祭開催
「イエェェェェイ!!只今をもって道が開くのは年に一度の美食の聖地!世界中から厳選された食材達を三日三晩食らい尽くせ!おおっと紹介が遅れた!私は名物司会ディラン・ガーフィールド、今回は『食の祭典』の見所を嫌と言うほど紹介してやる!皆、よろしくなあぁぁァァァァ!!」
街中の共鳴魔石から爆音が鳴り響き、それに呼応するように歓声と雄叫びが溢れかえる。所狭しと詰め込まれた露店には多種多様な肉、魚、野菜、果物、その他よく分からない売り物が並び、そこに集う者たちの特徴もまた十人十色だ。普段は自分達のテリトリーから離れないイヌ人、鳥人、ネコ人といった獣人族が混じって歩き回る様は中々壮観である。
人々が笑顔で行き交うのを眺めるだけでも浮かれそうになるが、気を抜いてはいけない。アッシュ達は単に遊びにきた訳ではないのだ。
「よしミーシャ、次はこの西大陸産のドデカサボテン串を食べよう。焼いた棘がいい感じにパリパリしててウマいんだ」
「は、はい!カリっと揚げられて熱くて、美味しいけど食べてて喉が渇きまふ……」
「い~い目の付け所だ。そんなサボテン串に合わせるのはコレだ、果汁搾りたてのグァバジュース!爽やかな喉越しが俺達を南国に連れていく、果肉が混じってるのはご愛嬌だ!」
「な、南国ジュース!?わざわざその味を選ぶ理由があるんですか?」
「それがあるのさ!サボテン串の脂っこさをジュースが相殺し、さらに串焼き本体の旨味を引き出す!そこは成分的な組み合わせらしいが詳しくは知らん!理屈じゃなく口で理解した!」
「す、すごい!西の植物と南の飲み物、の、喉にグッとくる軌跡のコンビですね!」
「……何、やってるんですかあなた達は。そのへんで済ましてください、一緒にいて恥ずかしいです。それにミーシャちゃんも、よく分からないに合わせて無理しないの」
その場のノリで始まった謎の掛け合いは、冷めた目でアッシュ達を見つめる女性の一言で終了した。カナン隊副隊長プリシッラは呆れたように首を振り、ミーシャから受け取ったサボテン串を一口齧った。堅苦しい鎧は装備せず淡色のワンピースのみのラフな装いだ。勿論、街の喧騒に溶け込むためである。
「すんませんプリシッラさん。ミーシャがこの鉄板コンビを知らないってんでつい。心配しないでも仕事はこなしてますから」
「頼みますよぉ。各地の襲撃犯もここビトーニヤの方角に向かったとの報告を受けています。この3日間の内に何か仕掛けてくる可能性は大いにあるんですから。事前に犯人を1人でも捕まえればこちらの士気は大いに上がるんです」
「勿論分かってますよ。だからこうして浮かれた客を装って空気に溶け込んでるんだから。目をギラつかせて周りを睨んでちゃあ他の潜入してる奴等に勘付かれちゃいますから」
「……装ってました?まあ、溶け込んでるのは同意ですけどもぉ……」
プリシッラの言葉通り、3人の周囲を行き交う人々の興味は珍しい食材やそこかしこで出し物を披露する芸者に引かれて各々が思うままにべらべらと喋っており、大変騒がしい。1年に一度の食の祭典という場にあって、店の前で質の低い食レポを繰り広げる男女は見事に『それっぽい風景』として馴染んでいた。
「いざ戦闘となれば騎士団が飛んでくる手筈ですし周囲さえ見てもらえればいいんですけどね?どっちにしろシオンの魔法の仕組みは分かってないんですから」
「俺の時は視覚と触覚。サマナ襲撃とリオの時は視覚を潰されたってやつですか」
「そう。魔力の残滓も無かったですし、少なくとも手を叩くだけで発動できる類の効果ではありません」
「属性でいうと、闇属性とかになるんですか?」
「そうね、ミーシャちゃん。そもそも光と闇は恣意的な分類だから参考にはしにくいけど、シオンがその手の魔法に精通している可能性はあるかもですねぇ」
「何にせよ対策方法はカナン隊長達が考えてるんだ、俺達は大人しく怪しい奴を探そう……って、あそこから煙なんて上がってたか?」
