第10話 十の名家
「次が最後の基礎説明になる」
静かにミサキが告げる。
「最も重要な部分を最後に残したわけだな」
「そうだ。学校に潜入するにあたって、これを知らなければ動けない」
「よし、聞こう」
「聖統院だ」
「……聖統院、か」
その言葉を口の中で転がすように、ネメシスは僅かに間を置いて呟く。
「日本魔法社会の最高意思決定機関だ。十の魔法名家による評議機関で、国家政府より上位の権力を持つ」
「政府より上、というのは比喩か?」
「比喩ではない」
断言するように、ミサキは答える。
「聖統院の決定は、法律より、倫理より、人権より優先されると言われている。政府の魔法政策はすべて聖統院の承認を経て初めて実行できる。軍の魔法師部隊の運用も、国際魔法交渉も、聖統院が最終決定権を持つ」
「魔法師の血統管理もか」
「ああ、そうだ。魔法師の結婚、子の認定、家系の登録。すべてが聖統院の管理下にある。魔法師は国家の資産である前に、聖統院の管轄だ」
「ミネルヴァも当然、その監督下にあると」
そう言いながら、ネメシスは目を細めた。
「そうだ。対魔法存在統制機関という名称は、表向きは国家機関だ。しかし実態は聖統院の監視下に置かれている。NEMESISプロジェクトも、聖統院への報告義務がある」
「つまり俺は、聖統院にも知られているということか」
「一部の構成員には知られている。ただし全員ではない。情報の管理は徹底されている」
「……十の名家というのは、それぞれ何を持つ?」
眉間を押さえながら彼は、しばらく考えた末に、その質問を投げかける。
「各家が特定の魔法概念を支配している。序列は公式には存在しないことになっている。しかし実際には絶対的な力関係がある」
端末の画面を軽快に操作しながら、ミサキは事務的な口調で話す。
「序列を教えろ」
「最高位は神代家だ」
「神代家」
強い反応こそ見せないが、ネメシスの目は少しだけ細くなる。
「単独で国家を滅ぼせる可能性を持つ血統だ。全家系の魔法因子を模倣・使用することが理論上可能とされている。聖統院が最も恐れ、最も依存している存在だ」
「完成形ホムンクルス、という記録が俺のデータにあった。それか?」
「そうだ。神代家の現当主は十六歳だ」
わずかに彼を見て、ミサキは抑揚のない声で言い放つ。
「俺と同年代というわけか」
「そうだ。そして貴様が学校に潜入する目的の一つに、神代家の動向監視が含まれている」
「なるほどな、続けろ」
少し間を置いてから、ネメシスは続きを促す。
「第二位は天候院。気象操作と大規模環境破壊を支配する血統だ。国家単位の被害を即時発生させられる。常時監視・隔離対象だ」
「隔離とは?」
「血統の力が強すぎて、通常の社会生活を送らせることが危険と判断されている構成員がいる。日常的な感情の起伏が、周辺の気象に直結する。怒れば嵐が来る、という比喩ではなく、文字通りの意味で」
「なるほど」
「第三位は光輪院。純粋光魔法と絶対殲滅思想を持つ血統だ。単体の殲滅力が突出している。思想的に純粋主義的で、魔法の純血を重視する傾向がある」
「魔法を持たない者に対して、どういう立場をとる」
「公式には差別を否定している。しかし内部の思想は別だ」
「それが学校内の正科と予科の差別意識の根源か」
「ああ、そうだな」
自身の首筋に手を当てながら、ミサキは話を続けた。
「第四位は雷動家。雷属性の超高速魔法展開を支配する。初撃で決着をつける戦闘哲学を持ち、対魔法師戦では最強クラスとされている。神代家に力比べを挑み続け、敗北し続けている名家だ」
「プライドと結果が釣り合っていないわけだ」
「そうだ。第五位は結界院。防衛と封鎖の専門血統で、首都防衛の要を担っている。直接の攻撃力は低いが、神代家封印用の非常結界を保持しているという情報がある」
「俺の対になる存在の封印用結界を持っているということか」
わずかに眉を上げて、ネメシスは吐き捨てる。
「そうだ。聖統院は神代家を最大戦力として運用しながら、同時に封印する手段も常に保持している」
「用心深いな」
薄い笑みを彼は零した。
「支配者というのは、常にそういうものだ」
「ふっ、それで第六位は?」
「呪断家だ。魔法無効化と呪式破壊を専門とする血統で、聖統院内部の処刑執行を担う。唯一、神代家を殺す前提で研究を続けている家系だ」
「魔法無効化ということは、俺のNMS能力と方向性が近いか」
少し間を置いてから、ネメシスは素朴な疑問を口にする。
「近い。ただし根本的に違う。呪断家の無効化は術式への干渉だ。貴様のNMSは神経レベルでの魔法構造の解体だ。精度と応用範囲が桁違いに異なる」
「呪断家は俺をどう見る?」
「恐らく、同族か競合か、どちらかだ。まあ、好意的ではないだろうな」
「ふっ、世知辛いな。それで第七位は?」
「再生院だ。再生魔法と肉体再構築を支配する血統だ。単独の戦闘力は低いが、他の家系の者を不死に近い状態にする能力を持つ。人体実験の件数が最多とされている」
タブレット端末を操作しながら、その名家のことをミサキは説明する。
「俺のデータに、再生院との接点がある。分解と再生の実験に使われた記録がある。詳細は欠けているが」
思考を巡らせた結果の内容を静かにネメシスは言い放つ。
「ああ、そうだな。NEMESISプロジェクトの初期段階で、再生院の技術が一部使用されている。細胞の安定化と再生機構の設計に関して、技術提供があった」
少し間を置いてから彼の言葉に、ミサキは答えを与える。
「俺の体の一部は、再生院の設計だということか」
「そういうことになるな」
人差し指でサングラスを軽く押し上げながら彼女は呟く。
それに対して、ネメシスは何も言わなかった。
感情的な反応ではない。ただ情報として処理している静けさだ。
「……よし、続けろ」
「第八位は鋼躯家。身体強化と肉体最適化を支配する血統で、魔法は肉体に宿るという思想を持つ。精神的な魔法を否定する傾向がある」
「ラグナロク因子の設計に関係があるか?」
「……無関係ではない。設計の思想的な参照源の一つだ」
少し間を置いてから、ミサキは静かに口を開く。
「貴様の体の一部も、他者の技術で作られているわけか」
「……ああ、そうだな」
感情のない声で彼女は返した。
しかし、指先がタブレットの上で、わずかに止まる。
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