第4話 幼馴染であり彼女の設定
「謝った。邪魔をしたのは三人組の方だが、謝ったのは銀色の生徒だ」
相手の表情を一秒間、観察してからネメシスは呟く。
「うん、そうだね」
「自分が悪いと思っているわけではないだろう。では謝った理由は?」
「謝らない方が損だからだよ」
淡々と抑揚のない声でミサキは返す。
「反論して関係が悪化するより、謝って終わらせる方が生活コストが低い。それを学習している。構造への適応だ」
「うん。賢い選択だと思う、生存戦略としてはね」
「しかし、構造を維持することに加担している」
「そうだね。でも、それは個人に変えられることじゃないよ。構造が変わらない限り、個人の最適解は適応することだけ」
わずかにネメシスを見ながら、彼女は自身の首筋を触りつつ答えた。
そしてネメシスは広場全体を、改めて視線で流す。
金の徽章と銀の徽章。
比率は六対四に近い。しかし視覚的な存在感は、金の方が遥かに大きい。
空間の中心に立つ傾向があるからだ。
視線が高く、動作が大きく、声のボリュームが高い。
銀は端にいる傾向があり、視線が低く、動作が小さい。
制服は同じだ。しかし徽章一つで、人間の重力が変わる。
この構造をネメシスは、二つの側面から分析した。
合理的な側面がある。
魔法能力が実際に戦力差を生む以上、能力による区分けには実用的な根拠があるのだ。
上位の者に優先的に、リソースを配分することで、全体の魔法師育成の効率を上げられる。
聖統院と国家にとって、この構造は機能していた。しかし非効率でもある。
単一の評価軸で切り捨てた人材が、別の条件下では有用だった可能性を、この構造は体系的に消去しているのだ。
才能の多様性を、魔法演算領域の数値だけで判断することは、長期的な損失である。
さらに、差別構造が固定されることで、下位に置かれた者の潜在能力が開発されないまま失われた。
「実に合理的だが、実に非効率でもあるな」
「えっ、なにが?」
「この階級構造だ。機能はしているが、損失が大きい」
「……まぁ聖統院は、その損失を許容できるくらい、上位層の質が高いと判断してるんだよ」
少し考えるような間を置いてからミサキは返す。
「全体の最適化より、上位層の純化を選んでいる」
「そういうこと。日本の魔法社会は特に、その傾向が強い。血統主義と能力主義が混在してて、どちらも聖統院の都合のいい形で解釈されてる」
「聖統院にとって都合のいい合理性が、全体の最適解と一致していない」
「一致させる必要がないんだよ、あの人たちには」
淡々とした口調で彼女は答えると、小さく息を吐き捨てた。
それは感情的な批判ではない。この構造を当然と見ている目で、事実を述べている声だ。
そして二人が話していると、正面から三人組が近づいて来る。
全員が金の徽章を付けていた。中央に立つ一人が特に目を引く。
身長は百八十近く、肩幅が広く、正科生の中でも体格が際立っていた。
顔立ちは整っているが、目に驕りがある。
自分より格下の人間を認識した時だけ、その目が生き生きとする種類の目だ。
その目が、ネメシスとミサキを捉えた。正確には、二人の胸元の徽章を捉える。金と銀。
「あれぇ? 正科と予科が一緒に歩いてるぅ~!」
好みの玩具を見つけた時のような子供の声で男は言う。
だが、それは大きな声ではない。
しかし、周囲に届く程度の音量を、意図して選んでいた。
周囲の生徒がネメシスらを見て、わずかに足を遅らせる。
「ほう、珍しいな。正科生が予科生と一緒にいるというのは」
隣の一人が続けた。
こちらは女子で、品のいい顔立ちをしていたが、口元に意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「お友達、なんですかぁ~?」
もう一人も女子であり、彼女はギャルのような見た目をし、ミサキに向けて言い放つ。
その台詞は敬語だが、まるで敬意がこめられていない。
まるで上から確認するための敬語である。
そしてミサキの灰色の瞳が、三人組を捉えた。
サングラスがない今日の彼女の目は、感情を切り離した平坦さを、そのまま相手に向けている。
しかし、その目が一瞬だけ何かを判断した。
それから、口角が上がる。年相応の、軽い笑みだ。
「ふふっ、友達じゃないよ」
何処か楽し気に、ミサキは呟く。
すると、それを聞いて女子が少し表情を変えた。優越感の方向に。
「じゃあ、なんで一緒にぃ~? いるのぉ~?」
「私の彼氏だから」
驚くほどあっさりと、ミサキは堂々たる嘘を口にした。
その瞬間、この場の空気が、一瞬だけ完全に止まる。
女子の表情が石像のように膠着した。
隣の男も、受け取り方を探すような顔を見せる。
三人目は単純に驚いた顔をしていた。
周囲で足を遅らせていた生徒たちも、それが聞こえていたのか、小さくざわめく。
「か、かか、彼氏……って?」
酷く動揺した姿を晒しながらも、女子が続けようとした。
「まあ幼馴染でもあるけど。それが何か問題でもある?」
貼り付いたような笑みを浮かべたままミサキは首をかしげる。
それは穏やかな声だが、その中に一本だけ、鋭いものが含まれていた。
問題あるなら言ってみろ、という意味が、言葉の裏に透けている。
一方でネメシスは、三人組を観察していた。
感情的な反応は一切ない。ただ状況を処理していた。
三人組の力関係を把握するのに二秒かかる。
中央の男が、主導権を持っているが、判断に迷う。
ギャルのような見た目の女子は、攻撃の糸口を探しているが、想定外の返答に対応できていない。
三人目の、品のいい顔立ちの女子は傍観者で、流れに任せるタイプだ。
だがこの状況は、どちらに転んでもいい。
しかしミサキの返答は、三人組が追撃しにくい形になっていた。
正科と予科の差を突こうとしたところに、全く別の文脈を被せる。
徽章の話を続けるには、彼氏という言葉を無視しなければならないが、それは不自然だ。
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