アッシュの指さす先からはもうもうと黒色の煙が立ち昇っている。それ自体は不思議ではない。周囲の屋台からも嫌と言うほど煙は伸びている。ただ、どうにも様子がおかしい。黒色の煙は現れては消え、少し移動した位置からまた現れては消え、空には黒い水玉のような模様が生まれている。火事か、魔法使いの喧嘩か、さてはシオン一派の陰謀か。アッシュの脳裏をよぎった幾つもの疑念は、次に聞こえてきた野次で残らず吹き飛んだ。
「ケンカだケンカ!お菓子を取り合って女の子が殴り合ってるぜ!えらく素早い茶髪の女と、髪半分燃えてる赤毛の女だ!」
「なんだそれよく分かんねえけどスゲー!」
「おうおう楽しくなってきたな!乗り遅れんな、俺達もはしゃごうぜ!」
我先にと現場に向かう野次馬達を横目に、アッシュは手に持ったグァバジュースにのんびりと口をつけた。
「ハハ、何してんだあいつ」
「茶髪の女の人って、まさか……」
素早い茶髪の女が殴り合ってるならそれはきっとパティだ。あの姉が殴り負けることはあるまい。いまいち状況を把握しきれないプリシッラだけが真剣だった。
「……とりあえず、警備の騎士団員を向かわせるわ」
美食の聖地に集うのは食材だけではない。それを扱う一流の料理人達も、また同様に世界中から集う。彼らは互いの食材や腕を吟味しあい自らの調理法に活かすと共に、その研鑽された実力を参加客に振舞うのだ。故に参加客の中には料理人個人の腕に惚れ込む者も多く、それ目当てでビトーニヤに足を運び、果てには料理人の住む街まで通うまでになる者までいた。西大陸の繁華街に看板を構える『情熱砂漠まんじゅう専門店』もその例外ではなく、初日の朝から押し掛けたファンの圧に押され、1日目の在庫は早くも尽き欠けていた。
「「情熱砂漠まんじゅうください!!」」
「悪いねえお嬢さんがた、今残り1つしかないんだ」
「あら……」「はあ」
「ん~、アタシの方が1秒早かったんじゃない?」
「は!?うちの方が一瞬先だったでしょ」
「は?」「アア?なにさ」
こいつは自分と同じタイプだ、こういう場面で絶対に退かない。パティは直感でそう理解し、恐らく向こうもそう感じている。相対する少女は赤毛を短く切り揃え、スリットの入った大胆な黒一色のドレスに身を包んでいる。後ろには執事まで控えている。恐らくは貴族階級、それも雰囲気からしてかなり上級だろう。
「お嬢、騒ぎになりますから抑えて。後で取り寄せるなりできるでしょう」
大柄な執事が赤毛とパティの間に割って入った。凛々しい顔立ちにわざとらしいまでにキッチリとした仕草。如何にも貴族お仕えの執事だ。一般人がこんなお付きを抱えることはまずない。
「どいて、ジェイブ。食を楽しむには風情ってものがあるだろ?この祭という場の喧騒にまみれながら口を動かす、そのそのひと時、その一口、その一瞬が大事なのさ」
「ですが今で無くとも良いでしょう。一般人に譲るのも貴族の嗜みの1つですよ。それに言葉遣いも気を付けて、旦那様に叱られますよ」
「口調はお前等執事連中の監督不行き届きだ。それに譲るか。なんたってこいつはムカつくからな!」
「お嬢、我儘はよしてくださいよ。言っておきますが、お金やお家の名前を出すなんてのは許しませんよ!?」
「誰がンな情けない真似するか!権力振りかざすのは三流!金に物言わせるのは二流!一流は相手に認めさせるのさ、こいつには勝てねえってな」
「へえ、どうやってアタシを認めさせてくれるっての」
あくまで挑発的な態度を貫くパティに対し、赤毛の少女は「そりゃあこれさ」と呟きながら拳を突き出した。
「見りゃ分かる。あんたも相当やるんだろ?お互いこれが一番手っ取り早いって思ってる筈だぜ」
「……成程ね、実力行使ってわけ。面白いじゃん、やってやろうじゃない!」
「決まりだ!うちは御三家イグニアス家頭領ホムラが娘、サンドラ!名前にビビって固まるなよ?お前は純粋な力で黙らせる!」
御三家の名前はパティでも知っている。火、水、風。各属性の魔法を極めた魔法使いの一族。数多の国家が趨勢を極める中で常に存在感を発揮し続け、クルシア帝国に権力が一極化した現在においても多業界に深く根を張っている。イグニアス家はそんな御三家の一角であり、火魔法に関しては他の追随を許さない。その頭領の娘となれば……。
