第2話 学校の情報
「留学生が多いな」
顎下を触りながら、ネメシスは呟く。
「国立だからね。聖統院の監督下にある学校は、国際的な魔法師育成の場としても機能してる。だから各国の有望な魔法師候補が集まってくるの」
「各国の利益が交差する場所でもある、ということか」
「そういうこと。だから学内の政治が複雑なんだよね」
自然な口調でミサキは言い放つ。情報を共有しながら、しかし傍から見れば入学前の会話に聞こえる。
その時、上空で何かが動いた。
数人の生徒がFLYを使い、正門上空を通過する。
制服は同じだが、腰部と足部に機動飛行型のユニットを装着していた。
高度は十メートル程度、速度は徒歩の三倍ほど。
しかし動作が洗練されていた。
姿勢制御が安定しており、FLYの運用に完全に慣れた動き方である。
「上級生か?」
「んー、二年か三年だね。それと、あの装備が例の機動飛行型。まあ端的に言えば、エリートたちって事だね」
「正科生か?」
「そりゃ、そうでしょ。まっ、大方自慢したいんだろうね。こんな目立つ方法で通学するなんて」
少しだけミサキは口角を上げた。やや辛辣だが、年相応の観察である。
そして人の流れが、ネメシスの周囲を通り過ぎていく。
その流れの中で静止したまま彼は、眼前に広がる学校全体を視線で測っていた。
インストールされたデータが、眼前の景色に重なって展開される。
正式名称、第一国立魔法科高等学校。
表向きの目的は魔法師の育成。
しかし実態は、聖統院候補生の育成施設だと、データにある。
その差異の意味を、ネメシスは今この瞬間に、実物と照合しながら理解していた。
「に・し・て・も! 恐ろしいほど、この学校は大きいね! 普通にびっくりだよ~」
顔を忙しなく周囲に向けながらミサキが隣で呟く。
制服のスカートが春風で揺れている。
金色の髪が肩から流れ、サングラスなしの灰色の瞳が、広場を見渡していた。
胸元のジャケットが、呼吸のたびに微妙に動く。
「さっきも言ったぞ、それ。まあ、データ通りだ」
「それだけ印象深いってこと! それよりも、データ通りって言えるくらい、詳しく入ってるんだね」
「おおよそは。ただし実際に見ないと分からない部分がある」
「例えば?」
僅かにミサキが彼を横目で見た。
「空気の密度だ。結界と監視術式が重なっている場所は、魔力的な密度が高い。データでは分布図として把握していたが、実際に立つと全体の重さが分かる。この学校は、均一に重い」
「どこに行っても監視されてる、ってこと?」
「ああ、そういうことになるな」
広場の中央からネメシスは、敷地全体を改めて視線で流す。
学校の敷地は、データで把握していた以上の規模だ。
一般的な高校の敷地と比較することが、そもそも間違いである。
これは小規模な管理都市だ。
区画が明確に分けられており、それぞれが独立した機能を持つ施設として設計されている。
中央から北側に広がるのが教育区画だ。
中央校舎を核として、専門棟群が左右に展開している。
左が魔法理論棟、右が実技訓練棟。
理論棟は四層構造で、術式理論から魔法史、魔法倫理、国家法規まで、座学系の授業がすべてここに集約されている。
実技訓練棟は外観こそ二層だが、データによれば地下にさらに二層がある。
地下の訓練空間は可変地形で、床面と壁面が術式によって組み替えられる設計だ。
破壊耐性の結界が多重展開されており、激しい模擬戦闘を行っても数時間で原状復帰する。
「訓練棟の地下、是非とも見てみたいものだ」
腕を組みながら、ネメシスが言った。
「最初から目立つことしないでって言ったじゃん!」
「観察したいだけだ」
「その観察が目立つんだよ!」
軽い口調でミサキは口にするが、その視線は妙に鋭いものである。
「はぁ……一ヶ月待って。そしたら申請ルートを探す」
「ああ、了解した」
そう言うとネメシスは東側に視線を向けた。
研究実験区画が、そこにある。
三棟の研究棟が縦に並び、それぞれの間を渡り廊下で繋いでいた。
外観は、教育棟より無機質で、窓が少ない。
壁面の素材が違う。魔力遮断性の高い素材が使われているのが、近くに来ると分かる。
内部の実験が外部に漏れないよう、また外部の干渉が内部に入らないよう設計されていた。
一棟目の一階と二階は、研究職希望の上級生が使用できる。
しかし二棟目以降は教員・研究員専用で、通路の各所にゲートが設けられていた。
立ち入りには個別の許可が必要で、許可の取得には学年と実績の条件がある。
地下は完全に立入禁止だ。データには研究棟の地下に、ミネルヴァ関連の設備が複数、組み込まれているという記録がある。だが詳細は欠けていた。
この学校に潜入した目的の一つが、その詳細の把握だという認識を、ネメシスは改めて確認する。
「研究棟の地下の詳細は?」
ミサキに向けて彼が言い放つ。
「私も全部は知らない。把握してるのは二室だけ」
「把握している二室は?」
「ミネルヴァの連絡拠点と、封鎖実験用の小型隔離室。どちらも表向きの用途は別のものとして登録されてる」
「他に何があるかは?」
「潜入してみないと分からない。それも任務の一つだよ」
「了解した」
そう言うと彼は南側に目を向けた。
商業・生活区画が、そこには広がっている。
学内コンビニが二店舗、カフェが一棟、中央に大きな食堂棟があった。
食堂は魔力消費量に応じたメニューを提供しており、高魔力消費者向けの高カロリー食は別オーダー制だとデータにある。営業時間は朝七時から夜十時まで。
コンビニは二十四時間稼働で、魔力補助食品と低位の回復剤、デバイス用の消耗品を扱っている。
「コンビニは補給基地だね、実質」
得意気に人差し指を立たせながらミサキが呟く。
「そうだな。訓練後の回復剤の消費量から、各生徒の訓練強度を逆算できる」
「あっ……そういう視点で見るんだ……」
「情報源はどこにでもある」
「まあ、そうだけどさ……」
そう言いながら彼女は大きく肩を竦めた。
食堂の隣に図書館棟がある。
公開エリアと制限エリアに分かれており、制限エリアへのアクセスには学年と目的の申請が必要だ。
トレーニングジムは食堂の反対側に位置し、魔力補助型の器具が導入されている。
医療棟は商業区画の端に設けられていた。
外観は白を基調とした清潔な建物で、正面に緑の十字マークが掲げられている。
しかしネメシスのデータによれば、ここで処置できるのは軽度の損傷までだ。
重傷者は外部の医療機関に搬送される。
ただし搬送記録は学校内で管理され、外部への情報漏洩を防ぐ設計になっているようだ。
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