第9話 序列第一位の神代家は予科生
「諸君、入学おめでとう。私は神宮寺冬華だ。貴様らの担任を務める。以上だ」
彼女の声は低く、感情の起伏が少ない。
だが、それだけ口にして自己紹介を終えると、わずかに教室内がざわめいた。
前列の男子生徒が、隣の生徒に小声で何かを呟く。
後方の女子が口元を大袈裟に押さえた。
名前を聞いただけで反応が飛び出す。
「先生って、国家対抗魔法大会の三連覇の……?」
誰かが尋ねるようにして、震える口で疑問を呟く。
それは抑えきれなかった声である。
冬華は発言者を見た。一秒だけ。
「ああ、そうだ」
酷く感情が込められていない声色で彼女は返した。
「す、すごい……」
別の誰かの囁きが、教室に広がる。
前列の正科生たちの姿勢が前のめりになった。
複数の生徒の目に、憧れと興奮が混じる光が灯る。
伝説の魔法師が目の前にいる、という事実が、階級の違いを一時的に溶かしていた。
しかし、その反応を冬華は見ていない。
正確には、見た上で処理しなかった。
「一つだけ貴様らに言っておく。私の経歴に期待するな。私が見るのは今の貴様たちの結果だけだ。過去の大会記録も、家名も、徽章の色も、私には関係ない」
鋭い眼差しを全員に向けると、彼女は静かに口を開いて、それらのことを告げる。
その刹那、教室内が異様なほど静寂に包まれた。
「いいか、結果だけ見ろ」
短い言葉だが冬華の声には、明確な覇気が込められている。
しかし、その言葉が落ちた瞬間、教室の空気が引き締まった。
感情的な引き締まり方ではなく、構造的な変化である。
この教師は本気で言っている、という認識が、全員に同時に届いた。
「異論は無いようだな。よろしい。ではこれより、自己紹介を行う。前列から順に、名前と出身と、魔法の得意系統を言え。三十秒以内に収めろ」
そう言いながら冬華は、教師机の端末を一度だけ操作した。
そして、張りつめた空気の中、自己紹介が始まる。
前列左側、正科生が固まる側から順番が来た。
最初に立った生徒は、背の高い男子である。
金の徽章が朝の光を反射していた。
「正科、如月颯太です。出身は東京第三魔法中学。得意系統は炎属性の攻撃魔法です。よろしくお願いします」
それは、はきはきとした声である。拍手が起きた。
その多くは正科側からの拍手だが、いくらかの予科と留学生も加わる。
自己紹介の内容より、徽章の色への反射的な反応だと、ネメシスは判断した。
そして、次の生徒も正科である。
「白鷺朱音です。光輪院の分家筋で、光収束系の魔法を専攻しています」
また拍手が起きた。今度は先ほどよりも少し大きい拍手である。
恐らく光輪院の名前が、反応を引き出したと、ネメシスは予想した。
そして、順番が予科側に移る。
「……えっと、予科の田中雄太です。出身は地方の普通科中学で、魔法は最近始めたばかりで……」
明らかに声が小さかった。その声量に比例するように周囲の拍手も薄い。
パラパラと形式的な音が数秒続いて止まった。
次の予科生も同じである。声が小さく、内容が短く、拍手が薄い。
その差をネメシスは、データとして記録した。
同じ自己紹介という行為が、徽章の色により全く異なる結果を生んでいる。
内容の差ではなく、前提の差だ。
聴衆が拍手をする前に、相手の徽章を見て反応の大きさを決めている。
そして自己紹介が瞬く間に、中ほどまで進んだところで、順番が一人の生徒に来た。
窓側の列、中央付近の席である。生徒が立ち上がった。教室の空気が、わずかに変化する。
ネメシスの分析が、自動的に始まった。身長は平均よりやや高め。細身だが華奢ではない。
筋肉は主張しないが、姿勢が完全に安定していた。無駄な動きが一切ない。
立ち上がる動作一つで、必要な分だけが動いて、余剰が一切なかった。
顔立ちは、整いすぎない完成度を持つ。輪郭はシャープで無駄な丸みがない。
鼻筋は通っているが主張しない。口元は引き結ばれており、笑顔がない。
表情筋の動きが極端に少ない。
整っているのに色気も愛嬌もなく、感情が顔に反映されないタイプの美形だ。
特に目が、特異である。暗めのグレーに近い黒。視線が鋭いわけではない。
しかし、一切の迷いがない。誰かを見ているようで、実際には対象を観測しているだけの目だ。
怒りも興味も、ほとんど宿っていない。髪は黒く、短めで校則に完全準拠していた。
無造作だが常に清潔で、乱れがない。自分で気にしている様子はないが、結果的に常に整っていた。
制服は寸分違わず着用されている。着崩しも装飾もない。サイズが完全に身体に合っていた。
数珠型のデバイスが、右手首に巻かれているのを、ネメシスは確認する。
「神代恒一。出身は国立魔法中学、第一附属。得意系統は因果干渉系」
彼の声は低く、感情の色が極端に薄かった。淡々としていて、しかし不快ではない。
距離を置いた声だ。けれど恒一の自己紹介は、それだけであり三十秒どころか、十秒ほどで終わる。
だが次の瞬間、教室内が一瞬にしてざわめきに包まれた。
「……神代って、あの神代家の!?」
誰かの声が、抑えきれずに漏れる。前列の正科生たちが振り返った。
美弥への反応とは、少し種類が違う。
美弥の時は純粋な尊敬と憧れだったが、恒一に対する反応は複雑だった。
驚き。戸惑い。そして、予科生が神代家の名前を持っていることへの、明確な困惑。
「でも予科だよね……?」
それは小声だが確かに全員に聞こえた。
「神代家が予科ってことあり得る?」
続くように疑問に満ちた声が何処からか流れる。
正科側の数人が、恒一を見る目に微妙な色が混じっていた。
神代という名前への敬意と、予科という事実への違和感が、同時に処理されていない。
一方で恒一は優雅に着席していた。
ざわめきを聞いていなかったのではなく、処理する必要がないと判断している。
ネメシスは、その一連を観察した。神代恒一の魔力波長を解析する。
照合が走った。一致率九十七パーセント以上。
美弥より純度が高い。直系の当主血統だ。
因果干渉系という得意系統の申告も、データと一致する。しかし、それは表層だ。
神代恒一が持つ能力の本質は、因果干渉の申告では到底説明できない深さを持っている。
午前十時五十二分。自己紹介の順番が、教室の後半に差し掛かっていた。
春の光は高くなり、東側の窓から差し込む角度が変わっている。
午前の光が教室の奥まで届くようになり、後方の席の机の上にも明るい枠が落ちていた。
外の気温は二十度に近づいており、教室内は上着を脱ぎたくなる程度の温かさになっている。
その中でも自己紹介は淡々と続いていた。
正科生が立つたびに拍手が厚く、予科生が立つたびに拍手が薄くなる。
その繰り返しが、すでに教室の構造を確立しつつあった。
そして、ミサキの番が訪れる。
徐に彼女が席から立ち上がった。
制服のジャケットが、立ち上がる動作で一瞬だけ、胸元の輪郭を際立たせる。
金色の髪が肩から流れ、灰色の瞳が教室全体を軽く見渡した。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




