第24話 ハーレムデート!
「ええ、そうね。確かにデートかもしれない。五人で不破くんと一緒に学校の外に出る。つまりそれは、ハーレムデートよ!」
ネメシスへと人差し指を向けながら、桃華は小悪魔のように片目を閉じて笑みを零す。
「まあ……大人数でのショッピングに、デートという概念が当てはまるか分からないが……」
傍観者に徹していたミサキが、小言を漏らしながら溜息を吐き捨てた。
「大丈夫だよ! 人数は関係ない。ネメシスくんと一緒に外に出る。それ自体が、デートなのさ!」
拳を握り固めながら、リュミエールが断言する。
「……私はデートというものをした経験がない。しかし定義として、好意を持つ相手と外出することを指すなら、私にとってはデートに該当するな」
少しの間を空けてから、アイゼンが表情を緩ませて呟く。
「日程はいつかしら? 私は今週末でも来週末でも調整できますわ。英国への報告書の提出期限を調整すれば、時間は作れますもの」
何処か興奮した様子を晒しながら、ルクレツィアが席から立ち上がりそうになる。
「僕もフランスへの報告書を調整するよ」
リュミエールが続けた。
「二人と同じく、私も報告の調整は可能だ」
アイゼンが続ける。そして三人が桃華に向けて日程の話を始めた。
彼女が穏やかに笑いながら、三人の話を聞いている。
テーブルの端で、ミサキが静かだった。昼食のトレーを前に、箸を持っている。
しかし、食べていなかった。灰色の瞳が、テーブルの中央を向いている。
三人が盛り上がる声を、静かに聞いていた。イヤーカフが、微弱な光を放つ。
ネメシスがミサキを横目で見た。彼女が少し間を置いた後、彼の方に顔を向ける。
「ネメシス、ちょっと少し耳を貸して」
ミサキの声は低く、余分な感情が削ぎ落されていた。他の人間には聞こえない声量である。
ネメシスが彼女へと近づいて少し前に傾いた。
「オルフェウス局から今朝、連絡が来た」
彼の耳に向けて、ミサキが小声で呟く。
「内容は?」
「今回の件、局は最初から把握していたらしい」
「把握していた、とはどういう意味だ」
少し間を置いてから、眉間に皴を寄せて、ネメシスが聞き返す。
「クーデター計画の情報は、先月の時点でオルフェウス局に入っていた。違法MAGの流入も、学校への持ち込みも、把握していた」
「それを俺に伝えなかったのか」
「伝えなかった。局の判断として今回の案件は、ネメシスの自然な行動を、観測するための機会として使われた」
「俺の行動を観測するために、情報を意図的に与えなかったということか」
「ええ、そういうことね」
「局長の判断か……」
ネメシスの神経回路が、その情報を処理した。
「黒瀬局長の直接指示だね」
「俺が自発的に、どう動くかを見ていたということだ」
「そうだ。そして今回の結果として、局は一つの評価を出した」
「どんな評価だ?」
「……ネメシスは設計の範囲を超えて自律的に動いた。その自律性の内容が、局の想定より複雑だった。つまり……想定外かつ、局が把握できていない要素がある、という評価だ」
少しの間を空けてから、悩ましくミサキが腕を組むと、それらの事を語る。
そして灰色の瞳が、ネメシスを真っ直ぐに見た。
「それは問題か?」
「局にとっては問題よ。でも……私にとっては違う」
僅かに間を空けつつも、ミサキは言葉を紡ぐ。その声の温度が、今日一番低かった。
しかし、今日の声の中で今が一番、本音に近い温度である。
「どういう意味だ?」
「ネメシスが局の想定外に動ける、ということは、局がネメシスを完全に制御できないということだ。それを私は、悪いことだと思っていない」
「局の人間が、そう思っていいのか?」
「局の人間である前に、私は貴様の監視官だ。監視官として、貴様が自律的に動けることは、貴様を守ることに繋がる」
はっきりと明瞭した口調で、ミサキは言い切り力強い眼を向けた。
未だにテーブルの中央では、三人の盛り上がりが続いている。
ショッピングの日程と行き先の話が、賑やかに展開されていた。
桃華が穏やかに笑いながら、全員の話を聞いている。
――五月一日、土曜日。午後五時二十二分。テラス席での昼食から、三時間が経過していた。
五月の夕方が、学校都市に降り始めている。
西の空が橙色に染まっており、その色が新緑の木々の葉を照らしていた。
気温が二十五度から十九度まで下がり始めており、夕方の風が学校都市の外周通路を通り抜けている。
東の空は既に薄い紫色に変わっており、昼と夜の境界が学校都市の上空に引かれていた。
ネメシスとミサキが、外周通路を歩いている。二人だけだ。他の全員は、先に寮棟へと戻っている。
外周通路は、学校都市の最外縁を、一周する歩行路だ。
通路の幅は四メートルで、片側が学校の建物群、もう片側が外周フェンスである。
フェンスの向こうに、学校都市を囲む森が広がっていた。
五月の森は新緑が濃く、夕方の橙色の光を受けて輝いている。
通路の石畳が、夕方の光を反射していた。
ネメシスの漆黒に近い濃紫の瞳が、夕焼けの色を受けている。
ミサキの金色の髪が、夕方の橙色に染まっていた。二人が並んで歩いている。
昼食の後から二人は、ほとんど話していない。
「ミサキ」
ネメシスが言った。
「なぁに?」
「局からの連絡に、もう一つ内容があっただろう」
「……なんで、わかったの?」
少し間を空けてから、ミサキが口を開く。灰色の瞳が、前を向いたままだ。
「食堂での、お前の目だ。俺に耳打ちした後、お前の目の色が変わった。言い終わっていない情報があるという目だ」
「……神経回路で走査したから分かったの?」
また少し間を置いてからミサキが呟く。
「走査ではない。今日のお前の顔を、俺が覚えているからだ」
そう言うとネメシスが足を止めた。ミサキも足を止める。二人が通路の端に立った。
外周フェンスの向こうに、新緑の森が広がっている。
夕方の橙色の光が、森の葉の間から差し込んでいた。
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