第8話 正科生と予科生の混合クラス
「1年1組、だね。私たち二人とも」
静かにミサキが呟く。
「ああ、そうだな。それは分かっていた。だが――」
「あっ、ねえねえ! クラスの構成、しっかりと見た?」
彼の言葉を遮ると僅かに目を細めながら、ミサキが人差し指を掲示板へと向ける。
しかし、ネメシスは既に処理していた。
1年1組の名簿には、金の徽章の名前と銀の徽章の名前が混在している。
これが異常だとネメシスは判断した。
先ほど観察した限り、他のクラスは予科と正科が分けられている。
2組から6組は正科のみ、7組から10組は予科のみで構成されていた。
しかし1組だけが、両方を含んでいる。
さらに名簿には、外国語表記の名前が複数混じっていた。所謂、留学生と呼ばれる者たちである。
「混合クラスは今年が初だと聞いている」
腕を組みながらネメシスは、独り言を吐くように口を開く。
「そうだね。去年までのデータにはない編成だよ」
「表向きの理由は?」
「留学生受け入れプログラムの拡充に伴う特別編成、だって。留学生を一つのクラスに集めて、その中に予科と正科の生徒を混在させることで多様な環境を提供する、っていう説明がされてる」
「それが建前というやつか」
「うん」
淡々と言い放つと同時に、ミサキは小さく頷いた。
「まあ、実態は監視クラスだね。たぶん」
「ああ、だろうな。そう俺も判断した。根拠は三つある」
人差し指を立たせながら、ネメシスは話を続ける。
「一つ目、正科と予科の混合は通常の教育効率を下げる。レベル差がある集団を同室に置くことに、純粋な教育的メリットは少ない」
「二つ目は?」
「留学生の中に、各国の特殊機関と繋がりがある可能性がある人間が複数いる。彼らを一般クラスに分散させるより、一箇所に集めて監視する方が効率的だ」
「三つ目は?」
「担任が神宮寺冬華だ」
「あぁ……確かに」
少し間を置いてからミサキが呟く。
「元国家最上位戦闘魔法師を新入生の担任に配置する理由は、教育的な貢献だけでは説明できない。あの戦闘能力を持つ人間が必要なクラスだということだ」
「つまり1組は、問題が起きることを前提として設計されたクラスってことだね」
「そうだ。そして、その問題の発生源の一つとして、俺たちが含まれている」
「ネメシスに気づかれることを、ミネルヴァは想定してたのかな?」
ネメシスを横目で見ながら、彼女は首を傾げる。
「想定した上で、このクラスを選んだのだろう。俺を1組に配置することで、他の監視対象と同室にする。俺がその対象を観察しやすい環境を、意図的に作った」
「実に合理的ってやつだね」
「非効率でもあるがな」
「なんで?」
「俺が1組に配置されることで、俺自身も観視される側になる。冬華がすでに俺を認識している。ミネルヴァが俺を道具として最適に運用するなら、もう少し目立たない配置を選んだはずだ」
「あっ……もしかしたら……」
自身の顎下に手を当てながら、ミサキは歯切れの悪い言葉を口にした。
「なんだ?」
「ネメシスを目立たせることも、計算のうちなのかもしれない」
「ふむ、囮ってやつか」
彼女の台詞を聞いて、その可能性をネメシスは数秒ほど処理する。
「囮、というか。ネメシスが注目を集めることで、別の何かが動きやすくなる、っていう設計もあり得る」
「その別の何かが、ミサキか?」
「私、かもしれないし、別の要員かもしれない。今の段階では判断できない」
「ああ、そうだな」
そう言うとネメシスは思案を辞めて、軽く周囲を見渡してから歩き出す。
その後に続くように、ミサキも足を進めた。
そして二人は、軽快な足取りで廊下を突き進んでゆく。
1年1組の教室は、中央校舎の二階、東端に位置していた。
教室の扉は、木製と強化ガラスの複合材で作られており、内部が廊下から透けて見える。
すでに数人が着席していた。
扉を開けると、室内の空気が変わる。教室は標準的な造りだが、細部に違いがあった。
天井が他の教室より少し高く、三メートル半ほどある。
壁面の素材が魔力遮断性の高いものに変更されており、内部で展開される魔法的な活動が外部に漏れにくい設計になっていた。
窓は東側の壁に四つ、いずれも二重構造になっており、外からの魔法的な干渉を防ぐ機能を持っている。照明は白色の蛍光型で、均一に室内を照らしていた。
黒板は前方に一面、その上に電子式の術式表示システムが組み込まれている。
教師机は教壇の中央に配置され、その後ろに黒板があった。
教壇の右端に、小型の端末が置かれている。生徒の机は六列、各列五席。合計三十席。
座席の配置が、既に緊張を生んでいた。金の徽章を持つ生徒が前方の左側に固まる。
意図したわけではなく、同じ徽章同士が自然に近寄った結果だ。
銀の徽章の生徒が後方と右側に散らばり、留学生と思われる生徒が中央付近に着席している。
まだ席が半分ほど空いていた。
しかし座席の分布から、すでに無言の地図が出来上がりつつある。
ネメシスは室内を一度で把握した。監視カメラが天井の四隅に設置されている。
黒板の上部にも小型のものが一つ。教師机の引き出しの前面に、魔力センサーの端子が埋め込まれていた。
「ねぇ、どこに座る?」
ネメシスの耳元で、ミサキが小声で語り掛ける。
「中央やや後方。すべての方向が見渡せる」
「おぉ、素晴らしいね。私も同じ位置を考えてた」
軽く手を叩いて反応すると、彼女は止めていた足を進めて移動する。
二人は中央より一つ後ろの列、左右それぞれに一席空けた位置に着席した。
ネメシスが窓側、ミサキが廊下側だ。教室内の空気は、非常に複雑である。
困惑が主成分だった。正科の生徒たちが、銀の徽章を持つ生徒と同じ教室にいる事実を処理しきれていない様子が、姿勢と視線に出ている。
明確な拒絶ではない。ただ、想定していなかったことへの戸惑いだ。
一方で銀の徽章側は、諦めと観察が混在していた。
正科と同室になることへの緊張が、肩の上がり方に出ている。
しかし数人は、この異常な編成を分析しようとしているように見えた。
この状況が何を意味するのかを、自分なりに読もうとしている目だ。
留学生たちは、また別の困惑を持つ。日本の魔法社会の階級構造を外側から来た目で見ており、その奇妙さを感じ取っているような表情をしている者が複数いた。
午前十時三十八分。1年1組の教室に、全員が揃っていた。
春の光が東側の窓から差し込み、机の表面に長方形の明るい枠を作っている。
外の気温は十九度まで上がっており、窓の外に見える並木の葉が春風に揺れていた。
教室内は人の体温が重なって、上着が少し暑く感じる程度になっている。
三十席が、ほぼ埋まっていた。廊下側の扉が開く。足音が一つ、入ってきた。
神宮寺冬華が教壇に立つ。教官服の漆黒が、春の白い光の中で際立っていた。
低めのブーツが床に触れる音がしたが、それ以外は無音である。
教壇に上がり、教師机の前に立ち、生徒席を一度だけ見渡した。
切れ長の目が、半眼のまま室内を流れる。感情が読めない。
怒っているように見えるが、怒っていない。
ただ、そこに立っているだけで、教室の空気が一段と変化する。
男子生徒の複数が、無意識に背筋を伸ばした。
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