奴隷になりに来た少女
「あれ見てよ、テントがいくつも張ってあるよ」
「移動系商業ギルドが停泊中って感じかしらね~」
花の街パッシェを出発してから数日経った昼過ぎに、一行は森林内の高台部分に設営された複数のテントを発見した。人の気配や周囲に複数立てられたのぼりから営業中だと察せた。
テントの手前では恰幅の良い髭面の男と、眉の上で切り揃えた前髪の特徴的な少女が何やら話している。髭面の男は手振りを使って何事か教えているようで、少女は懸命に頷きながら男の動きをじっと眺めている。男は3人の視線に気づいて振り向くと、弛んだ頬肉を揺らしながら駆け寄ってきた。肥え太ったという表現がぴったりと当てはまる体格の男の、左手の指全てに嵌まった指輪やいかにも高級そうな服は彼の金回りの良さをこれでもかと主張していた。
「どうもどうも、いらっしゃいませ。私はギルドリーダーのベルと言います。あなた方はうちのお客様で?」
「私達は旅の者ですわ。こちらのギルドは何を取り扱っているのかしら」
「武器、防具に素材や食品と、旅のお方に必要な大抵の物は扱っております。他のギルドより値は張りますが、質の高さは保証しますよ」
「あら、それは素晴らしいですわ。折角なので案内を頼もうかしら、そちらのお嬢さんに案内を頼んでもよろしくて?」
「いえ、これに案内はできませんので。よろしければ別の者を」
「あらそう、ならいいわ。準備中みたいだけど、いつ開くのかしら」
「明日の夜でございます」
「ではその時にお邪魔しますわ」
「ぜひ、お待ちしております。では」
男は言葉の終わりに一礼すると少女の元へ戻っていった。ベルに連れられてテントの裏に去る少女の、いやに汚らしい恰好が印象に残った。リオはパティの受け答えを棒立ちで聞いているだけだったが、その会話の一部に違和感を覚えていた。
「なんだい準備中って。見たところ、普通に営業中みたいだけど」
「この手のギルドに如何にも金持ちぶった態度で話すとそう言うのさ。今絶賛販売中の商品はカモフラージュで、メインの商品を扱うのは夜だけ。奴等はそこらの商業ギルドじゃないってことだ」
そう嘯くアッシュの表情は険しく、内に秘めた不快心がありありと見てとれた。
「表に流通しないレア物をオークションで売買してるんだよ。盗品に違法素材、それに人。さっきの女の子みたいにね」
黙り込むアッシュとは対照的に、パティはあっけらかんとした態度でそう教えてくれた。
「な……」
言葉が出なかった。そんな悪行を白昼堂々行うギルドの連中にも、それを当然のように受け流すパティにも。
「なんだよそれ、そんなの許していいのかよ」
「正義感で全部上手くいくならお前ら騎士サマはいらねぇよ。法にもギリギリ触れていない、それで食
っていく奴もいるって話だ」
答えたのはアッシュだった。
「へえ、随分と冷静だね、これから売られるかもって子を見てるのに。そうだ、あの子を買うことってできないかな」
返答は無い。だが二人が賛成していないことは視線で明らかだった。射抜く視線を浴びたまま体感で一分程経った後、アッシュによって沈黙は破られた。
「お前さあ、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「あの子を買って保護するんだよ、彼らのルールの中なら文句もないだろ?」
「その後は?」
「親を探すか、いなければ近くの街まで送ろうよ。大きい街ならそういう保護施設だったり里親になってくれる人もいるだろ」
引き取り手を探すんだ、というリオの言葉が外へ出ることは無かった。突然左太腿に鈍痛が走り、それがアッシュの蹴りによるものと理解する前に、乾いた土とのキスを強要される。見下ろすアッシュの表情は逆光で見えないが、少なくとも笑顔ではない事は分かる。短い付き合いだが、アッシュが冗談で暴力を振るうタイプでないことは知っていた。
「いっ……痛いなあ。何するんだよ」
「もう一回言うぞ。自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「何回でも言うさ。あの子を買って保護するん……」
