深め合う友情
「ちくしょう、同年代にここまでやられるとは思わなかった」
「アタシもよ。しかもあんたまだ本気出してないでしょう。精霊の匂いがプンプンすんのよ。うんと濃くね」
「そりゃお互い様さ。うちらが本気でぶつかったらお祭なんて続けらんなくなっちゃうよ」
「ふーん。考えることは同じか。じゃあさ、アタシが今から言う事当ててみてよ」
「いいぜ、せーので言おう。せーの!」
「「決着はまた今度!何か美味しいもの食べにいこう!」」
二人は腕を動かすこともままならなかったので熱い視線を交わすに留めた。行動に起こさずともそれだけで充分に満ち足りた。
「……へへ。取り敢えずまんじゅうは半分こだな」
「……ふふふ。そうね、ゆっくり食べ歩いて残りの腹を満たすとしましょう」
「ああ、お嬢様。ようやく落ち着いてくれた……!そして新たなご友人との出会いにこのジェイブ、感激しております……!」
衝突の末に絆の芽生えを感じる二人の少女にその傍らで歓喜に震える執事。人間が互いに理解し合うこの風景は2人の美貌も相まって非常に絵になる光景だろう。この場が堅苦しい騎士団の詰所ではなく、更に2人が椅子に厳重に縛り付けられていなければ。
「本当にな、いい友情だと思うよ。騒ぎさえ起こさ無ければな!パティ、サンドラ!情に厚いお前達ならば、喧嘩の後処理に追われた騎士団員達の苦労にも、さぞ心を痛めてくれるんだろうな……?」
「悪かったわよ、カナン隊長。さっきから何度も謝ってるじゃん」
「そうだそうだ、こちとら腐っても最上級貴族の跡取りだぞ!体裁を考えるなら縄を解いてくれよ」
「喧しい!拘束については執事さんに許可を得ているので問題なし!こっちは君らの起こした火事の後始末で大変だったんだ。同じことを繰り返さないって証明が出来るまでは大人しく縛られててもらうつもりだよ」
人種や年代、人間性を問わずに沢山の人が集まる祭の特性上、多少の乱闘騒ぎなりトラブルが発生することは、騎士団も容易に予想できていた。だからこそ、それを踏まえて見落としのないようあらゆる場所に人員を配備し襲撃犯への対策も籠めて例年よりも多くの予算と団員をつぎ込んだ。
だが誰が想定しただろう。今年最初のトラブルがお菓子1つの奪い合いから始まったボヤ騒ぎだなんて。そしてそれを引き起こしたのが大貴族の一人娘と歴戦の傭兵崩れだなんて。隊長格2人の連携によって難なく拘束できたものの、当の本人達にはどうにも反省の色が見られない。
「全く面倒な真似をしたものだ。特にパティ、あなたはこちらの事情を知っている立場でしょう」
「おいおい、事情は知らんがパティだけを責めるんじゃねえ。うちらはもう一心同体、非難を受けるのも一緒さ」
「知らないなら黙ってなさい!というかそんな責任感があるなら喧嘩なんかするな!御三家の後継ぎの自覚は無いの?」
「お嬢様……、なんて涙ぐましい友情なんだ!友を庇うその姿勢に、このジェイブ、感涙でございます……!」
「こいつもお話にならないのか……?」
呆れるカナンをよそに、お嬢様とその執事は依然としてマイペースを保ったままだ。背後の扉から鳴ったノックに気づき、カナンはこの場から逃れるように扉を開いた。背を屈めながら部屋に入ってきた体格の良い中年男性はぐるりと周囲の人間の表情を見回した後、カナンと目を合わせて鼻で笑った。
「廊下まで響いてたぜぇ、カナン隊長殿。事情徴収が済んだんならとっととこのお嬢さんがたを解放してやんな」
「しかしメギス隊長、彼女らにまた騒ぎを起こされても困りますが」
「本気で戦ったらマズいって良識は持ってるらしいじゃねえか。それに名前も立場も分かってんだ、ルベロかムギ辺りを同行させときゃ充分枷になるだろう」
「話の分かるおじさんだな」「そうね、いいおじさんだ」
「おい、ガキ共。勘違いするなよ?素性が割れてる以上こっちはジャックなりイグニアス家にそれなりの要求が出来る立場なんだ。次は小突かれるだけじゃ済まないからな」
「ご、ごめんなさい」「反省しま〜す」
「分かりゃいい。子供は子供らしく、祭のルールに則って楽しんできな」
メギスは絵に描いたような笑顔で2人の縄を解くと、顎を振って自分に付いてくるよう促した。2人の少女がメギスの後に続いて歩いていくのを見送りながら、カナンは内心で思った。この人だけは怒らせたくね〜!
