ジャック出没
「うっし、祭には余裕で間に合いそうだな。今日はここで休もうぜ」
旅の始まりから2週間弱、食の祭典が開催される前々日に一行はビトーニヤから数キロの地点に辿り着いた。周囲には同じくビトーニヤを目指しているらしき団体が複数テントを張っており、日の落ちる直前に野営をするには丁度いいタイミングだった。テントに入った記章は見慣れないものだが恐らくは何処かの料理ギルドだろう。うまい具合に空いていたスペースに椅子代わりの倒木を並べ、四人は焚き火を囲むように座り込んだ。
「明日はいよいよビトーニヤ入りだ。やる事やってできれば祭を楽しむぞ」
「そのやる事が中々デカいんじゃない、テロリスト逮捕なんて骨が折れそうだけど」
「そこは騎士団本部の加勢もあるからね。というか、彼等がメインの戦力で僕等はサポートが中心になると思うよ」
「そうだな。別に直接戦おうってんじゃない。悪い人の相手は本業に任せて俺達は俺達に出来ることをやればいい」
シオンは俺が倒すけどな、とアッシュは小さく呟いた。
「顔を知ってる強みを活かす、ですか?」
「その通り。明日から俺とリオは街中歩き回って奴等を探す。一応こっちの顔は隠してな」
「うん。その間に、パティとミーシャにはジャックさんを探しておいてほしいんだ」
「鍛えてもらいたいとか言ってたわね。それはいいけど今更その必要もないんじゃないの?」
自分がサポートの立ち位置だとリオ自身が言ったばかりだ。少なくとも数日中に彼が鍛える必要性はない。あくまで彼が期待されているのは「目」としての役割なのだから。
「いいや、シンシアとの試合で実感したんだ。僕には実力も経験も足りていない。少しでも経験を積むために、ジャックさんを頼りたいんだ」
「うんうん、誰だか知らんが関心するよ。立派なもんだね」
「本当に。あんたに鍛えてもらおうなんて中々見上げた向上心よねえ、ジャック。……は!?」
パティの振り向いた先、背後数十センチの位置に一人の男が立っていた。水色の髪に大きなボタンが目を引くロングコート、腰に差した細剣が特徴的な男は、その場に居た誰にも気取られることなくぬるりと空間に溶け込んでいた。
「久しぶりだねアッシュにパティ。2人が旅を始めてから2年?3年だっけ?五体満足そうで何より」
「マジか……祭に来るだろうとは思ってたがここで会えるとは思ってなかったぞ。紹介するよ、こいつ等はリオとミーシャだ。訳あって一緒にビトーニヤを目指してる。2人共、こいつが噂のジャックだ。普段は何でも屋として世界を飛び回ってる」
「主に護衛や探偵まがいの調査の仕事をやってるよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」「あ、よろしくです」
「礼儀正しくていいね。それで?僕に鍛えて欲しいって話だっけか」
「話早いな!どこから聞いてたんだよ」
「『明日はいよいよ……』のくだりから。アッシュ〜、大事そうな話なのに油断しすぎだぞ。筒抜けだった」
「あんなに近づいて勘付かれないのはお前くらいだよ。聞いてたんなら出てくりゃいいのに」
「会話に割り込むのはタイミングが難しいんだぜ。それより強くなら早いほうが良い。そうだね……。ミーシャ、ちょっと来てくれ」
ジャックはミーシャに手招きをして少し離れた位置にある開けた空き地に案内した。徐ろに左足で足元の落ち葉を散らすと手元から取り出した木の板を土の上に置いた。板の手前側には指紋を象った窪みが掘られており、反対側に埋め込まれた複数の石に向けて葉脈の様に導線が伸びている。石の色は赤、青、緑、橙と様々であり、それが各属性の魔石であることをパティはなんとなく察した。
「これは魔力適正判定機とでも呼ぼうかな。安物の魔石で作った間に合わせだけど中々出来は悪くないよ。使う前に確認しておくけど、人によって相性のいい属性があるのは知ってるかい?」
「はい、なんとなくですけど。人は生まれた時から攻撃魔法の属性の向き不向きが決まってるって」
「その通り。基本的に火、水、風、土の中で一つ、光と闇は努力次第って感じだね。たまに派生して氷や雷魔法を使う奴もいる」
「付け足しておくと、適正の無い魔法でも使えはするぜ。その代わりに出力が大きく落ちたり、物によっちゃ自分にもダメージがくるけどな」
パティもアッシュに続いて豆知識を語ろうとしたが、不安気なミーシャの内情を察して口をつぐんだ。最初からあまり知識を詰め込みすぎるのもいけない。そういえば、と隣に立つリオに小声で話しかけた。
「鍛えてもらうのってリオじゃなかった?」
「そのつもりだったけど、ミーシャにも自衛の手段は必要だよ。独り立ちしようって時に困るだろうしね」
なるほど、と一瞬思ったが少し喉に引っかかるものがある。こいつは奴隷を買う意味を軽く捉えてないだろうか?奴隷を解放する主人もいるが、その関係性はその場限りでそう簡単に途切れるものではない。そもそも親代わりを見つける話ではなかったか?という不平をぶつけようとしたが、ジャックはいよいよ実験という雰囲気であるし、ミーシャの前でその話題を口に出すのは気が引けた。
「じゃあ始めようか。方法はカンタン、指をかざして魔力を込めるだけ。光った魔石とその強さで相性と出力、言い換えれば魔法使いとしての才能が分かるってわけさ」
「は、はい。では……。これは、青緑?ですか?」
