猪鍋
「それではまた、祭典前日にビトーニヤで落ち合おう。リオ君、道すがらモンスターには気を付けて」
「了解しました」
リオとシンシアの決闘から2日後、アッシュ達はカナン隊の見送りに来ていた。祭まで日はあったが、早めに到着して色々な打ち合わせをする必要があるらしい。うやうやしくお辞儀をするリオを見て、カナンは後ろに控える部下を前に追いやった。
「シンシアも挨拶しなさい」
「え!?まあ、了解しました。リオ!覚えてなさい、今度の勝負で決着をつけるんだから」
「ああ。そうだね。次に会う時まで鍛え直しだよ」
「うむ、互いに意識し合い高めあう。素晴らしい関係性だな!」
「なんで隊長が一番テンション高いんスか。そろそろ出発しましょうよ」
「それもそうだ、ではさらばだ。アッシュ君も当日は頼むぞ」
「ああ、じゃあな」
街道に砂埃を巻き上げ、カナン率いる一隊は北へ向けて馬を走らせて去っていった。遠のく足音を追うように、3人は蹄に踏み鳴らされた道を歩き出した。
「……馬借りるとかさ、一緒に乗せてもらうとか無理だったの?」
「そーいや聞かなかったな。でも一緒に行きたくないだろ」
「そりゃね?でもあんた力を貸してる側の立場じゃん。ちょっとくらいゴネても文句言われないでしょ」
「オウオウお願いしといて足も用意できねえのかよ!?みたいな?」
「ウゼー!こりゃ殴られても文句言えないわ」
「「ハハハハハハハ!」」
互いに顔を見合わせ笑い合う。一晩眠って疲れが取れたせいかおかしなテンションになっている。
「次会ったら言ってみなよ。隊長さんがどんな顔するか見てみたいわ」
「カナンさんは苦労人みたいだからな、あのおっとり副隊長あたりを困らせてみるか。……リオ、なんか元気ないな。大丈夫か?」
「ああ、平気さ。怪我も残ってない」
肉体的には健康なんだろう。だが精神的に参っているのは明らかだ。アッシュがリオの口から決闘の経緯を聞いたのは、2人の決闘が終了した日の夕方のことだった。リオがシオンと会敵した際に選んだ後先を考えない行動が、シンシアの逆鱗に触れたらしい。シンシアの目には、子供の安全も確保せずに向こう見ずな手段をとったリオはさぞ無責任に写ったことだろう。
リオからすれば、あの場面で絶対的な実力差のある敵を倒す唯一の可能性に賭けたことはベストな選択なのだ。アッシュはどちらも間違った意見だとは思わない。そして、だからこそ衝突した場合に分かりあうことはできないとも思う。
そもそも論点がかけ離れているのだ。それでいて肝心の決闘はバテて倒れたせいで相打ち。力の限り暴れた分すっきりはしたようだが、煮え切らない部分があるのは確かだろう。リオが沈痛な面持ちで「悔しい」と言ったのを、アッシュはよく覚えている。
「一昨日も言ったけどよ。場所と手札が割れてる魔法使いなんて大したことないからな。お前が不利なルールでよく頑張ったと思うぜ」
「でも納得できないんだ。今ならシンシアの言うことも一理あるって思うし。でもこう、心のどこかで落ち着かないんだ」
「じゃあ言ってみなさいよ。どうなりたいのか、これからどうしたいのか」
「……。僕に足りないのは力だ。僕はもっと強くなりたい。シンシアよりも、カルテッロの連中よりも。それで出世して、もっと沢山の人を守りたい」
「ならもっと鍛えないとな。丁度いい、あいつらで試してみようぜ」
お誂え向きに、街道の脇から猪型のモンスターが10匹程現れた。恐らくカナン隊の馬の気配にあてられて興奮したのだろう。仄かに赤みを帯びた鼻を鳴らしながら、前足で固い地面を何度も叩いている。この手のモンスターは興奮すると動きがより俊敏になり、ひたすら愚直に突っ込んでくるようになる。
面倒だがリオの訓練相手としては都合がいい。後ろを見ると、同じく鋭い目つきの猪が更に8匹、フゴフゴと鳴きながら退路を塞いでいた。
「まあ大漁。今夜は猪鍋ね」
「俺とリオで前をやろう。パティは後ろの頼む。距離とれば何とかなるだろ」
「ハイハイ。あんたら足潰されるんじゃないわよー」
言うが早いか牽制の一矢を放ち、後方の猪が怯んだ一瞬の隙にパティは脇の獣道へ分け入っていった。矢に触発された後方の猪は残らずパティを追いかけ、草花を踏み荒らしながら森の中に消えていった。
「こっちは一匹ずつやろう。今回は俺の指示に従って援護を頼むよ。あ、氷は直接当てるなよ。命中精度の訓練ってやつだ」
出会ってから一週間、アッシュとリオが協力してモンスターを討伐する機会は何度かあった。その中でリオが抱いた印象は、「割と手際がいい」程度のものだった。瞬発力や腕力は同年代より優れている。モンスター対策の知識も豊富で、部位の解体や後処理も素早い。だが、それだけだ。飛びぬけた他に無い個性を持ち合わせている訳ではない。そう思っていた。
だが、いざ指示に従って連携となった時、リオは彼の秘めた実力の真価の一端を感じ取った。
「足あげた奴止めろ!」
「アイスバレット!」
