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第5話 イギリス少女の本気

 一方で教師陣は、フィールドを挟んで反対側の専用席にいた。


 数名の教師が並んでいる中で、冬華は最も静かである。

 腕を組み、フィールドを見ていた。切れ長の目が、半眼のまま、地上のネメシスを捉えている。


「神宮寺先生、どう見ますか? 不破くん、かなり厳しい状況ですが……」


 彼女の隣に座る一人の教師が徐に口を開いた。それに対して冬華は直ぐには答えない。


「まだ終わっていない」


 三秒ほど置いて、相手の顔を見ずに彼女は短く答えた。


「しかし……王印弾が直撃しては……」

「関係ない。結果だけを見ろ」


 それだけ言うと、冬華は視線をフィールドに戻す。隣の教師は最早なにも言えず、ただ口を閉じた。

 一方でミサキは観客席の下段、予科生のエリアから少し離れた位置に座っている。


 周囲の喧騒の中で、一人だけ別の温度でスマホの画面を見ていた。

 手元の端末に、フィールドの魔力計測データが、リアルタイムで表示されている。

 ネメシスの魔力残量は、正常値だった。王印弾の蓄積による影響が、数値上ほとんど出ていない。


「やっぱり……」


 小声でミサキは呟く。NMSウイルスの神経回路が、王印弾の刻印を処理している。

 吸収ではなく、分析しながら無効化していた。

 ルクレツィアの術式が蓄積するはずの効果が、ネメシスの神経回路に届いていない。


 しかし、それは表に出ていない。彼は王印弾を受けた外見のまま立っている。

 何かを待っている、とミサキは判断した。何のために待っているかは、まだ分からない。

 そして、フィールドの上空では、ルクレツィアが笑みを零していた。


 姫騎士風の戦装束を身に纏い、上空八メートルに浮かんでいる。

 金色の髪が気流に流れていた。戦装束が上空からの光の角度で輪郭を際立たせている。


「あと、二発ですわね。王印弾が三発命中すれば次の段階への移行条件は満たします。あとは契約弾を貴方の眉間に撃ち込めば、この勝負は終わりですわ」


 気だるげに王冠口径を下に向け、まるでティータイムの雑談でもするように、彼女は優雅に告げた。

 だがネメシスは何も答えず、ただ静かに佇んでいる。


「ですが……少し退屈になってきましたわ。なぜ貴方は攻撃してこないのかしら?  守りに入れば勝てるとでも思い込んでいらっしゃるの?」


 わざとらしくあくびを零しながら、ルクレツィアは絶対的な強者の風格を纏い問いかけた。


「いや、思っていない」

「でしたら、なぜ攻撃に移らないの?」

「準備が終わっていなかったからだ」


 ネメシスの言葉は短く、飾り気のない返答。


「あら、そうなのですか?」

「ああ、そうだ」

「ふぅん……。面白いことを仰るのね。では、今度は本気で終わらせて差し上げますわ。今までのやり取りは、あくまで貴方のその制服姿(愚かさ)に対する、わたくしなりの些細なサービス(手加減)でしたから」


 ゆっくりと淀みのない動きで、ルクレツィアは彼の急所を銃口の先に捉えた。

 すると観客席が、また一斉に沸く。


「うおおお!  ついにクロウフォードが本気を出したぞ!  空気がガラッと変わりやがった!」


 唐突に正科生の一人が、身を乗り出すようにして興奮の声を上げた。


「これで完全に終わりだろ!  じゃあな、身の程知らずの馬鹿な予科生!」


 別の正科生が勝利を確信し、哀れな挑戦者をせせら笑う。


「ハッ、所詮は予科生には荷が重すぎたんだよ。あいつ、自分がどれだけ無謀な場所に立たされてるか、死ぬ間際まで理解できないんじゃないか?」


 周囲の正科生たちも同調し口々に、ネメシスの敗北を決定づける言葉を浴びせかけた。

 そして沸き立つ観客席に、ファンサービスを送るように、ルクレツィアが軽く手を振る。

 さらに彼女の笑みが深くなった。


「ふふっ……それでは、決着を付けましょうか」


 ルクレツィアの視線が、ネメシスに向けられると共に、澄んだ声が放たれる。

 その瞬間、観客席の熱気が頂点に達した。二千人分の視線が、フィールドに向いている。

 勝利目前の空気が、観客席全体を支配していた。その中で、地上のネメシスだけが静かである。


 制服が裂けていた。しかし口元の薄い笑みは、変わっていない。

 夕方の光が、フィールドの上に差し込んでいる。

 そしてルクレツィアが上空で素早く動いた。王冠口径を、正面に構える。


「これで――終わりですわ!」


 高揚に満ちた彼女の声が、フィールド全体に届いた。観客席が一斉に静まり返る。

 固唾を呑む静けさだ。決定的な瞬間の前の、息を止めた静けさ。

 その刹那、ルクレツィアの魔力が、上空で膨れ上がった。


 通常の王印弾ではない。魔力の密度が違う。

 術式の複数層が同時に、それも凄まじい速度で組み上がっていく。

 それは彼女が有する最高峰の術式、無言の戴冠の前段階だとネメシスは判断した。


 本来、その術式の発動条件は王印弾の三発以上の命中と、契約弾の二回以上の成立。

 だが、ルクレツィアが今までに彼へ撃ち込んだ王印弾は、先ほどの脇腹の一発のみだ。


 しかし、彼女は絶対の確信を持ち動いている様子。だが、その勝利を確信したルクレツィアの優雅な表情から、いとも容易くネメシスは情報や思考を読み取る事が出来た。


 つまり彼女は条件が足りないのなら今この瞬間に、全ての弾を同時に撃ち込んで強制的に満たせばいいと考えている。

最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。

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