の前に移動した。

 そのままジャケットを脱ぎ、シャツを捲る。


 右の脇腹から腰にかけて、皮膚が薄く赤くなっていた。

 触手の展開時に、布地が擦れた跡である。

 NMSウイルスの再生が既に始まっており、炎症は縮小していたが、発生した事実として記録が必要だ。

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