第3話 決闘開始
「あら……そのような格好で、わたくしの前に立つおつもりですの? ……滑稽過ぎて、笑いも出ませんわね」
「服装の規定は無かったからな。この格好で充分だ」
「ふふ……。底の浅い余裕をお持ちなのか、あるいは戦う準備すら満足にできない無能なのか……。どちらかしら、貴方は?」
「ふむ、そのどちらとも違うな。俺はただ、戦闘服は必要ないと判断したまでのこと」
大きく肩を竦めつつ彼は、余裕のある笑みを零しながら返す。
そしてネメシスの言葉を聞いて、ルクレツィアは少し間を置いた。
それから、声を上げて盛大に笑う。それは昨日と同じ、本物の笑いだ。
そして時間は進み、午後六時十七分。
ルクレツィアとネメシスが、静寂に包まれた廊下を歩き、フィールドに出た瞬間、音が変わる。
二千人以上の生徒が作る空気の密度が、物静かな廊下のものとは全く違う。
観客席の熱と声が、円形の空間に集まり、圧縮されている。
曇り空の切れ間から差し込む夕方の光が、フィールドの魔法防御バリアを通して内部を照らしていた。
気温は十三度だが、観客の体温と魔力の気配が重なり、フィールド内はそれより暖かく感じる。
ネメシスはフィールドの中央に向けて歩いた。
制服のまま。ジャケットのボタンを一つ外した状態で、手ぶらに近い格好だ。
腰のホルダーにMAGが収まっているが、右手は空いている。観客席から声が上がった。
「クロウフォード!」
日本語訛りの英語の発音である。
「ルクレツィア!」
別の声が続いた。上級生の集団からである。
「クロウフォードさん、頑張って!」
正科生側の声が重なった。そこにネメシスへの声は当然の如くない。
正確には、予科生の下段席から小さな声が上がったが、観客席全体の音量の中に埋もれた。
「ふふっ、完全にアウェイだね」
審判員が端末を操作しながら確認事項に目を通している間、ミサキが何処か楽し気に観客席から通信機越しに話す。
「ああ、把握している」
「動じてないの?」
「動じる理由がないからな」
「……やっぱり、メンタルがおかしい」
「ふっ、合理的だ」
鼻で笑うようにネメシスは短く返した。そして反対側では、ルクレツィアが貴族のような立ち振る舞いで、優雅にフィールドの中央へと足を進めている。観客席が一段大きくなった。
金色の波打つ髪が、バリアを通した光の中で輝いている。
サファイアブルーの瞳が、フィールド全体を見渡してから彼に向いた。腰のホルダーから、王冠口径を取り出す。マットブラックの大型フレームを、軽く持ち上げた。観客席がまた沸く。
「クロウフォード!」
「やれ! やっちまえ! 予科に現実を叩きつけろ!」
「無能な予科生に本物を見せてやれ!」
興奮した様子の正科生たちの言葉に、ルクレツィアは観客席に向けて軽く手を振った。
芝居がかった動作だったが、それが彼女のスタイルだと観客は受け取る。
笑い声と拍手が上がった。そして確認事項に目を通し終えた審判員が前に出る。
「双方確認。学校規定の決闘を行う。致死術式の使用は禁止。魔力残量がゼロになるか、戦闘継続不能と審判が判断した場合に終了。FLYデバイスの使用は許可」
そう言いながら審判員は目付きを尖らせて、真面目な顔を晒すとネメシスを見た。
「不破ネメシス、準備は?」
「ああ、問題ない。いつでもいいぞ」
指を鳴らしながら、彼は軽く答える。
彼の返事を聞いて、審判員はルクレツィアを見た。
「ルクレツィア・クロウフォード、準備は?」
「ええ、もちろん。問題ありませんわ」
不敵な笑みを零したまま彼女が答える。
「では、これより決闘を開始する! 始めッ!」
審判員が右手を挙げて、強く振り下ろす事で、試合開始の合図が放たれた。
そして決闘が開始されて、直ぐにルクレツィアが動く。
最初の動作が、FLYデバイスの展開だ。
腰部と足部のユニットが起動し、魔力が反発力に変換された。
地面を離れた瞬間に姿勢制御が入り、彼女の体がフィールドの上空に浮き上がる。高度は八メートル。
フィールドの中央上空に移動し、そこで静止した。
姫騎士風の戦装束が、高度からの光を受けて、輪郭を際立たせている。
細身のシルエットが、上空に浮かんでいた。金色の髪が浮遊による気流で後ろに流れる。
「ふむ、やはり空中戦を選んだか」
地上に立ったままネメシスは、上空に浮かぶルクレツィアを視界に収めた。
「あら……。貴方は、地上にいる方がお好きなのかしら?」
弱者を見下ろすように、上空から彼女が問い掛ける。
「ふっ、好みの話ではない」
「それなら、わたくしの元まで昇ってこられてはいかがかしら? ……もっとも、貴方にそのような手段があればの話ですけれど」
そう言いながらルクレツィアは、王冠口径を構えた。
その銃口がネメシスの顔へと向けられる。
「それでは、始めますわね。――せいぜい、わたくしを楽しませて頂戴?」
目元を緩ませながらも白い歯を晒すと、彼女は人差し指に力を込めて引き金を引く。
最初の射撃が来た。王印弾である。音が静かだ。
物理弾の発射音ではなく、魔力弾特有の低い振動音だけが走る。
弾丸の軌道が直線で、速度は通常の射撃より遅い。
しかし、着弾後の効果が本体だということは、彼は分かっていた。
ネメシスは回避する。左に一歩。弾丸が右肩の横を通過した。
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