ミーシャの触れた板の先、風魔法を司る魔石は、本来あるはずよりも鈍く、濁った泥の様な色で強く輝いている。そして隣に嵌め込まれた水魔法の石も、同じく濁った色で、こちらは淡く光っている。
「な、なんか不吉じゃないです?あんまり綺麗な感じには思えないんですけど」
ミーシャが怯える様子にリオは答えなかったが、彼の呆けた口元からは不安げな様子が分かりやすく伝わってくる。対照的にアッシュの瞳は羨望と歓喜の輝きで満たされていた。恐らくパティ自身も同じ目になっているだろう。この即席アイテムの真価には疑問が残るが、この汚い光が持つ可能性を思えば喜びを感じずにはいられなかった。その解説は誰よりもその意味を理解しているだろうジャック先生に任せることにする。
「これはこれは……期待できるなあ。まずミーシャの適正は風魔法だ。それもかなり見込みアリのね。んで色が濁ってるのと青い石も光ってる理由は、水魔法との複合魔法の才能があるってことだよ。訓練次第じゃ、本来複数人で扱う嵐系の魔法も出せるかもしれない」
「嵐……。よく知らないんですけど、すごいんです?」
「ハッキリ言って凄いし珍しいね。遺伝的にも才能的にも恵まれてると思っていいよ。親に感謝だ」
「ありがとうございます!まあお母さんには売られちゃったんですけどね」
自虐にしてはいささかパンチが強すぎる。意外と図太いタイプなのか!?当の本人は発言の重みに気づいていないのか、ほわほわと自分の才能に喜んでいる様子だ。
「ははは、それは残念。まあ物は試しさ。この測定器の精度の実験も兼ねて、一発試してみようじゃないか」
言い終わると同時に、ジャックは赤と橙の魔石を外した木の板をミーシャに手渡した。次いで何やらメモ書きをすると、その紙切れも渡し、ジャックはミーシャから20メートル程の位置まで移動した。
「その板は臨時だが杖の代わりになる。詠唱はその紙に書いてあるとおり。遠慮はいらないから、板の先をこっちに向けて素直に読み上げるんだ」
「は、はい。ええと、天に逆巻く朧の万波よ、天を辿りて大地に吶喊せよ。『ウェイル・ペネトレーション』!」
詠唱と同時に魔石は先程の濁った輝きを再燃させ、前方へ向けてそのエネルギーを槍状に放出させた。濁流と旋風の入り混じった魔力の本流は月光の下で輝きを増し、その威力を炸裂させようとジャックへと迫る。
「良いね良いね!あの測定器は売ってもいい出来じゃないか?魔力の圧も初めてにしちゃ充分だ!」
「ジャックさん、避けて!力が、力が抑えられないです!」
「気をしっかり、僕は平気だから。……『ゲヘナ』」
いつの間にか杖を左手に携えていたジャックは自身の作品への自信を確信しながら、そう一言だけ唱えた。杖の先が赤く煌めくと同時に、ジャックの頭上10メートル程の空中に深紅の魔法陣が出現する。魔法陣の縁から一つだけ滴下した粒は漆黒の火種となって落下し、ミーシャの魔法の先端と衝突すると同時に破裂して周囲の景色を白に染めた。
「熱っ!!なにこれ水蒸気?」「火魔法で相殺しやがったな」
衝突から数十秒、一帯に満ちた水蒸気が発散して開けた視界に残っていたのは余裕気に腕を組むジャックと、その場に倒れたミーシャだった。慌てて駆け寄ったパティが抱きかかえるとミーシャは薄く目を開いて反応した。目に付く範囲で外傷はない。
「ねえ大丈夫なの!?意識ははっきりしてる?喋る余裕はある?」
「大丈夫、です。魔法を打った後にちょっとフラッときちゃって。少し休めば何とかな」
「うるさいそんなに喋らないで!安静にしないと!」
「……それは理不尽じゃないですか?」
「魔力の栓を一気に開いたからバテただけだ。鍛えればすぐに平気になる」
呆れるアッシュとリオの傍に、いつの間に近づいたのかジャックが佇んでいた。手には真っ二つに割れた木の板と4つの魔石を持っている。
「魔法を打った影響で壊れちゃったみたいでさ。ミーシャの魔法の練度の低さもあるけど、思ったより出力が高かったみたい」
「ええ、あの嵐魔法の威力には驚きました。それにジャックさんの魔法の方も、僕あんなの見たことないですよ」
ジャックが詠唱も無しに召還した魔法陣。そのほんの一部だけで嵐を相殺するなど、リオはおろか騎士団の先輩でも不可能な芸当だった。
「そりゃ最上級魔法だからな。普通に生きてりゃお目にかかる機会もねえよ。これで本職が近接なんだから嫌になるよな」
「へ、へえ。それは凄い」
「今ちょっと引いたよね君」
「でも、さすがだと思います。色々教えてもらえてよかったです」
3人が雑談をするうちにミーシャも調子が戻ったらしく、確かな足取りで歩み、3人の会話に加わった。
「最初のうちは魔力を込めがちになるから意識して抑えるといいよ。パティは風魔法が得意だから細かい調整やおすすめの魔法はそっちに習ってね」
素直に頷くミーシャに微笑むとジャックはリオに向き直った。
「じゃあ次は君の番だ。多少は手慣れてそうだから魔力変換の効率や立ち回りについて様子見してみようか」
「はい、お願いします!」
「アッシュ達は僕の借りてるテントで先に休んでなよ。僕の名前だせば問題ないから」
「おう、ありがとう」
案内されたテントは5人揃ったとしても充分に足を伸ばして使用できるだけの広さがあった。3人は端に積まれた毛布にくるまり、しばし談笑した後に眠りについた。




