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第23話 デート……?

「しかし、俺が恒一に近づいた結果として、昨夜の任務が成立した。それは事実だ。その事実に対して、貴様の敵意がどこまで有効かを、貴様自身が判断するべきだ」


 肩を竦めながらネメシスが続ける。


「……わ、わかっておりますとも」


 彼から視線を外すと、美弥は唇を僅かに尖らせた。


「うむ、それでいい」


 小さく頷いて返すネメシス。そして美弥は自分の席に向かい歩き始めた。

 だが三歩足を進めた所で立ち止まる。振り返らなかった。


「不破くん」

「なんだ?」

「お兄様を傷つけたら、絶対に許さない」

「ああ、肝に銘じておこう」


 引き締めた声を出しながら、ネメシスは自身の胸を軽く叩く。

 そして再び美弥が歩き始めた。氷色の瞳が、前を向いている。

 ――数日後、五月一日、土曜日。午後一時〇二分。四月が終わり、五月に入っていた。


 五月の午後の光が生徒会室の、南側の全面窓から差し込んでいる。

 四月より光が強くなっており、窓から入る熱で室内が、二十六度まで上がっていた。

 空調が起動して室温を調整している。


 窓の外では新緑が濃くなっており、五月の学校都市が明るい緑に包まれていた。

 桃華がテーブルの中央の椅子に座る。艶のある黒髪セミロングが、五月の光を受けて輝いていた。

 深い焦げ茶の瞳が、穏やかな微笑みと共に、ネメシスを見ている。


 今日の桃華は制服ではなかった。土曜日ゆえに私服姿である。

 淡いクリーム色のブラウスと、白いプリーツスカートを着用していた。

 ブラウスの素材が薄く、五月の光の中で体のラインが、透けるように見えている。


 深い焦げ茶の瞳の上に、今日は化粧が施されていた。平日より丁寧に整えられた顔である。

 ネメシスが向かいに座っていた。


「ふふっ、来てくれてありがとうね」


 向日葵のような笑みを零す桃華。


「呼ばれれば来る。当然のことだ」

「律儀ね。……それはそうと今日は正式な、お礼を言いたかったの。先日の件、本当にありがとうね」

「任務だった。感謝される必要はない」

「任務でも感謝する。それが私のやり方よ。それとクーデター組織の件は、昨日の時点で学校の正式な記録として処理されました。関係した生徒全員から話を聞き、供給元の調査はミネルヴァに引き継がれた。この学校内での案件としては、一旦の区切りがついた状況ね」


 表情を真面目なものに変えて、桃華は一連の事情を説明する。


「供給元の調査は進んでいるのか?」

「わからない。ミネルヴァからの報告が、まだ来ていないから。貴方の方には何か届いている?」

「昨日の時点では届いていない。ミサキ経由でオルフェウス局に情報を送った。返答待ちだ」

「そう。情報が来たら教えてほしいわ」

「約束できないが、できる範囲で共有する」

「ええ、それで十分よ」


 正していた表情を途端に崩して桃華が微笑んだ。――そして、午後二時十四分。食堂のテラス席。

 五月の午後の光が、テラス全体に降り注いでいた。

 テラスの屋根が半透明のポリカーボネート素材で、光を拡散させながら通している。


 気温は二十五度で、五月の風が心地よい。

 テラスの縁に並んだプランターに、春の花が咲いていた。


 白と黄色の小花が、五月の光の中で揺れている。テラス席の一角に、五人が集まっていた。

 桃華がネメシスを連れて来る。ルクレツィア、リュミエール、アイゼンが既に座っていた。

 ミサキが端の席に座っている。桃華が全員の視線を集められる中央へと立つ。


「改めて皆さんに、お礼が言いたくて。先日の一件に協力してくれたこと、本当にありがとう。あれがなければ、彼が組織へ潜入することが難しかったから」


 演技の出来事を、ネメシスから聞いていた彼女は、小さく頭を下げて全員に感謝を述べる。


「私たちへのお礼として、今日は呼んでくれたのかしら?」


 紅茶のカップを机上に置くルクレツィア。サファイアブルーの瞳が、桃華を見た。


「ええ、そうよ。今日の昼食代は私が出すわ。遠慮なく注文してね」

「太っ腹ね」

「生徒会長の立場を使える時は使う。それが私のやり方よ」

「へぇ~、桃華さんって、面白い人なんだね」


 蜂蜜色の瞳でリュミエールが桃華を見た。


「そう見えるなら正解よ」

「……私はあの日、ネメシスが嫌いだという演技に協力した。だが、あれは演技だ! 念のため確認するが、あの日の言葉はネメシスへの本心ではないからな!」


 灰青色の左目でアイゼンがネメシスを見る


「ああ、ちゃんと理解している」


 頷きながらネメシスが答えた。


「……そうか、ならばいい。それだけ確認したかったのだ」


 少し間を置いてから、アイゼンが呟く。そして彼女は静かに前を向いた。

 その表情が、わずかに緩んでいる。その後、昼食が運ばれてから、再び桃華が話を切り出した。


「ところで……皆さんに一つ提案があるの」

「なんだい?」


 リュミエールが首をかしげる。


「今度の休日に、ショッピングに行かないかしら。お礼の続きとして、私が案内するわ。学校の外の商業区画に、面白い場所がいくつかあるのよ」


 微笑みながら全員に視線を配る桃華。すると、その言葉を皮切りに、テーブルの空気が変化した。


「ショッピング……」


 オウム返しのように言葉を繰り返すルクレツィア。


「そうよ。全員で行けるといいけれど、来られる人だけでも」

「それって、ネメシスくんも来るのかい?」


 リュミエールが聞いた。


「ええ、勿論。来てもらう予定よ」

「つまり……みんなでネメシスくんと一緒に行くということかい?」

「うん、そういうことになるわね」

「そ、そそ、それって……」


 蜂蜜色のリュミエールの瞳が輝く。


「なに?」

「ほ、ほほ、ほとんどデートじゃないかい!?」


 酷く声を震わせながらも、リュミエールは頬を赤く染めて言い切る。

 するとテーブルの空気が一気に変化した


「デート……」


 ルクレツィアが繰り返す。サファイアブルーの瞳が、今日初めての種類の光を帯びた。

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