間髪入れずにアッシュのブーツが鳩尾にめり込む。予期しない衝撃を受け、体内の空気が口から溢れ出す。何故アッシュは態度を豹変させたのか。どうして蹴られなくてはいけないのか。答えを聞くために口を開くが、リオの口から排出されたのは生温い空気のみだった。
「教えてやるよ、リオ。お前は中途半端なんだよ。正義感だけで動いて、その癖後始末は人に丸投げだ、迷惑な野郎だよ。親が見つかるまでシオンを追いかけるのは中止か?引き取り先が信頼できるって判断には何日かけるつもりだ?どうせ考えてないんだろうが」
「そ、それは助けてから考えることだろ。あの子を助けない理由には絶対にならない。それに、君らしくない。あんなに必死になってリーベを助けた君が、どうして反対するんだよ」
「それとこれとは話が別だ。少なくともさっきの女の子とリーベちゃんじゃ優先順位が違う」
何の差だよ。お前の好みか?気分が乗らないってのか?どちらにせよ、リオには理解の及ばない話だ。
「いいさ、特対者だの旅の仲間だのって言っても常に一蓮托生って訳じゃないんだ。僕はあの子を助ける。君はゆっくりとお買い物でもしててくれよ」
「おい待てや!」
言葉一つではリオの勢いは止まらない。正義とは、賛同を得る為に行うものではないのだ。リオはまだ痛みの残る足で立ち上がると、アッシュに背を向けて商業テントの一角へと向かった。オークションが開催する明日の夜までに、彼女を買うだけの金額を揃える。その為に少しでも金品を売り、軍資金を貯める必要がある。リオは自分が冷静でないことも、勢いで突っ走っていることも自覚していた。しかし、目の前で暗い道に落ちようとしている少女を前に、足を止めることはできなかった。
「……あれは、自分に酔ってる?正義感の暴走て言った方が格好いいかしら」
「自分に自信があるのは良いことだろ。そういえばお前ずっと喋らなかったな」
「だって見てられるものじゃなかったから。話は聞いてたよ。で?言うことあるんじゃないの」
「…………、取り乱して悪かった」
「あの子を助けるべきじゃない根拠は?」
説明の前に、アッシュは少女が売り物だと予想できる根拠を話した。いくら儲かっているギルドとはいえ商品の説明も出来ないメンバーを置いておく理由はない。ボロ布の様な服装も奴隷だという裏付けになる。先程教えてた内容も買い取り先へのご挨拶の手順かオークションの段取りあたりだろう。その辺りの考えはパティ自身の予想と離れていなかったため、パティは黙って続きを促した。
「問題は、買われる事があの子にとって幸せになるのかって事だ。誘拐されてここに居るなら論外だ、その場合はリオが出張ればいい。騎士団の権力なりで差し押さえれば家に帰してやれるだろうな。厄介なのがもう一つのパターンで、多分今回はこっちのケースだ。それが、」
「スラムあたりの出身で身寄りも無し、もしくは事情があって望んでオークションに出品されたパターン」
パティの言葉に、アッシュは重々しい表情で頷く。
「場合によっては買われた方があの子の幸せになる可能性がある。あの身なりが客へのパフォーマンスでもなければスラムで拾われたのが妥当かな。買われた先で多少ひどい扱いを受けたとしても前より生活水準は上がるだろうし、肉体的には健康的な生活を送れるだろうな」
「助けたとしても信頼できる引き取り手を探すのは時間がかかると。あの子がどう思っているかを抜きにすれば、まあ助けない理由も一応は説明がつくわね」
「……、あの子が売り物にされる事を心から望んでいるとは思わない。それでも食事に困らない生活ができるならゴミ溜めで野垂れ死ぬより良い。俺はそう思う」
「……そうだね」
尊厳は失おうとも生きていけるが、栄養が無ければ人はあっさり死ぬ。何者でもなかった少年に名を与え、現在のアッシュを形作る基になり散っていった2人の話はパティも聞き及んでいる。彼女等の存在を背負うアッシュだからこそ少女の幸せを切に願う言葉には重みがあるように思えた。しかし、それはそれとして。
「理屈は分かるよ。アッシュなりに充分に考えたことも。でもさあ、その意見をリオが理解できるように説明した?」
「あの時は頭に血が昇って」
