第6話 男子は憧れと畏怖。女子は圧倒的カリスマ
(ふむ、完成に近い戦闘体だな)
ネメシスは声を出さずに思考した。
MAGを使用した遠距離戦闘スタイルではない。
体そのものが兵器として設計されている。
魔力を肉体に直接纏わせる近接戦闘型で、詠唱も長い助走もなく即座に発動できる練度を持つ。
ラグナロク因子の可能性を検討したが違う。
これは長年の実戦経験が、肉体の奥深くまで刻み込まれた結果だ。
あの姿勢は、訓練だけでは作れない。
本物の戦場を複数回経験した者の、骨格レベルの適応だ。
年齢は二十八から三十二の間と推定した。
しかし経験値は、その年齢を大幅に超えている。
「あの教師、一体何者だ?」
ミサキに尋ねるように、彼は小声で話し掛ける。
「神宮寺冬華。組織が上手く調整していれば、私たちの担任になる人だよ」
「なるほど、担任か」
「まあ、一般的には有名人。ていうか伝説? って言い方の方が正確かな」
壇上を一瞥しながら、彼女は話を続けた。
「国家対抗魔法大会で、史上初の三大会連続個人優勝。しかも三回とも決勝戦はノーダウン、時間制限未使用、魔力残量は半分以上残ってた。永久殿堂入りしてる」
「なぜ教師をしている?」
「表向きは後進育成のため、って言ってるけど。実際は、自分より強い相手が現れなかったから競技に飽きた、って言われてる。通称は魔術の女帝。人型災害指定未遂って呼ばれたこともある」
「人型災害指定未遂?」
「そのまんまの意味だよ。強すぎて、一時期国家が危険認定を検討したって話」
特定の情報を口にしながら、ミサキは軽く肩を竦める。
それを聞いてからネメシスは、冬華を改めて観察した。
率直に、なるほど、と思う。
あの体が持つ密度の意味が、情報と照合されて更新された。
彼女が放つ存在感の正体は、単なる身体能力の高さではない。
勝ち続けた者だけが持つ、勝利の記憶が肉体に蓄積した重さだ。
それは技術でも才能でもなく、経験の堆積である。
「あの教師の魔法スタイルは?」
「詠唱不要、MAG最小依存、魔法と体術の完全融合型。魔力を直接肉体に纏わせて、殴る。学生時代の評価は『あの人の魔法は理論より本能』だって」
「口癖は?」
「結果だけ見ろ、と、言い訳は戦場で通じない、の二つ」
「生徒からの評価は?」
「男子は憧れと畏怖。女子は圧倒的カリスマ。共通認識として、この人に認められるなら命を張れる、って言われてる」
彼の質問に対して事務的な口調で、ミサキは淡々と返してゆく。
それを聞いてからネメシスは、その情報を処理した。
そして、冬華を見る。
その瞬間、彼女の視線が不意に動いた。
壇上から生徒席を流すように、見渡していた冬華の目が、ネメシスのいる方向で止まる。
距離はあった。個人を特定するには遠い。
しかし確かに、止まった。ネメシスは視線を逸らさない。
逃げる理由がないからだ。冬華の切れ長の目が、半眼のまま、ネメシスの方を向いている。
感情が読めない。ただ視線の動きが止まっているという事実だけがあった。
壇上の教師陣の中で、ざわめく気配はない。
他の教師は誰も気づいていない。生徒席のほとんども気づいていない。
ただ、冬華とネメシスの間に、静かな何かが発生していた。
五秒が経過する。冬華の視線が前に戻った。
演台の方に向き直り、何事もなかったように直立している。
しかし、その口元がわずかに動いたのを、ネメシスは見逃さなかった。
その声が届くことはあり得ない。
しかし彼女の口の動きから、ある程度の言葉は読み取れた。
そう、『……面白い生徒がいる』という言葉を。
午前九時十七分。入学式の来賓挨拶が終わり、式次第が次の項目に移っていた。
大講堂の空気は、式典独特の張り詰めた静けさを保っており、春の光が高い窓から斜めに差し込んでいる。
外の天候は変わらず穏やかで、窓の外に見える桜の枝が春風に揺れているのが見えた。
気温は上がり続けており、講堂内は人の体温が重なって十七度を超えている。
壇上のマイクの前に、司会の教師が立つ。
「続きまして、新入生代表挨拶を行います。神代美弥さん、お願いします」
その名前が告げられた瞬間、大講堂の空気が変わる。
ざわめきではなかった。
むしろ逆だ。数百人が同時に息を呑んだような、密度の上がる静けさである。
壇上に、一人の少女が歩み出た。
ネメシスの視覚が、その少女を捉えた瞬間に分析が始まる。
一目で『完成している』と分かった。
身長は平均より、わずかに高め。
体型は細身で均整が取れており、余分な肉付きが一切ない。
動きはしなやかで、歩き方に無駄がない。
姿勢が常に正しく、壇上への短い歩みだけで、絵になっていた。
顔立ちは、整いすぎている。小顔で整えられた卵型の輪郭。肌は白く、血色が薄い。
鼻筋がすっと通り、主張しすぎない。口元には柔らかな微笑が浮かんでいるが、その微笑に感情の影がほとんど落ちていない。欠点が見当たらない、という表現が正確だ。
人間の顔には通常、どこかに非対称があり、どこかに生活の痕跡がある。
しかし目の前の少女の顔には、それがない。目は澄んだ青、淡い氷色に近い色をしていた。
大きく切れ長で、伏し目がちに見えるが、視線の芯は強い。
他人を等しく見渡す目で、感情の温度が読みにくい。
壇上に立ちながら、生徒席全体を穏やかに、しかし確かに捉えていた。
髪は銀白に近い淡い色合いで、腰近くまで伸びた長髪である。
丁寧に手入れされており、艶があるのだ。
結わずにストレートのまま流しており、壇上への歩みで静かに揺れる。
乱れる気配がない。存在そのものが整っているという印象を、髪の揺れ方だけで示していた。
制服は完璧に着こなされている。スカート丈、着用位置、すべてが規定通りだ。
装飾品は小さな髪留めだけで、過不足がない。清潔で上品で、露出がない。
しかし制服のジャケットが、胸元で布地を主張している。
細身の体型と、引き締まったウエストのラインとの対比が、それをより際立たせていた。
本人は、それを意識している様子が一切なく、ただ正面を向いて立っている。
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