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想定外

「悩みがある?面倒くさいなあ。は?聞かないとは言ってないから。で、なに?言ってみなさい」


 オークションギルドを出発した日の夕方、一行は森の中の開けた土地を野宿地点として夜を越す用意をしていた。一行は二手に分かれ、アッシュとパティは野草や水の確保をしていた。夕飯の足しにしたいとアッシュが提案しての分担だったが、当のアッシュは神妙な表情だった。見かねたパティが理由を聞いた所、なんと彼には悩みがあるのだという。弟が顔に出る程の悩みを抱えるのは珍しく、パティは内心穏やかではなかった。だが、ようやく口を開いた弟の悩みは可愛らしくも情けなく、パティは呆れ混じりで笑った。


「リオとミーシャちゃんと話しにくい?ハハハハ……くだらねー。まあ気持ちは分かるけどね?あんだけ啖呵切った手前、リオとすぐ仲直りってのは厳しいだろうね。でもミーシャちゃんと話しにくいってのは分からないな。あの子控えめだけど返事はちゃんとしてくれるよ?」

「助けなくていいって言った手前、やっぱりどうも話しにくくてな……。しかもリオにぴったりついて歩いてるから二重でやりにくい」

「ハッ。何を悩んでるかと思えば。乙女かよお前は。ミーシャちゃんがべったりなのは仕方ないって。アタシが見るにあの子はリオに惚れちゃってるからね」


 仮にリオがミーシャを助けなかったとして、彼女がどのような扱いを受けていたかは、オークションの客のどこか惚けた表情を見れば想像がつく。ミーシャも幼いなりに覚悟はしていたのだろうし、その運命から救ってくれたリオにすぐ懐くのも順当な思考だろう。


 ミーシャにはまだパティ達が連れ立って旅をする理由を話していない。とはいえ、ミーシャの立場から見たアッシュとパティは騎士団のリオに協力する善良な一般市民であり、事実パティが軽く自己紹介した際も、遠慮がちながら好意的に応じていた。


 リオに関しても先のオーディションで何も違和感を感じない程単純ではない。アッシュとの意見の食い違いも話せば納得するだろうし、そもそもミーシャをオークションであっさりと落札できたのはパティが世界樹の弓を売り払ったからこそのだ。それをパティがひけらかすつもりはないが。ともかく、アッシュとリオを隔てる壁はそう高いものではない。


「きっとリオも頑固になりすぎったって後悔してるよ。ミーシャちゃんもアッシュの事が気になってるだろうし、軽いカンジで話しちゃっていいと思うけど」

「……リオがいいならいいけどよ。先に暴力振るった側が軽いノリで行くってのは筋が通らねーだろ」

「そこはお互いの気が済むように上手く謝れよ。一個アドバイスしとくけど、ミーシャちゃんにはお前から話しなよ。赤いコートにおっきな矛まで構えて結構威圧感あるんだから。……ったく、面倒くさい連中だなあ。……ようし、もういいや。やっぱもうお前から話さなくていい」

「はあ!?俺は今どーやって話すかって事を真剣に悩んでるんだぞ」

「うるさいなあ、気持ちを伝える手段は言葉だけじゃないでしょ。いいから黙ってアタシの言う通りにしなさい!」


 そんな宣言から数十分後、パティは鍋をかき混ぜていた。材料は、近くで採れた野草に、そこらをうろついていた兎、落ちていた木の実。身近にある素材を活かしたパティなりの最高級の料理である。鍋の対岸ではミーシャがアクを取る様子をじっと見つめている。


「あ、あの……。アッシュさんとリオさんはどこに?」

「今2人には追加の薪を集めてもらっててねー。まあ待ってなって、すぐご飯にするからさ。てかミーシャちゃんさあ、ぶっちゃけリオのこと好きでしょ」

「え!?い、いや……、はい……。あのテントの中で、リオさんだけが真っすぐに私のことを見てくれて、リオさんは私を助けてくれて、それで、優しく手をとってくれたんです。だから、私はあの人についていって、今度は私が助けになりたいなって……。な、なんて言っても、私は買われた立場だから、リオさんが言えばなんでもしなくちゃいけないんですけど」


 甘い甘い。純粋すぎてお腹が一杯になりそうだ。アッシュには半分冗談で言ったのだが、この娘の気持ちは思ったより本物らしい。少々依存気味な気もするが。


「ふうん。ま、リオに奴隷を買ったって意識はないだろうし、嫌で断れないような事があったらアタシに言ってね」

「パティさん、アッシュさんのお姉さんなんですよね?アッシュさんって、どんな人なんですか?あまりし喋らない人だから分からなくて。ご、ごめんなさい!わ、私が言えたことじゃないんですけど」


 そ~れ見たことか!あのアホゥ!パティは内心で叫ぶ。一緒に行動する同行者のことが気にならない人間などいない。素直に話しかければ何事も無く済んだものを妙に繊細な考えをしているせいで余計な手順を踏む羽目になっている。とはいえこんな事はパティの想定内だ。そのための手は打ってある。


