第2話 イギリス少女のバトルスーツ
そして時刻は瞬く間に経過し、今現在は午後五時五十七分。
午後の授業が終わった。曇り空は昼過ぎから少し薄れ始め、今は白い雲の切れ間から春の光が断続的に差し込んでいる。気温は十三度まで上がっていたが、風が出ており体感は低かった。
夕方に向けて再び下がる予報である。放課後の学校に、いつもとは違う人の流れが生まれていた。
教育区画から実技訓練棟へ向かう生徒が多い。
授業終わりの自然な解散ではなく、何かに向かっている目的のある流れだ。
上級生も混じっており、中には走っている生徒もいた。
目的地は、全員が同じである。第三訓練棟は、実技訓練棟の中でも最も規模の大きい施設だ。
外観は他の訓練棟と異なる。正面のファサードが石材で組まれており、四層分の高さを持つアーチが並んでいた。円形の建物で、外周に沿って等間隔に支柱が立っている。
ローマのコロッセオを、学校用に設計し直したような外観だ。収容人数は三千人を超える。
通常の訓練では使用しない規模の施設で、主に学内大会と公式決闘に使用される。
今日のような非公式の決闘で、この規模の施設が開放されるのは異例だ。
しかし学校側が開放を決めたのは、観客の需要が予測を超えたからだと思われる。
入口の前に、既に長い列ができていた。内部に入ると、その規模が改めて分かる。
中央に設けられた、円形の戦闘フィールドは、直径四十メートル。
床面は特殊な魔力吸収素材で覆われており、術式の暴走時のダメージを最小化する設計だ。
フィールドの外周に沿って、高さ三メートルの透明な魔法防御バリアが展開されていた。
バリアは七層構造で、各層が異なる術式を吸収する設計になっている。
観客席にいる生徒が、戦闘の余波を受けることは、理論上ない。
観客席は円形に積み上がり、最上段まで五層ある。すでに八割ほどが埋まっていた。
二千人を超える生徒が、一年生の決闘を見に来ている。
上級生の姿が多かった。三年生と思われる集団が最上段に陣取り、二年生が中段を占めている。
一年生は下段が多い。金の徽章と銀の徽章が、観客席では入り混じっていたが、自然に別れる傾向があった。フィールドの周囲に、審判システムの端末が六台設置されている。
各端末が魔力計測と、術式の判定を行う。
致死術式の検知、魔力残量のリアルタイム表示、攻撃の命中判定。
これらが、すべて自動で記録される。記録は学校のデータベースに保存され、後から確認できる仕様。
フィールドの端では、医療班が待機していた。
白衣の医療スタッフが二名と、簡易回復術式が使えるMAGを持つ一名が、フィールドの外側の待機スペースに立っている。担架と回復剤のケースが準備されていた。
「おぉ、思ったより大きいね!」
控室への廊下を歩きながら、ミサキはフィールドを一瞥した。
「事前データにはあった」
「データで知ってても、実物は違うでしょ」
「まあ、そうだな」
ネメシスはフィールドを見渡した。
直径四十メートル。障害物なし。バリアで囲まれた完全な閉鎖空間。
飛行の使用が許可されているため、上空方向への移動も戦術に含まれる。
「ルクレツィアにとって有利な地形というわけか」
腕を組みながら彼は眼を細めた。
「なんで?」
「開けた空間は、情報系と射撃系の魔法師に有利だ。近接特化型が不利になる。距離を保ちながら攻める戦術が取りやすい」
「ネメシスは近接寄りの判断をするタイプ?」
「状況による。ただし今日は、距離を詰める判断をするかもしれない」
「理由は?」
「事前に調べた限り、ルクレツィアの術式は積み重ねが前提だ。蓄積を許さない距離感を保てば、術式が完成する前に決着がつく可能性がある」
そう言いながら淡々と足を進めて、ネメシスは目の前の控室に意識を向けた。
第三訓練棟には、控室が幾つか用意されている。
扉は厚い防音素材で、内部の声が漏れない設計だ。
その一つの控室に、ネメシスとミサキが入る。
内部は六畳ほどの広さで、壁面に鏡が一面取り付けられていた。
長椅子が一脚と、MAGの調整台が一台。
天井に換気システムが稼働しており、無菌に近い空気が流れていた。
ネメシスは制服のまま立っている。
ジャケットのボタンを一つ外した以外、何も変えていなかった。
「あれ、着替えないの?」
小首を傾げながら擬音の声をミサキは漏らす。
「着替えるものがない」
「えぇ……一応戦闘用の服、用意してあったんだけど……」
「必要ない」
「……もしかして、制服のまま戦うつもり?」
僅かに呆れた視線を晒し、彼女はネメシスを見た。
「ああ、そうだ。他に何があると言う」
「目立つよ、普通に」
「問題ない。既に目立っている」
「まあ、そうだけどさぁ……」
少しの間を置いてから、項垂れるように彼女は返す。
だがその時、左側の控室のドアが開く気配があった。
そして開かれた控室のドアの隙間から声が漏れ聞こえる。
「準備完了です、クロウフォード様」
英語訛りのある日本語だ。
それが聞えた瞬間に、ネメシスは廊下へと出る。
左側の控室のドアが完全に開いており、ルクレツィアが出てきたところだ。
その容姿は午前の授業の時と比べて大きく異なる。
制服ではなく、戦闘用の服を着ていた。
英国王立魔導院の紋章が刻まれた、白と紺を基調とした姫騎士風の戦装束だ。
磨き上げられた白銀の胸甲は、ルクレツィアの豊かな胸元に合わせて、優雅な曲線を描いている。
その下から伸びる細い腰は驚くほど華奢で、胸と腰の対比が彼女の女性らしさをより際立たせていた。
腰を守る装甲は最低限に抑えられており、そこから伸びる長い脚が目を引く。
白磁のようになめらかな太腿は、装甲とニーソックスの間から覗き、わずかに露出した素肌がかえって強い存在感を放っていた。
金の装飾が施された鎧は高貴さを演出しているはずなのに、その完成された体躯はどこか人の視線を惹きつけずにはいられない。背中まで流れる艶やかな金髪。深いサファイアブルーの瞳。
そして余裕を湛えた微笑。戦場に立つ魔法師候補生でありながら、その姿はまるで絵画から抜け出してきた姫君のようだ。ただ立っているだけで目を奪われる。
気高さと美しさ、そして女性らしい華やかさを兼ね備えた存在だ。
そして彼女のサファイアブルーの瞳が、ネメシスを鋭く捉える。
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