飛んでくる指示に従い、アッシュの横腹に突進しようと身構える猪の手前に数発の氷弾を落とす。先程からこの繰り返しだ。視界に全ての猪が入っている筈もないのだが、彼の指示は背中に目がついているかのように正確だった。既に事切れた猪を氷漬けにして鮮度を保ちつつ、アッシュの声に合わせて突っ込もうと構える奴の足を止める。リオがやった事はそれだけだ。あとは、放物線を描いて飛んでいく猪の生首を眺めているだけ。
そう思っている間にもまた猪の首が宙を舞い、冷凍保存する胴体がまた増える。普段なら見たくもない首の切断面だが、不思議とリオの視線を惹きつけた。楕円形の断面には骨、気管、筋、肉がくっきりと木の年輪のように見えている。出血が少なく肉の凹凸も殆どないのは、刃の鋭さと力加減のバランスが絶妙だからなのだろうか。
「職人技ってやつ?よくやるなあ」
「集中しろコンニャロ!端の牙デケえやつの足止めろ!」
「うえ!?ごめん!スノーレイヴン!」
鴉の羽を模した水晶色の塊は一直線に飛び、猪の眉間の中心に寸分違わず突き刺さった。
「あ」
「ブモオオオオォォォ!!!」
刺激で興奮状態に移行した猪は高らかに雄叫びを上げ、ギリギリと歯を軋ませながら身体中に炎を纏った。文字通り焼き豚となった割に痛みは無いらしく、地面を焦がしながら悠々と大地を踏みしめている。呼吸と共に鼻先から熱気を吹き出し、目玉は充血したかのように真っ赤に染まっている。
「燃えた!?なんかヤバい!?」
「焦んなこいつで最後だ!喰らえ月虹!」
白銀の煌めきが周囲を照らし、レディアントの刃が勢いのままに焼き豚猪の顔を正面から斬り倒した。顔面が斬り潰されてなお死体は炎に包まれていたが、数分程経った後にようやく火は勢いを失くし、最後には何の変哲もない猪の胴体だけが残っていた。
「燃える猪なんてこの辺りで聞いたことないよ。どこかから迷い込んできたのかな?」
「火山地帯には燃える兎なんかがいるらしいけどな。こいつの近縁種に似たのがいるかは知らん。その地域もここから遠いし、わざわざ移動してくるとは思えないな」
「異常気象のせいかなあ、最近多いらしいし。モンスターも影響を受けて進化したのかも」
「元が火に強いわけでもないのに、すんなり適応できるもんなのか?しかも一匹だけ」
「魔法を使ってたんじゃないの?人間だって魔石を使うじゃない」
「つっても限界はあるだろ。俺は炎魔法使ったら普通に怪我するぞ。今もちょっと口がヒリヒリしてる。つか猪は大した魔力も知能もないだろ」
「ふ~む、確かに。じゃあもうさっぱりだ」
「なに話してんの、肉が血い吸っちゃうでしょ」
いつの間にかパティが街道に戻ってきていた。よく見るとパティの手には猪の毛がついている。8匹の猪がどのような最期を遂げたのか、あまり想像したくない。
「大漁なのはいいけど、全部を持っていくのは無理ね。ここは街から近いから、下手に放置すると他のモンスターが寄ってきちゃう」
「一旦パッシェに戻るか。手押し車でも借りてこよう」
パッシェと街道を数回往復した後、街道には冷凍保存された猪肉が数日分残った。一行は陽が沈むまで北上した後、街道沿いの空き地で野営の準備をした。火を焚いてモンスター対策の罠をいくつか用意し、アッシュは待ち焦がれた鍋の準備に取り掛かった。
パッシェで肉と交換したトーフに白菜に生姜。そこら辺に自生していたキノコと薬草。加えてアッシュが常備している塩や各種調味料を合わせ、グツグツと煮込む。アッシュは真剣な面持ちで薬草をつぎ足して汁の色の変化を観察し、ウンと頷いた。次いで肉の色を確認した後、荷物からおもむろに生卵を取り出した。
「丁度余ってたんだ、今回はすき焼きってことでからめて食べよう」
卵をよく溶いて軽く汁と混ぜ、猪肉をさっとからめて口に運ぶ。程よい肉汁と香りが口に広がり、さっぱりとした味が舌を刺激する。程よく萎びた野菜類もまた美味であり、具を噛みしめる程に顔が綻びる。紛れもなく絶品の猪鍋だ。
「うん、うまい!」
「ほんのり感じる薬草の風味がいい味を出してる。それに食材の魔力がほとんど残ってるよ。騎士団の魔力補充食よりよっぽどいい」
「卵もいいわね。食感が随分まろやかになってるわ」
「食材に感謝だ。いい肉だぜ」
アッシュ一行が鍋を囲む空き地から遥か北方、山1つ越えた大木の下に2つの人影があった。ぼさぼさの金髪を掻きながら地面の石を蹴るシオンを見て、ナハトは溜息をついた。
「相変わらずふざけた奴だ、やる事さえこなせば文句は言わんが。力を得た人間というのはそれに相応しい振る舞いをするものだと思っていたが、お前はいつになっても子供のようだ」
「人間なんてそんなもんよ。誰だって大人っぽいふりをするだけ。仕事はするから安心してよ。ここまで来るのに長かったんだ」
「そうだ。それでいい。我々が一番に厭うべきは」
「王の意思、でしょ?分かってるって。ナハトの望む世界はもう目と鼻の先だよ」
改まった様子で微笑むシオンの顔を見て、ナハトは満足げに頷いた。