この世には単純接触効果という言葉がある。その物に出会う数や話す数、その他接触する回数が増えるにつれ、その物への信頼度、好感度が上昇していくという心理的現象を指す言葉だ。こと人間関係においては恋愛ごとに用いられ、この言葉を信じて意中の子にアタックし続け恋愛を成就させた者は多く、そしてそれ以上に「しょっちゅう話しかけてきて気持ち悪い」「もうストーカーじゃん」等の罵倒の被害者を生み出した罪深い言葉でもある。
当初は犬猿の仲であったシンシアとリオであったが、ビトーニヤで半強制的に行動をしたことで互いに「思ったより話の分かるヤツだな」と考えを改め、訓練の折には互いに改善点をアドバイスするまでの関係に至った。ぎこちなさは見せつつも初対面の険悪さとはかけ離れた雰囲気に周囲の面々は安堵し、2人の関係は無事にこの言葉の好事例として記憶に刻まれた。
太陽が地平線に半分沈み、『食の祭典』の1日目が無事に終わりを迎えて客足もはけてきた頃に街外れの森から2つの影が騎士団休憩用のテントへと向かっていた。その2つの影とはシンシアとリオであり、火の粉と旋風をまき散らしながら飛行する奇怪な光景にもめげずに研鑽を重ねて持つ体力の全てを出し切ったために足取りは重い。
辿り着いたテントの中に人の気配は無く、2人は入口近くの椅子に並んで座り込んだ。互いに深く息を吐き、黙り込む。ある意味仕事の延長線上にある戦法のアドバイスと軽い世間話では次元が違う。両者共に抱いていた嫌悪感を取り除いたものの「意見の違いで決闘までしたのに馴れ馴れしく話しかけて良いものか」という思考に支配されていた。勿論、人間関係は単純なプラスマイナスで図れるものではないのだが、そこは生真面目な2人である。過去の清算を第一にと言葉を模索している最中であった。手足を動かしていられる訓練中とは異なり、薄暗いテントの中では黙りこくるにも限界がある。先に口を開いたのはシンシアだった。
「あのさ……この前廃墟前で言ったこと、訂正する。被害者の安否も確かめずにシオンと相打ちを狙ったことを責めたけど。もしもカナン隊長やルベロさんが誰かに傷つけられたとして、その仇と対面したら。そこに守るべき市民が巻き込まれていたとしても、正直私は同じことをしたと思う」
「僕も謝らないといけない。勿論シオンを狙った事を後悔はしていない。でも、騎士として、あの場で最優先にするのは被害者だった子供の無事と安全の確保だったと思う。そういう意味じゃアッシュの方がよっぽど騎士団らしい行動をしていた。僕は騎士団に向いてないのかもしれない」
「別に向いてないことないと思うけど。犯人を目の前に奮い立たない方がおかしいもの。それにね、リオ。私は最初にあなたとペアって聞かされた時、実はすっごく嫌だったのね。でも今はそんなに苦じゃないの」
「それってどういう……?」
「私は入団からストレートで本部隊に抜擢された。自分で言うのもあれだけどエリートとか優秀とか、そういう側よ。その私がこう思ってるのよ、あなたと組むのも悪くないって」
「それは少し照れるなあ。でも自分でエリートって言い切るのはなんだか嫌味じゃない?」
シンシアはふふん、と鼻をならした。
「良いもん。抜擢されたのは事実でしょ?それと、アッシュさんが騎士に向いてるっていうのは間違いよ。彼が小さい頃から傭兵として出兵しているのは知ってる?騎士団にもいくつか資料が残ってるんだけど、あの人を端的に表すなら効率的で無慈悲って所ね。殺した数とその方法の多さが異常なの。直接見た印象とはかなり遠いんだけど資料の間違いかな?紛争時の資料って情報源があやふやな事も多いし」
「そんな事は……いや、考えたくないけどありえない話じゃないかも。彼の武器とか話しぶりとか、気になる部分はある」
リオにも違和感はあった。先のパッシェでの一連の事件の中で彼はそつなく考えて行動に移していたが、彼はそつなくこなしすぎる。まるで似た事例を何度も経験してきたかのように。その一方で無慈悲という印象はない。リーベに対する甘すぎる態度や普段の言動を鑑みても、むしろ情に厚いというイメージの方が色濃い。少なくとも、リオと出会ってからのアッシュと資料の中でのアッシュは大きく異なる人物像を描いているらしい。その点については、シンシアも同意した。
「まあ当時の騎士団もバタバタしてたらしいし、資料の信憑性を疑う方が自然かな。『子供を人質に立て籠もった犯人を足から輪切りにした』なんていかにも作り話っぽいし、『獲った首を相手に投げつけて戦意喪失させた』なんて、いかにも物語の悪役って感じで現実味ないもん」
