第7話 序列第一位の神代家
「……ああ、まるで天使のようだ」
「ほんと、人形みたい」
後方の席で誰かが囁いた。どちらも正確である。そして、少女が演台の前に立った。
「新入生を代表して、一言ご挨拶申し上げます」
マイクに向けて口を開く。その声は澄んでいた。柔らかく、よく通る。
感情の起伏が少ないが、それが冷たさではなく、安定として機能している声だ。
だが、その一文目だけで、大講堂が完全に静まる。
「本日、私たちはこの学校の門をくぐりました。魔法という力を持つ者として、この場所で何を学び、何を得て、何に使うか。その問いに向き合い続けることが、私たちに課された責任だと思っています」
驚くほど流暢な喋りで、淑やかに挨拶を続けた。原稿を読んでいる様子がない。
言葉が自然に出てくる。感情の起伏は少ないが、その分だけ言葉の輪郭が鮮明に聞こえた。
「魔法は手段です。目的ではない。その手段をどう選ぶかで、私たちの価値が決まる」
周囲の生徒たちの姿勢が、わずかに変わる。前のめりになっている生徒が複数いた。
引き込まれている。声と言葉の組み合わせが、聴衆を自然に引き寄せる構造を持っていた。
「共に学び、共に高め合いましょう。神代美弥、以上です」
短い挨拶だが、彼女が美しい一礼を披露すると、大講堂に多くの拍手がけたたましく鳴り響く。
入学式の形式的な拍手ではなかった。相手を称える本物の拍手である。
けれど、その間ずっとネメシスは、神代美弥を観察していた。
NMSウイルスの神経回路が、自動的に照合を行う。
魔力の波長。血統特有の魔力パターン。神代家のデータとの一致率の計算。
結論が出るのに、三秒かかった。
(あれは紛れもなく、神代家の人間だ。影武者でもない)
ネメシスは声に出さずに心中にて呟く。一致率は九十四パーセントを超えている。
魔力の波長が、神代家の血統特有のパターンを持つ。
しかも純度が高い。傍系ではなく、直系に近い。
神代家。聖統院の序列第一位。単独で国家を滅ぼせる可能性を持つ血統。
全家系の魔法因子を模倣・使用することが理論上可能。
聖統院が最も恐れ、最も依存している存在。
そして、ネメシスが学校に潜入した目的の一つが、神代家の動向監視だ。
「おい、ミサキ」
小声でネメシスが話し掛ける。
「ん、ちゃんと見てるよ」
視線を合わせる事なく、ミサキが短く答えた。
「あれが神代家の直系で間違いないか?」
「そうだね。神代美弥。神代家の公式記録に登録されてる次世代候補」
「ふむ、やはりそうか。データに間違いはなさそうだな」
「……あー、でも上に兄がいるよ。神代家の長男で、現在の神代家の実質的な当主代理。名前は神代恒一。ただし現在の所在は非公開になってる。現状では聖統院の直接管理下にある、ってことだけは分かってるかな」
わずかに間を置いてから再び口を開いて、ミサキは相手が兄妹であることを告げる。
「神代家第一位の根拠は長男の方の能力か?」
「うん、そうだよ。美弥さんは次世代の象徴として表に出てるけど、本当の意味での神代家の頂点は長男の方だって言われてる」
そう言うと彼女は、視線を周囲に向け、何かを探る素振りを見せた。
そしてネメシスは再び壇上の美弥へと視線を向ける。
多くの拍手の中で、美弥は優雅に手を振り返していた。
微笑は変わらない。感情の起伏が表面に出ない。
それが作られたものではなく、彼女の精神構造として完成されているのだと、ネメシスは判断した。
「彼女の魔法スタイルは?」
「観測と補助と再構築の系統。攻撃特化じゃない。壊さずに正しい形に直す、って戦闘思想を持ってる。使用デバイスは神代家内製の手鏡型、神鏡と呼ばれてる」
「神鏡、か」
「鏡面に術式が映る設計で、観測と術式の再構築を同時に行える。崩れた魔法を最適解に修正する補助特化だ。攻撃出力は低いけど、指揮と支援能力が跳ね上がる」
腕を組みながらミサキは瞼を閉じると、それらの情報を事務的な声色で口にする。
それを聞いてからネメシスは再度、美弥の魔力波長を分析した。
攻撃系の魔力パターンではない。ミサキの情報と一致する。
しかし、だからといって戦闘上の脅威度が低いわけではない。
術式の再構築と観測の固定ができる存在は、味方の戦闘力を底上げする。
個人の火力より、全体の戦況を変える能力だ。
「周囲の反応を見ておけ」
視線を周囲に向けながら、ネメシスが小声で放つ。
「言われなくても、既に見てる」
「金の徽章の生徒が多数、美弥の方を向いている。一部の予科も同様だ。尊敬と畏怖が混在している」
「神代家の名前は、それだけの力を持ってるから」
「名前だけか」
「でも、今日見た限りでは、名前以上のものがあると思う。あの挨拶は計算されてた。短く、簡潔で、感情に訴えない。でも聴衆を引き込んだ。それは技術だよ、名前だけじゃない」
自身の顎下に手を当てながら、控えめな声で静かにミサキは呟く。
「神代の兄は、この会場にいるのか?」
少し考えた末に、ネメシスは口を開く。
「んー、ざっと見た限りではいない。たぶん面倒ごとを避ける為に欠席したね」
それだけ言うとミサキは、顔を壇上へと向けて、眼を僅かに尖らせた。
壇上では、美弥が席に戻るところである。
その横顔が一瞬だけ、生徒席の方を向いた。
感情の読めない澄んだ氷色の瞳が、何かを探すように動く。
しかし、何も見つからなかったように、静かに前へと戻った。
午前十時二十三分。入学式が終わりを迎えた。
大講堂から生徒たちが流れ出し、各自のクラスへと向かう。
春の光が中央校舎の窓から差し込み、廊下の石材の床に長方形の光の枠を作っていた。
外の気温は十八度まで上がっており、校舎内は上着が不要な程度の温かさになっている。
廊下の掲示板に、クラス分けの一覧が貼り出されていた。
新入生たちが群がり、自分の名前を探している。
見つけた瞬間の反応が様々だった。安堵する者、落胆する者、隣の名前を確認して表情を変える者。
ネメシスとミサキは、掲示板から少し離れた位置で、一覧を視覚情報として処理していた。
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