第12話 偽造
「支給品を持ってきました」
ケースを実験台の上に置くと、アキラ博士はそれを開く。
一つ目のケースの中に、二つのMAGが収められていた。
どちらも汎用ジェネラル型の外見を持つ、小型グリップ型のデバイスである。
学生が使う標準的な形状で、表面の仕上げも量産品のそれだった。
「学生用の制限仕様MAGです。外見は完全に一般品と区別がつきません。ただし内部には追跡機能と通信機能が組み込まれています」
「俺のは使わないが持て、ということか」
「はい、そうです。予科生が携帯していなければ不自然ですから」
「ふむ、追跡機能の送信先はミネルヴァか」
ケースから一つ取り上げると、ネメシスはそれを手の中で一度だけ回す。
内部構造の把握に、二秒かかった。
「はい、そうです」
「常時稼働か?」
「起動中は常時です。ただし電源を落とせば停止します」
「なるほど」
彼はMAGをジャケットのポケットに収める。
白衣はすでに脱いでおり、施設が用意した黒のインナーとジャケットに着替えていた。
ミサキは、自分のMAGを確認し、腰のホルダーに収める。
二つ目のケースを、アキラ博士が開いた。
その中には、薄いカード型のデバイスと、いくつかの書類が入っている。
「偽装身分データです。二人分、学籍登録済みです」
「不破ネメシス、か。名前は元々のコードを流用したのか?」
カードを取り上げると、それを見てからミサキは、視線をネメシスに移して呟いた。
「そうです。不破は設定上の苗字です。意味は……開発チームのセンスですが、破ることのできないもの、という意味で命名したと聞いています」
「……まったく、趣味が悪いな」
わずかに目を細めながらネメシスは返した。
「貴方のコードネームと同じですね」
「ああ、そうだな」
そう言いながら彼は、自分のカードを受け取る。
証明写真には、培養ポットの中のネメシスではなく、今の彼の姿が映っていた。
覚醒直後に撮影されたものだろう。薄い笑みを浮かべた、端正な顔が小さく収まっていた。
そして、再びモニターが再び起動する。今度は通信ではなく、映像だった。
静止画ではなく、動画である。上空からの俯瞰映像で、広大なキャンパスが映し出されていた。
早朝の薄明かりの中、建物群が整然と並んでいた。第一国立魔法科高等学校。
外周を囲む結界が、映像越しにも分かった。
薄い光の膜のようなものが、敷地全体を球状に包んでいる。
内側からは自然に見えるが、外側からは微かな歪みとして認識できた。
魔力センサーと監視術式が重ねられた、完全な管理空間の外壁である。
敷地は巨大だった。一般的な大学の三倍以上の広さを持ち、教育区画、宿舎区画、商業区画、実験訓練区画が整然と区分けされている。
中央に位置する本校舎は、威厳を重視した設計で、外観は石材と鉄骨が組み合わされた重厚な建築だ。
左右に伸びる専門校舎群が、回廊で繋がっている。
宿舎区画は奥に位置し、複数の棟が規則正しく並んでいた。
映像が切り替わり、地上からの映像になる。
正門の前に立つカメラが捉えた景色。石造りの門柱に、学校の紋章が刻まれている。
門の奥には整備された並木道が続き、その先に中央校舎の正面玄関が見えた。
早朝のため人影はないが、結界の光の揺らぎが、この場所が常時何かに監視されていることを示している。
ネメシスはモニターを見ていた。
標本を見る目でもなく、解析する目でもなく、今この瞬間だけは、純粋に観察する目で。
ミサキが、モニターの前に立ち、腕を組んだ。
金色の髪が蛍光灯の光を受け、肩から流れ落ちている。
サングラスのレンズが映像を反射して、その中に学校の景色が小さく映り込んでいた。
長身のシルエットが、赤から白に戻った照明の下で静かに立っている。
「ここが我々の戦場だ」
人差し指をモニターに向けながら彼女が告げた。
黒瀬と話していた時とは違い、ミサキの声は再び感情のないものとなる。
しかし、その言葉には経験から来る重さがあった。
「随分と綺麗な戦場だな」
モニターを見たまま、ネメシスは静かに言い放つ。
「綺麗に見えるほど、内側が汚い」
「さっきも言っていたな、それを」
「事実だから繰り返す」
再び腕を組みながら、ミサキは冷徹に呟く。
彼女の言葉に対して、ネメシスは口元に薄い笑みを浮かべたまま、モニターに表示される学校の映像を見続けた。
外周結界の光の揺らぎ。整然と並ぶ建物群。その中に潜む権力構造と、監視と、差別と、秘密。
「なるほど、俺のような存在が生まれる場所だ」
肩を竦めながら彼は、静かに息を吐いた。
それに対して、ミサキは何も言わず、ただモニターを見続ける。
「輸送の準備が整い次第、連絡します。入学は三日後の朝です」
二人に向けてアキラ博士が、今後の予定を告げた。
「ああ、了解だ」
モニターから視線を外して、ネメシスはミサキを見る。
「おい、ミサキ」
「なんだ?」
「幼馴染の設定の確認をしておく必要があるな」
「……ああ、そうだな」
「俺たちは、いつから幼馴染ということになっている?」
「幼稚園から、という設定だ」
少し間を置いてから、彼女は思い出したように返した。
「つまりは十一年か、十二年の付き合いという所か」
「そうだな、よろしく頼むよ。幼なじみ」
「……俺は生まれてから今日で、まだ二時間と少ししか経っていないが」
「設定の話だ」
「ふっ、分かっている」
ミサキの反応を見て楽しむようにネメシスは薄く笑う。
「では俺は十二年間、貴様の傍にいた人間を演じよう。まあ、中々に難しい役だがな」
「そうなのか?」
「……ああ、俺には参照すべき十二年間がない」
「私が教える。何も心配は入らない」
何処か虚無を纏わせる彼の言葉に、しばらく口を閉ざしたが、それでも再び彼女は口を開いた。
「ほう、十二年分をか?」
不敵な笑みを浮かべると、ミサキの顔を見ながら、ネメシスは尋ねる。
「必要な部分だけを。それで十分だ」
「……そうだな。それでいい。よろしく頼むぞ、監視官殿」
少し間を置いてから彼は、ゆっくりと静かに頷いた。
そして、ミサキとネメシスは同時に、モニターの前から歩き出す。
扉に向けて、並んで。肩と肩の距離は、十センチを切っていた。
蛍光灯の光が、二人の背中を白く照らす。
軽い音を響かせて扉が開かれる。
廊下を満たしてた眩い光が一気に差し込む中、二人は与えられた任務の為に動くのであった。
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