第4話 観客たちの反応
「あら……。随分と、速くていらっしゃいますのね」
緩んでいた目元を僅かに引き締めながらも、ルクレツィアは矢継ぎ早に引き金を引く。
すかさず二発目が来た。今度は角度が変化している。
上空から斜め下への射線で、回避方向を絞り込んでいた。
ネメシスは右に動く。また弾丸が通過した。
「ふふっ、まだ躱しますのね。……ええ、いいでしょう。ですが、その無駄な動きがいつまで持つかしら? 終わりが楽しみですわ」
笑みを零すと舌なめずりをしてから、ルクレツィアは淡々と機械のように、引き金を引き続ける。
三発、四発、五発。射撃の間隔が短くなっていた。
連射ではなく、一発ずつの精密射撃だが、発射後の次弾が速い。
王権補正が照準を最適化しているためだとネメシスは判断した。
そして彼は防御に徹している。回避のみで、反撃をしていない。
「おいおい、逃げてるだけかよ! あの予科生はよ!」
「ちっ、つまんねぇな。反撃ぐらいしてみろよ雑魚!」
「予科生は守ってるだけか。まあ、相手は正科生だしな。これも当然の結果と言えるな」
観客席からは続々と侮蔑の声が上がる。そしてルクレツィアが上空から動いた。
フィールドの上空を横に移動し、角度を変える。六発目が来た。
ネメシスの回避方向を先読みした射線である。
その弾丸は――直撃した。彼の右の脇腹に、王印弾が着弾したのである。
物理的な衝撃は、ほとんどない痛みというより、神経に何かが触れた感覚だ。
魔力的な刻印が、肌の下に入ってきた感覚。
「入ったッ! 王印弾が諸に脇腹にいったぞ!」
「格好つけて制服で粘ってたみたいだが、クロウフォードを相手にああなったら、もうチェックメイトだろ!」
「やっぱりクロウフォード様が上だ! 予科生如きが、あの方に勝てるわけがねぇんだよ! ボケがッ!」
そして観客席からは一斉に歓喜の声が沸き上がる。二千人以上の視線が、フィールドに集中していた。
その中でネメシスは、地上に立ち続けている。
だが制服の右側を大きく裂かれており、白いシャツが広い範囲で露出していた。
裂けた布地の端が、地面に落ちている。ボタンが一つ消えていた。
それ以外は、先ほどと変わらない。立ち方も、表情も、姿勢も。
しかし、観客席の反応は一様ではなかった。
正科生の密集している中段から上段にかけては、ルクレツィア優勢という空気が支配している。
「ハハッ、やっぱりそうなるよな! 予科生の分際で英国の魔法師候補生相手に、どこまで粘れるかと思ったら、最初から勝負にすらなってないじゃん!」
前列の正科生の一人がせせら笑う。
「王印弾が入った時点で、もう詰みだろ。アイツ、自分が今どういう状況かも分かってないんじゃないか?」
隣に座る別の正科生が肩をすくめる。
「最初は逃げながら耐えてるのかと思ったが、あれ単純に回避しきれてないんじゃないか?」
「本当それ。必死に避けてるポーズだけは一丁前だけど、中身はボロボロで当たっちゃってるっていうね。見てて滑稽すぎるわ」
「まあ、所詮は予科生の限界ってことだな。身の程を知るいい薬だろ」
正科生たちはネメシスの敗北を確信したように、続々と楽し気な口調でそれらを吐き捨てる。
一方で下段の予科生の席は静かだった。声を上げない静けさである。
応援したいが、応援の声が出ない。期待したいが、期待するほど後が怖い。
そういう種類の静けさが、予科生の席全体に広がる。
「やっぱり……厳しいのかな……」
一人の予科生が、祈るように組んだ手に額を押し当て、消え入りそうな声で呟いた。
「さすがに正科生が相手じゃ……最初から無理だったんだよ……」
「でもっ! ネメシス君は、まだ倒れてない! ちゃんと立ってるじゃない!」
「立ってるだけで、もう手遅れなんだって……。あれを喰らったら、普通はもう身動きすらできないんだから……」
別の予科生が諦め混じりの乾いた声で遮る。
「……分からない。でも、なんかあの人――まだ、変に余裕そうに見えるんだよな」
観客席が正科生たちの歓声に沸く中、ぽつりと一人の予科生が言葉を漏らした。
「……気のせいじゃない? 衝撃で、ただ身体が固まってるだけだよ……」
「気のせい、かな……」
震える弱々しい予科生の声が、正科生たちの浴びせる嘲笑の渦にかき消されてゆく。
多くの予科生たちが確信を持てないまま、静かに正面で繰り広げられる決闘を見ていた。
しかし、上段の上級生の集団では、少し違う空気が流れている。
「……おい、お前ら。何かおかしいと思わないか?」
腕を組み、鋭い視線をフィールドに落としていた三年生の一人が、低く重い声を出した。
「ん、何がだ?」
「王印弾を喰らって、あの立ち姿を維持できているのがおかしい。ラグがなさすぎる」
「どういう意味だ?」
怪訝そうに聞き返す同級生に、発言した上級生は顎をしゃくる。
「王印弾が蓄積した時点で、並の魔法師なら魔力流動が致命的に乱れる。肉体の伝達系にコンマ数秒のラグが出るはずなんだ。だが、不破のあの微細な身のこなしには、その兆候が一切見られない」
「――あぁ、確かに。言われてみれば、奴の重心の置き方にブレがないな」
隣の上級生が、改めてフィールドのネメシスを凝視する。
「それだけじゃない。さっきのあれ……敢えて当たりにいったように見えた。ルクレツィアの射線は完璧だったが、あいつの反射速度なら紙一重で回避できた弾道のはずだ。なのに、あえて動かなかった」
「それって……まさか、わざと直撃を?」
「何かを確認していた、と仮定すればすべての辻褄が合う。だが王印弾の直撃を、その身に受けてまで、あいつが何を確かめようとしたのかが分からない」
「……クロウフォードの術式の、根本的な構造の解析、とか……?」
「ふっ……いや、あり得ないな。あらゆる面で俺達より劣っている予科生風情が、戦闘中にそんな高等技術を持ち合わせているはずがない」
ぞわりとした可能性を口にした仲間の言葉に、上級生は一瞬だけ思考を沈めたが、すぐに鼻で笑ってそれを掻き消した。
「だが……絶対にないという確証もないぞ?」
「……まあ、そうだな。確証はない。――いずれにせよ、一瞬たりとも目が離せなくなったな」
彼らの冷徹な分析はひそやかな小声で行われ、周囲の歓声にかき消されて誰に届くこともない。
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