第11話 ミネルヴァ局長
「第九位は心紋家だ。精神干渉と人格設計を支配する血統で、魔法師のメンタル管理を担っている」
「人格設計、か」
反復するように、それをネメシスは口にした。
「俺のデータに、人格設計という項目がある。詳細が欠けている部分だ」
「……そうだな。NEMESISの社会適応のために、心紋家の技術が一部使用されている。完全な人工存在が人間社会で機能するために、必要な最低限の社会的人格の設計だ」
わずかに視線を逸らしながら、ミサキが説明を続ける。
「つまり俺の性格の一部は、設計されたものだということか」
彼女の話を聞いてネメシスは、少し間を置いてから呟く。
「一部は、そうだ」
「どの部分が設計で、どの部分が俺自身か、分かるか?」
「……分からない。設計した側も、境界は曖昧だと言っていた」
しばらく口を閉ざした後、ミサキは小さく顔を横に振った。
「……なるほどな」
静かにネメシスは言葉を吐く。
感情的な動揺がなかった。ただ、目がわずかに細くなる。
「第十位は?」
「影読家だ。情報操作と感覚共有を支配する諜報専門の血統だ。戦闘力は最低位だが、聖統院の裏工作と記録抹消を担っており、実質的な影響力は序列以上だ」
「俺の存在も、影読家によって記録から消されているのか?」
「そうだ。NEMESISプロジェクトの記録は、影読家の協力によって国家の公式記録から抹消されている」
「なるほどな。……よし、情報を整理する。俺は、神代家の技術的対抗存在として設計された。再生院の技術で肉体を安定させ、心紋家の技術で人格を設計され、影読家によって記録から消された。聖統院は俺の存在を知りながら、俺を監視対象としている」
静かに天井を見上げると、瞼を閉じて腕を組みながら、それらのことを彼は静かに語る。
「ああ、そういうことになる」
「つまり俺は、聖統院にとって管理すべき危険物だ」
「正確には聖統院にとって、貴様は扱い方次第で最大の資産にも最大の脅威にもなる存在だ。神代家と同じ立場だ」
天井を見上げているネメシスの横顔を見ながら、ミサキは淡々と事実のみを告げた。
そして、それ彼女が口にした直後、第七実験棟の照明が突如として落ちる。
完全な暗闇ではない。非常用の赤いランプが床面に沿って点灯し、空間を低い赤い光で満たした。
機器の電源は維持されているが、作業用照明がすべて落とされた状態。
ネメシスは動じなかった。ミサキも同じく動じることはない。
「通信が入る。その場で大人しく待機しろ」
徐に口を開いて、彼女が静かに呟いた。
実験棟の正面壁面、研究員たちが使用していた大型モニターが起動する。
黒い画面に、最初に現れたのは組織の紋章だった。
蛇ノ目型の円形の中央に十字が走る、ミネルヴァの正式紋章。
それが数秒表示された後、映像に切り替わる。
画面の中に、一人の男が映っていた。年齢は五十代半ばに見える。
しかし顔の皺は少なく、目だけが実年齢より遥かに多くのものを見てきた重さを持っていた。
グレーに近い銀髪を短く整え、黒の制服に近いジャケットを着ている。
胸元にミネルヴァの階級章が光っていた。
「覚醒確認の報告を受けた。神経接続率九十九。NMSウイルス統合安定。予定通りの成果だ」
男の声は低く、感情の起伏が少なかい。命令に慣れた声だ。
ネメシスは画面を眺めている。
標本を見る目ではなく、しかし人を見る目でもない。権力構造を把握する目で。
「それで、キミがNEMESISか?」
「……ああ、そうだ」
男の質問に対して、彼は短く答えた。
「声を聞いた。ふん、思ったより人間らしい」
「それは褒め言葉か?」
薄い笑みを零しながらネメシスは返す。
「ただの観察報告だ」
わずかに男は目を細めた。しかし不快な様子はない。
むしろ、予想通りの反応を確認したような表情だ。
「私はミネルヴァ局長、黒瀬誠一だ。このプロジェクトの最高責任者として、直接確認したいことがあった」
「何を確認したい?」
「命令に従う意思があるかどうかだ」
「それは……命令の内容によるな」
敢えて僅かな間を開けてからネメシスは返す。
「正直だな」
「嘘をつく理由がない」
物怖じせず淡々と話を続ける彼だが、その横ではミサキがわずかに息を吸う気配があった。
「今から任務を提示する。これはミネルヴァとしての正式命令だ」
事務的な口調ではなく力の宿る声を出して黒瀬は続ける。
「うむ、聞こう」
「第一国立魔法科高等学校への潜入。学生として入学し、指定された監視対象の動向を把握し、施設内に潜伏する日本の危険因子となりうる組織構成員を特定する。任務期間は最短で一学期、最長で卒業まで」
「卒業まで、とは最長三年か?」
「ああ、そういうことになる」
「ふむ、了承した」
少し考えてからネメシスは返事をした。
「条件も聞かないのか?」
わずかに黒瀬の目が動く。
「条件は後から交渉する。命令の受諾と条件の交渉は別の話だ」
「……なるほど」
彼は初めて、口元にかすかな表情を見せた。それは評価の色である。
「……さて、蛇ノ目くん」
ミサキに向けて黒瀬が言い放つ。
「はいっ!」
「監視任務継続命令を正式に発令する。NEMESISの学校潜入に同行し、行動管理と戦闘支援、および組織への報告を継続せよ」
「承知いたしましたっ!」
先ほどの抑揚のないものと比べて、ミサキの声は覇気が宿るものに変化していた。
そして背筋が綺麗に伸びている。
「それと、追加の任務がある。学校内には神代家の人間が在籍している。接触の機会を作れ。ただし正体を明かすな。あくまで一般の生徒として接近する」
「その理由は?」
黒瀬の話す内容に、率直な疑問を覚えて、ネメシスは問うた。
「神代家の現当主は、聖統院が管理しきれていない。その動向と能力の実態を把握する必要がある」
「俺とどちらが上か、確認したいわけか」
「そういうことだ」
「ふっ、正直な目的だな。……いいだろう。了解した」
口角を上げて反応すると、彼は追加の任務を好意的に受け止める。
そして、その会話を最後に通信が切れた。
モニターが黒に戻り、床面の赤いランプだけが空間を照らしている。
数秒後、照明が戻った。白い蛍光灯の光が、再び均一に降り注ぐ。
扉が開き、アキラ博士が入ってきた。
その手には小型のケースを、二つほど所持している。
目の下に疲労の影があったが、表情は引き締まっていた。
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