「お前蹴り返されても文句言えないからな?」
ぴしゃり。その一言だけを告げてアッシュを黙らせた。
とはいえ、口では窘めつつも内心ではパティはアッシュ寄りの考えだった。今回の件がアッシュの地雷でリーベの事件と類似している事を差し引いてもリオの考えは短絡的で先走りがすぎる。彼がヒーローを夢見るのは結構だが暴走した結果次第では他人の人生を壊しかねない。変に奇をてらうなよ、と祈りつつパティは次の一手を思案した。
モンスターを倒し、素材を剥ぎ取って換金所に持ち込む。触媒に有用なキノコを収穫し、近くに滞在していた魔法使いに売り込む。そんな事を繰り返す間に空は白み朝日が周囲を照らし始める。意外にも、商業ギルドの停泊地の周辺では希少な素材が多く採取できた。彼らが目立たない地域を好む分、手つかずの自然が残る場所にテントが立っていたのだろう。
結果として、リオは手持ちの備品や騎士団の給与を加味して人間1人を購入できるだけの金額を手に入れることに成功した。だがこれで万事解決とはいかない。オークションの相手は普段から奴隷を購入する商人共だ。彼らが少女にどれだけの価値を見出すのかを判断できない以上確実に購入できるボーダーラインは一切不明なままなのだ。気を引き締めるべく露店で買ったフルーツを齧り、リオは森へと歩き出した。使命感で満たされた彼にとって、袖に付いた黄色い果汁は気に掛けるにも値しない些事だった。
パティは驚愕した。まさか本当に成し遂げるとは思っていなかった。アッシュの無茶は毎度の事だが、リオにここまで努力するだけの根気があったとは予想していなかった。夜の森に入ろうとするリオを追うアッシュを見た時は流石に少し引いた。夜のモンスター相手に1人で敵うと思い込む方が馬鹿なら、それを1人で、しかも裏からサポートしようと実行する方は阿呆だろうか。ベッドに体を預ける阿呆は流石に消耗したようで、瞼は今にも落ちそうだ。
「よくやるわホント。お疲れ様」
「ガキのお守り1つできねぇでどうするよ。それより姉ちゃんの方は無事上手くいったんだろうな」
パティがサムズアップで応えると、アッシュは安心したのか一息で眠りに落ちた。疲れも相まって凄まじい寝付きの良さと深さだ。多少突いたくらいでは起きないだろう。まさか死んではいないだろうな。パティはアッシュの頬を左手で掴んで遊びながら、手元に取り出した紙きれの内容を再確認した。
紙面はオークションの参加者とその居場所のリストで埋まっている。裏面にはついでに調べた競りに出される商品の情報も。ミーシャという名前らしい少女はやはりスラムから連れてこられた者で間違い無いらしい。全く、我ながら一晩で良く情報を集めたものだ。
「よぅし、後は偉大なるお姉様に任せない」
パティはリオが好きではない。妙な所で我の強さを見せる性格だったり騎士団という職業が目に付くのが理由だ。それらの要素が余計にパティの心象を悪くしている。
だがアッシュはリオを気に入っている。アッシュが気に入ると言うならばこちらも歩み寄る努力くらいはしてやろう。アッシュがここまで尽力したのならば手を貸すくらいはしてやろう。何故なら私の心は深海の底まで深く、力は火山の噴火にも負けないのだから。そんな持論を振りかざしながらパティはテントを出た。目的地はもちろんリストに載った参加者の居所だ。
人間、その気になればどんな事でも出来るとは誰の言葉だっただろうか。既にオークションが開始して30分、リオの精神は予想に反して安定していた。それは隣に座った参加者の雰囲気が好々爺然としていて緊張感を抱かせなかったのもあるだろうが、オークションの品物が一般に取り扱われる品物と大差なかったのが一番の理由だった。
勿論高価、希少な代物が多い。しかし事前に想定していた違法素材、曰く付きの逸品といった品物はどこにもない。上手く出所を隠しているのか、今回が偶然そうなっているだけなのかは判断がつかない。ふと、アッシュの言ったこのオークションは合法、という言葉が頭をよぎった。なら人間を売るな。
「お次は芸術の街サンチェリア出身のこちらの少女!蜂蜜色の髪と年に似合わぬ美貌が特徴なこの娘の名前はミーシャ、ミーシャでございます!主人に尽くす12歳の少女は生活に彩りを与えるでしょう!特段秀でた能力も無いので最初は30万から!」