「中々歯ごたえがありそうじゃないの。アタシはパティ・ラグーン。『統一戦争の亡霊』『人でなし姉弟』とか色々呼ばれたけど、好きなの選びなよ。負けた時に言い訳つく強そうなやつをさ」
御三家の一角だ?サシの戦いでそんな肩書は意味を持たない。並の人間ならともかく、パティが怯む程の威力は持っていない。たとえサンドラの髪の右半分が炎を帯びて燃え上がっていようとも、それはビビって退く理由にはならない。
「あのぉ、お嬢さんがた。一応材料はあるからさ、待ってもらえれば2つ作れるんだけど……」
「「うるさい!」」
震え声の店主に一喝。2人だから二喝か。
「お嬢、それにパティさんと言いましたか。穏便に、穏便にね?せめて人のいない所で……」
「「うるさい!!」」
未だに諫められると思い上がっている執事に二喝。
「燃えろファイアァァァ!!『イグナイテッドリング』!!」
「風穴開けてやる!!『エンジェリックブロウ』!!」
2つの雄叫びが混じり合い、宙に発散し、喧噪の1つに紛れて消えていった。パティとサンドラ。互いのプライドを賭けた一戦の相手が後に親友となることはまだ知らない。
シオン一派の捜索と街の警備に際し、指揮を執るカナン隊長は最低でも二人一組での行動を命じた。それ自体はリオも納得できる。襲撃犯に一対一で対抗できる団員は本部団員であっても少ないという見立てもあったし、そもそも不測の事態に対応するためには団体行動が効果的だ。それでもだ。
「リオ、遅い!それじゃ氷の攪乱も効果薄くなるでしょ!」
「君が早いんだ!足並みを合わせてくれ!」
「う~ん。シンシアが一歩早くてリオ君が遅れ気味かな。バラバラだなあ君達は。そんなんじゃ僕に傷1つ与えられないぜ」
昨日の作戦命令でシンシアとのコンビを命じられてから一晩経ち、2人は互いの息を合わせる作業を兼ねてジャックとの特訓に励んでいた。だが、どうにも互いの動きにぎこちなさが残ったままで警備の交代となる正午の直前まで来てしまった。
「……私は魔法使いとコンビを組んだ経験が少ないわ。敵の全体像を把握できるあんたが指示を出して」
「君の方が敵に近いぶん反応しやすい。それに技量のある君の方が仕切るべきだ。アッシュの時はそれで上手くいったよ?」
半分は嫌味だがもう半分は本心だ。悔しいが技術や知識の面でリオはシンシアに劣る。なればこそ、シンシアが主導するのが筋というものだ。
「僕的にはどっちが仕切ってもいいと思うけどね。手練れの悪党や大型モンスター相手じゃその連携の遅れは致命的だよ。ホラ、こんなふうに」
ジャックのレイピアがシンシアの首筋を捉え、次の動きを封じられたシンシアは両手を上げて降参の意思を示した。
「……リオ君はなんとなく分かると思うけどさ、魔法使いと近距離武器使いが10メートルもない距離で相対した場合に魔法使い側は基本的に不利だ。だってやる前にやられるからね」
それはリオもシンシアも身をもって学んでいる。決闘の際は一応引き分けの形になったものの、シンシアが多少の犠牲を覚悟で突っ込んできていればリオに勝ち目はなかった。
「それでも魔法使いが勝ちたいなら、近距離戦で勝てるくらい鍛えるか、詠唱破棄で出の早い魔法でワンチャン狙うか。でもそれが出来るなら苦労しないよね。結局一番早いのは一緒に行動する仲間にサポートしてもらうことだ。それが現実的な解決策だよ」
展開されるジャックの理論に、2人は揃って感心し、示し合わせたように何度も頷いた。彼方から響く絶叫が耳に届き、その声の主が視界に写るまでは。
「くたばれサンドラアアァァァァァ!!!」
「落ちろやパティイイイィィィィィィ!!!」
飛来した2つの影は空中で衝突を繰り返し、熱風と火花を辺りに散らしながら何処かへ去っていった。
「魔法使いが、殴り合ってる……?」
「しかも空まで飛んで、どうやって……?」
高速で移動し近接戦も可能な魔法使い。リオとシンシアが束になっても出来ない事をあの二人は息を吸うかのように行っている。しかも空中で。唖然とするリオに対してジャックのかけた言葉は単純だった。
「お、あれはパティと、イグニアス家のご令嬢か。あれは例外!」




