第12話 決闘の申請
「如月さん、それ以上はよしなさい」
氷のような冷たさを帯びた声を美弥が放つ。
「いいや、辞めないね! それに俺は事実を言っているだけだ! 予科の生徒が足を引っ張るという話は、過去のデータでも示されていることだからな!」
最早なにかに憑りつかれた勢いで颯太は、抱え込んでいた不満を吐き出すように口を動かす。
そして、後方の席に座る予科の数名が顔を上げた。
怒りと諦めが混在した顔である。言い返したいが、言い返す言葉を持っていない顔だ。
「おい、如月とやら」
指を鳴らしながら、ネメシスは短く呟く。
「あ? なんだよ?」
「貴様が言う過去のデータというのは、予科生の平均値を正科生の平均値と比較したものか?」
「ああ、そうだ。実際に学力差は数値で出ている」
「平均値の比較は、個人の能力の証明にはならない」
「詭弁だ。統計的な事実だ」
わずかに顔を固くした颯太だが、それでも負けじと言葉を返す。
「統計は傾向を示す。個人を決定しない。貴様が今この教室で俺を見て、俺がどの程度の能力を持つか判断できるか?」
「はっ、簡単なことだ。その予科の徽章が答えだからな」
「はぁ……やれやれだな。これは入試時の魔法演算領域での評価の答えだ。それが全ての能力を決定するとは言っていない」
彼の返しを聞いて静かに鼻で笑うと、そのまま肩を竦めてネメシスは、何処か呆れた表情を晒す。
「面白い論法ですわね。……ですが、それって所詮は机上の空論でしょう?」
先ほどまで静観していたルクレツィアが口を開き優雅に席から立ち上がった。
そして、その蒼玉色の瞳が、ネメシスを捉える。
「ふふっ……。ですが、貴方のその言葉が仮にも真実であるならば、実際に見せていただきたいものですわ。あなたが予科生の徽章に見合わない能力をお持ちだと言うなら、証明してご覧なさいな。……さもなければ、統計は統計のままですわよ?」
「いいだろう、証明の方法は?」
「決闘でどうかしら?」
最初こそ腕を組みながら悩む素振りを見せていたルクレツィアだが、急に思いついたようにそれを口にした。そして、その言葉が放たれた瞬間、教室内が一斉にざわめく。
「……決闘か。実に合理的だな」
「あくまで学校の規定に則った、魔法実技による決着ですわ。英国王立魔導院では、議論の決着として認められている伝統的かつ正式な手続きですのよ。日本の学校とて、実技による評価は正式な制度……。何も不都合はございませんわよね?」
「ああ、了承する」
ルクレツィアを見て、三秒ほど思案してからネメシスは答えた。
すると教室内が再び大きなざわめきに包まれる。
「ちょっ、待てよ! クロウフォードさんは英国王立魔導院の留学生だぞ! 実力が違いすぎる! 下手したらお前、二度と魔法が使えない体になるぞ……」
二人のやり取りを見ていた如月が、唐突に声を荒げると、その額には汗が滲んでいた。
「お黙りになって! 私が提案したのですわ。……それと、なぜ貴方が今更予科生を気遣うような素振りを見せますの? 先ほどまで、あれだけ予科生は足を引っ張る存在だと切り捨てていらしたのに」
口元に手を当てながら、ルクレツィアは不敵な笑みを零すと、緩やかに眼を細める。
それに対して如月は怖気づいたように、彼女から視線を外して口を閉ざした。
そして生徒たちのやり取りを聞いていた冬華が端末の操作を辞める。
すると全員が一斉に、冬華へと視線を向けた。
彼女は教壇に立ち、教室を見渡す。
半眼の切れ長の目が、順番にネメシス、ルクレツィアを捉えた。
「決闘を申請するか?」
ネメシスに向けて冬華が抑揚のない声で尋ねる。
「ああ、申請する」
「理由は?」
「論争の決着と、能力の実証だ」
彼の申請理由を聞いてから、彼女はルクレツィアへと顔を向けた。
「申請者は揃っているか?」
「ええ、もちろんですわ。喜んでお受け致しますの」
優雅な雰囲気を纏わせたまま、頬を僅かに緩ませてルクレツィアは答える。
「……よろしい。神宮寺冬華の名において、この決闘を承認する。ルールは学校規定に準ずる。MAGの使用可、飛行技術の使用可、致死術式は禁止。日時等の詳細は決まり次第伝える。以上だ」
彼女の自信満々の声を聞いて冬華は、一秒だけ考えてから再び端末を操作して、情報を入力しながら、それらのことを告げた。
「恐悦至極に存じますわ」
気品溢れる立ち振る舞いで、ルクレツィアが一礼を披露する。
「同じく、感謝する」
軽く頭を下げてからネメシスは、承認に対しての礼を口にした。
そして教室の空気が、完全に変化する。
正科側は、ルクレツィアを支持する空気になっていた。
如月が最前列で腕を組んでいる。
白鷺が無表情だが、視線をルクレツィアに向けていた。
留学生の何人かが、ルクレツィアを中心に小さく話し合う。
予科側は、ネメシスを見ていた。
先ほどまで下を向いていた生徒たちが、顔を上げている。
怒りでも期待でもない、何かが変わるかもしれないという不確かな空気が、予科側に流れていた。
ネメシスは教室の前方に視線を向ける。
神代美弥が正面を向いていた。
澄んだ氷色の瞳が、前の黒板を見ているようで、何か別のものを処理している。
神代恒一は窓の外を見ていた。ただ静観している。
どちらも発言しなかった。しかし、その沈黙の質が違う。
美弥の沈黙は何かを待っている沈黙で、恒一の沈黙は何かを確認している沈黙だった。
そして時間は瞬く間に経過し、午後四時二十二分。
入学初日の授業が終わりを迎えた。
午後の光が西に傾き、学校の建物群が長い影を東に伸ばしている。
空は春の青から夕方の淡いオレンジに変わり始めており、気温は十六度まで下がっていた。
上着が再び必要になる時間帯である。
生徒たちが中央校舎から流れ出し、各方向に散っていく。
教育区画から、宿舎区画への動線に、人の流れが集中していた。
ネメシスとミサキも、その流れに混じって歩いている。
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