「いや~いつもは結構喋るのよ?今日はなんだろう?睡眠不足とかお腹壊したとかかな?ホラホラ、2人共帰ってきたみたいよ」

 

 パティの指さした背の高い藪の向こうから2つの足音が聞こえてきた。草をかき分けて鍋の周囲に座り込んだアッシュとリオは、揃って憑き物が落ちた表情をしている。


 パティの案は案と呼ぶほどでもない単純なものだった。アッシュとリオは互いに話したいと思いつつもそのきっかけを見いだせないでいた。そしてアッシュはミーシャとの話難さや話題の乏しさに悩んでいた。


 ならば解決方法は簡単だ。蟠りを持つ2人にタスクを与えつつ周囲に他者のいない状況を作る。根から真面目なリオのことだ、場さえ用意すれば対話をする姿勢を見せて自分から話そうとするだろう。結局の所どちらから謝ったのかは不明だが、2人のすっきりとした顔を見れば分かる。作戦は成功だ。


 そして今4人で鍋を囲んでいる。今回は鍋をそれぞれが突く形式上、常に向かい合って食事をとることを強制される。となれば否応なしに会話が生まれ、なんやかんやでミーシャとアッシュは互いに打ち解けることができる筈だ。パティの目論見に気が付いたのか真っ先に口を開いたのはアッシュだった。


「なあパティ、途中で悪いが、この鍋を預かってもいいか?」

「ん?別にいいけど。あんたの料理上手いし」

「へへへ、今日買ったばかりのいい香辛料があるんだ」


 そう言うと同時に複数の革袋と瓶を取り出して傍らの木の板の上に並べていく。どうやら瓶の中身は豆のようだ。アッシュは瓶から取り出した茶色の豆を砕いて鍋の中に投入していく。続いて切り揃えられた野菜類、色とりどりの香辛料と、少しづつ量を変えながら投入。きっと彼なりの細かい調整があるのだろう、パティにとっては産地も名前も分からない謎の粉だ。


「これでかき混ぜて……、肉は少し焦げ目がつくくらいでいい。最後に生姜を撒いて完成だ!具は卵と一緒に食べてくれ」

「あ、いい匂い……」


 たった数分の間に、パティの鍋は一級品の料理へと変貌していた。食べずとも発色の良い野菜を見れば分かる。きっと美味しい。躊躇したリオに先んじてパティは具材を取り分ける。リオとミーシャはゆっくりと兎肉を口に運ぶと、じっくりと肉を噛みしめ、飲み込んだ。そして黙ったまま次の野菜を食べ、スープを飲む。その沈黙こそが、ある意味アッシュの料理への最大級の賛辞だ。早々と取り皿を空にすると、ミーシャは輝かせた目をアッシュに向けた。


「ど、どうしてこんなに美味しい料理を作れるんですか!?凄い才能ですよ!」

「そうだよ、今までは手早く済ませてたじゃないか!こんなに上手に作れるなら早く言ってくれよ」


 リオも続く。旅立ちから数日の間、アッシュが調理にここまでの手間を踏んだのは初めてだった。


「今日は良い具材が揃ってたからな。それに才能なんてもんじゃない、訓練の賜物ってだけさ」


 大した事ないふうに軽くあしらっているが頬が少し赤らんでいる。鍋の湯気のせいだけではないだろう。


 鍋がきっかけで話が弾み、3人が朗らかな表情で話しているのを見ているだけで、パティは満足だった。そしてどれ程時間が経っただろうか、夜も更けて皆が眠りについた後、アッシュとパティは再び焚火を囲んでいた。


「リオには逆に謝られたよ、僕が先を急ぎ過ぎたってな。鍋も普段より気合が入った分いいもんが作れた。全部パティのおかげだ」

「……フン、アタシはもっと甘い味付けが好みだけどね。反省しな」

「悪かったよ。それにしても今回は本当に助かった。2人と話すお膳立てから鍋の下準備まで、世話になった」


 おっと?本日初めてパティの想定外の言葉が聞こえた。


「鍋の下準備だ?」

「え?いや、わざとテキトーな具で作ったんじゃねえの?出汁も碌に作らないで。ホラ、前作った時はもっときちんと手順踏んでたろ」

「アタシなりに手順を踏んだんですが!?」

「は!?あれで!?」


 あれ、とは。一体パティ渾身の一品は彼の目にどのように映っていたのだろう。


「家にいた時はアッシュが料理担当だったし、たまに作る時も、細かい味付けも任せてたからッ……!」

「え!?」

「いいか!?アタシは料理ができないと思うなよ!?単に知らないだけなんだから!!そこん所勘違いしないでよね!!!お前言ったよな、料理は訓練の賜物って!!!アタシもいつかそこに追いつく!!!」

「ん!?……おう、分かった。待ってるぜ」

「だから料理を教えてね?きっちり、丁寧に」

「……おうよ。任せな」

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