第10話 イギリス少女は貴族の身分
「蛇ノ目ミサキです。正科です。出身は私立魔法附属中学、都内。得意系統は補助と制御です。よろしく」
事務的な口調で短く、自己紹介を口にする彼女だが、それは明瞭である。
そして、盛大な拍手が起きた。
その多くは正科側からが中心だが、予科生の一部も加わる。
外見の印象と正科の徽章が重なった結果だとネメシスは判断した。
金の徽章が胸元で春の光を反射している。そして、ミサキは静かに着席した。
次がネメシスの番である。緩やかな動作で彼が席から立ち上がった。
教室の視線が、自然にネメシスの元へと集まる。
しかし視線の温度が、ミサキへのそれとは違った。
彼女は正科という前提が視線を引き寄せたが、ネメシスへの視線は銀の徽章を確認した後で少し冷える。
「不破ネメシス。予科。魔法の得意系統は現在調査中だ」
淡々とした口調で、短く言い切ると、素早い動作で着席した。
当然の如く、正科側からの拍手はない。
予科側から、ぱらぱらと音が上がった。
同じ徽章への連帯か、あるいは珍しい答え方への反応か。
「調査中ってなに?」
「変な答えだね~」
前列から声が漏れ聞こえる。それは嘲笑ではなく、単純な困惑だった。
ネメシスは、その反応を記録する。
(今の場合、調査中という答えが、最も正確だ)
彼は声を出さずに心中にて呟く。
そしてネメシスは自己紹介が続く間、教室内の全員の情報を並行して処理していた。
顔、声、姿勢、魔力波長、デバイスの種類と位置。
それらを同時に取得して、データと照合していく。
神代美弥。前列の中央付近。澄んだ氷色の瞳が正面を向いている。
手元に薄型の手鏡型デバイスが置かれていた。
自己紹介の時の声は澄んでいる。拍手は最も厚かった。
神代恒一。窓側の中央付近。暗いグレーの目が前を向いている。
数珠型のデバイスが右手首に装備されていた。自己紹介の時の声は最も感情が薄い。
如月颯太。前列の正科生。炎属性の攻撃魔法。MAGはグリップ型の戦闘用だった。
白鷺朱音。光輪院の分家。光収束系。MAGは腕輪型の補助系である。
処理が進む中で、ネメシスの視線が留学生の列に向く。
自己紹介の順番が、留学生の一人に来た。
彼女が立ち上がった瞬間に、教室の空気が変化する。
身長は女性としては、やや高めだった。
白磁のように透き通る肌に、背中の中ほどまで流れる金色の髪。
ゆるやかに波打つその髪は、動くたびに光を受けて輝いている。
学校の制服を着ているが、その姿はどこか違う。
規定通りの着こなしのはずなのに、まるで名門貴族の礼装のような気品を纏っていた。
顔立ちは華やかな西洋系。整った輪郭に高い鼻筋、深いサファイアブルーの瞳が印象的だ。
その視線は柔らかく見えるが、不思議と相手を圧倒する。
人を見下しているわけではない。
ただ、自分が上位に立つ存在であることを、当然のように受け入れている目だ。
口元には、わずかな微笑が浮かんでいる。
優しさよりも余裕を感じさせる、完成された令嬢の微笑だ。
立ち上がる動作に合わせて制服の胸元が揺れる。
細い腰との対比により際立つ豊かな膨らみだが、本人は周囲の視線など気にした様子もなく、優雅に教室を見渡していた。
腰のホルダーには、拳銃型のデバイスが収められている。
マットブラックの大型フレームに銀と金の装飾が施され、グリップにはクロウフォード家の王権紋章が刻まれていた。けれど拳銃型デバイス自体はそれほど珍しくない。
しかし、それは実戦兵装と貴族の儀礼具を融合させた特注品であり、ただ携えているだけで名門の威光を周囲へ示していた。
「初めまして、紳士淑女の皆様方。わたくし、ルクレツィア・クロウフォードと申しますわ!」
右手を自身の胸元に添えながら、口にした彼女の第一声は聞き取りやすく、不快のない日本語である。
それは流暢で、しかし意図的に外国語の抑揚を残していた。
「英国王立魔導院より参りました。国際魔法教育交流の一環として、こちらの学校でお世話になりますの。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
ルクレツィアの声は澄んでいて良く通り、気品のある仕草を披露しながら軽く一礼を行う。
ミサキの声と似た性質を持っていたが、彼女が感情を切り離した声なのに対して、ルクレツィアの声は感情を意図的に演出している声だ。
「わたくしの得意系統は情報と契約、それに幻影ですわ。デバイスは……こちらでございますの。英国では実戦用途のデバイスは拳銃型が主流でしてよ。日本では珍しいかしら?」
拳銃型のデバイスをホルダーから取り出し彼女は、それを誇らしげに天井へと向けて軽く掲げる。
すると拍手が一斉に起きた。それは厚い拍手である。
外見と声と、芝居がかった立ち振る舞いが、教室の注目を完全に引き寄せていた。
その拍手を当然のように受け取り、にこりとルクレツィアは笑う。
「ですが……一つだけ確認させて頂いても、よろしくて?」
笑みを浮かべたまま彼女は着席しようとしたが、寸前の所で何かを思い出したように止まった。
ルクレツィアの言葉に、冬華が端末から目を上げる。一秒だけ彼女を見た。
「手短にな」
「ええ、感謝致しますわ。えっと……」
そう言うと彼女は、教室全体を静かに見渡す。その視線が、金の徽章と銀の徽章を、順番に捉えた。
「日本の魔法学校では、制服の徽章で正科と予科を分けておりますわよね?」
「ああ、そうだが」
短く冬華が答える。
「英国では、そのような区分けがございませんから、最初は少々驚いてしまいましたわ」
ルクレツィアの声のトーンが少し変化した。明るいまま、しかし中に何かが入る。
「正科と予科を同じ教室に入れるなんて、実験的な試みなのかしら? それとも、今年からの新制度ですの?」
「本校の教育方針だ」
「あら、素敵ですこと。ですが……実力差のある生徒を混合するなんて、優秀な生徒の時間を無駄にするだけではなくて? 英国の教育機関では、基礎に未達の生徒は別カリキュラムに移行しますのよ。同じ授業を受けても、土台が違えば意味がありませんもの」
自身の顎下に右手の甲を軽く当てながら、ルクレツィアは眼を細めて予科側の席をわずかに見た。
そして彼女の言葉を皮切りに、教室内の空気が明確に変化する。
予科側の生徒の複数が、表情を露骨に固くした。
正科側の数名が、ルクレツィアの発言を肯定するように小さく頷く。
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