「わ、輪切りの方を詳しく」
「ええ!?カナン隊長の持ってた資料をちらっと見ただけなんだけど。確か10年くらい前だったかな?反帝国派の残党が西大陸の観光街だったかを襲った事件で、犯人がそこそこ大規模なグループだったの。そこであ」
「お疲れ様!2人共。業務連絡をしたいんだけどいいかな?」
突如としてテントの入口から顔を覗かせたのはカナン隊所属のリドネだった。顔や服のそこかしこに煤を付け、よく見ると腕には軽く火傷をしている。表情には疲れの欠片も見えないが、何やら大きな仕事をこなした後らしい。
「ヒッ!?リドネさん!?」「わわ、お疲れ様です!」
「ん。明日以降の警備の話なんだが、私は急遽別の任務で動くことになってな。昼は私等3人で南門の警備だったが、そこを2人で頼む。他にも変更点はあるけど、基本的には2人ペアで動くと思ってもらっていいよ。それと輪切りの資料の信憑性は低いので鵜呑みにしちゃ駄目だ!それじゃ!2人で仲良く!」
リドネは最低限の連絡だけを終えると足早に立ち去った。まるで嵐のように。
「いつから話を聞いてたんだろう?最初から話に入ってくれれば良かったのに」
「それより、今日の夜はジャックさんが稽古をつけてくれるらしいんだ。本番に向けて、模擬戦のイメージトレーニングをしよう」
「そうしましょう。リオが後ろから指示を出す形式には慣れてきたから、実戦に近い形で試したいね」
一体いつからルベロが話を聞いていたのか。シンシアの小さな疑問は、自然と意識の外に消えていった。
「『……最初から話に入ってくれば良かったのに』。この後は本当に軽い雑談で悪漢が出たらどうしようだとか、まあ新人の会話にありがちな内容ッスね」
「仲が深まったのは結構。というかさ、お前も最初から話に混ざれば良かったじゃないか」
「2人の様子を確認するように指示したのはカナンさんでしょ。アッシュへの疑念を誤魔化したのはファインプレーだって褒めるとこですよ?」
カナンの追求をひらりと躱してリドネは堂々とした様子で焼串を口に運んだ。本来であれば上司に報告する場で飲食などは許されないが、そこは2人が騎士団入団前からの旧知の仲だからこそだ。何よりカナンの分まで買って貰っている。とはいえ犯人輪切りの件を思い出した後ではどうにも食指が動かない。
「にしてもシンシア達が仲良くなって万々歳っスねえ。あの配置が逆効果でトラブったらカナン先輩の責任でしたよ」
「初対面が最悪だったとはいえあいつらの気質自体は似通っていたからな。それはそれとしてアッシュ君の過去に興味を持ったのは残念だ。シオン一派討伐の中で彼の協力に疑問を持たれては面倒だからな」
「あの2人ならまだ信頼感の方が大きいだろうし支障は出ないよ。まあ面倒は置いといて、大事な1日目を乗り切ったことを喜ばないと。カナンちゃん今日も持ち込んでるんでしょ?お気に入りのワイン」
「……やっぱり分かるかぁ。他の団員には内緒だよ?」
大きな任務には秘蔵のワインを持ち込み、ストレス発散の手段にするのがカナンの悪癖である。無論作戦に支障を出した前例は無い。とぽとぽと乳白色のワインを注ぐカナンをぼんやりと見ながらリドネはふと、ある疑問を投げかけた。それはついさっき提示された任務についてである。
「ねえ、私が明日以降出張る任務ってどういうの?厄介なモンスターでも出現した?でもそれだと緊急性が低いみたいだし違うか」
「ああそれね。例のあれ、昼間のまんじゅうの取り合いがあったでしょ。護衛兼監視としてリドネとムギちゃんを出すことにした」
「いっ!?嫌だなあ、カナンちゃん。あの喧嘩止めたせいで火傷したのに。もう少しで顔に当たる所だっただけど!?」
リドネとカナンの関係性は遥か幼少期まで遡る。他の騎士団員の手前敬語で喋っているものの、2人きりで気が抜けた時は子供の頃の気安い間柄に戻る。ついでにカナンの仕事用の堅苦しい口調は師匠のカロリーヌ支部長への憧れの産物である。
そして何を隠そう、パティとサンドラの大喧嘩を治めた2人の隊長格とはリドネとムギである。暴れる魔法使いを相手に無傷で確保という訳にはいかず、御転婆娘達の動きを止めるまでに多くの団員が巻き添えを喰らい傷を負った。民間人に被害が出なかったのは奇跡である。
「いやホラ、監視も必要は無いだろうけど一応つけとこうってだけだから。むしろ楽な仕事だよ。明日の事は一旦忘れて、今日の頑張りと明日に向けて乾杯」
「か、かんぱ~い」
後にリドネは語る。あの日のワインは全く味がしなかったと。