吐き気のするようなアピールだ。ミーシャと呼ばれた少女は精一杯笑顔で振るまっているつもりなのだろうが、口の端が引き攣っている。これではいい見世物だ。
「40万!」
「お!いいねえ騎士団のお兄さん!いい趣味をしていらっしゃる!うちは職業差別はしませんよお。さあさあ他のお客様!もっと出してやろうって気概のある方はいませんか!?」
リオに出せる金額の上限は80万だ。それは『カルテッロ』追跡任務のために支給された金も含むが、事が及べば躊躇はしない覚悟を決めてきた。しかしそんなリオの覚悟を無視するように、オークション会場に追従して声を張る者は居らず、司会の煽りだけが虚しく響いていた。
「40万!40万ですよ、女の子一人で!何で一人も出さないんです!サクラだって……、ああいや、いませんか、本当にいいんですね!ああもうッ」
依然として手を挙げる者はいない。ふと横に座る老人の見ると、袖口から包帯が覗く手をぷるぷると震わせ、壇上の少女を物欲しそうに眺めている。ちらりと周囲を見回すと、似たように体を震わす参加者が散見された。なんて気持ち悪い光景だろうか。そして傍目にも分かるほど欲を滾らせておいて、何故名乗りを上げて金額を宣言しないのか。まさか騎士団であるリオに遠慮しているのか。オークションとはそういう物なのか?思案するリオをよそに、オークションの結果はあっさりともたらされた。
「では落札!ミーシャの権利は40万でそちらの騎士団の彼のものに!」
「よ、よろしくお願いいたします、ご主人様」
乾いた拍手に囲まれる中、リオはあっけない幕引きに動揺を隠すことができず、それでも少女に笑いかけた。少女の目には、リオはどう写っただろうか。きっと他の客達と同じく、気持ちの悪い顔に見えただろう。
全てがパティの想像以上に想定内だった。スケベ親父共を抑えつけて最悪の事態を防ぎつつ、リオも破産することなく目的を果たした。椅子に座ってまたも眠りこけて船を漕ぐ弟は少し疲れ損な気もするが、一晩も戦い抜いた事も本人的には満足なのだろう。
パティに言わせれば、アッシュも大概中途半端な考えをしている。ミーシャの今後を考えて助ける必要は無いと合理的に判断するまでは良い。それを完璧に切り捨てられずに一人で憤り、あまつさえリオに激昂して蹴りつけるのでは意味が無い。二人が冷静に話し合えばもう少し楽に事が進んだ可能性だってあったのに。弓矢の席が空いた違和感の残る背中を右手で掻く。世界樹の枝を一本丸々使ったとかいう曰くのついた逸品であり、数年間背中を任せた相棒でもあった。手放すには惜しかったがギルドリーダーのベルを納得させてサクラを黙らせる手段としては一番手っ取り早かった。
「まあ、人一人の命を買ったと思えば安い買い物かもね」
「あれジャックに借りたやつだろ。怒られるんじゃねえの」
「起きてたの。あいつは別に許してくれるでしょ、自分だって散々人のを壊してきたんだから。ねえ、見て。あれ、リオとミーシャちゃんじゃない?諸々の手続きが済んだみたい」
パティが視線を向けた方からは満足気に手を振るリオと、ぎこちなく頭を下げるミーシャがゆっくりと歩いてくる。ミーシャは今までと違って小さな鞄を抱えていたが薄汚い衣服はそのままだ。新しい服と、靴や櫛なんかも買う必要があるだろう。
「上手くいったんだな。じゃあ俺果物かなんか買ってくるから。先出発しててくれ」
「おい逃げんな。気まずいだけでしょ?リオだってきちんと話せば納得するしミーシャちゃんはそもそも事情を知らないわよ。ほら行くぞ!」
パティは未だに腰の引けた弟の手を引き、新たな仲間の元へと歩み出した。ビトーニヤでは複数の街を襲ったテロリストと正面から相まみえることになる。巻き込まれればミーシャは無事では済まないだろう。大本の目的を達成する上では、今回の出来事は一行にとって守るべき対象が増えた形になるために後退したと言っていい。それでも、今だけは純粋に彼女との出会いを祝福したかった。ここからビトー二ヤまでは歩いて丸一日、祭の開催は三日後に迫っていた。




