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カナン隊長は苦労人

 人は必ずしも、年齢に比例して精神が成熟していくとは限らない。それはいつまでも頼りない責任感のない未熟な大人がいるという事実を指すのが大概であるが、裏を返せば年に似合わず分別を弁えた子供が存在するということだ。


 カナンから見たシンシアは先走りがちな点があるものの、同年代に比べれば品行方正、実直、真面目、好評嘖嘖、いわゆる「いい子」だった。だが案外年相応に憤るものなのだな、と先程の様子を思い返す。


 同い年のリオだからこそ引き出した一面なのだろうか、上下関係に縛られるカナンには少し羨ましく感じる。二人の決闘とやらの結果は気になるが、それはさておきカナンにも仕事がある。シンシア達が闘う廃墟前の空き地のさらに奥地、廃墟下の地下道を通り抜けてたどり着く森の中にアッシュを招待した。後ろに控えるリドネに一応の見張りを頼みつつ、あくまで軽い口調で、二人に話しかける。


「改めて礼を言っておこう。今回の件、そしてサマナでの襲撃事件では世話になった。ありがとう」

「礼自体は素直に受け取っておくけど、それが本題ってわけじゃないんでしょう?」

「とっと話せ、とっとと」


 困った。いきなり核心を突くアッシュの返答もそうたが、その横で指を鳴らすパティの威嚇行為が嫌でも気になる。西大陸にあんな声を出す鳥がいたなあ、なんて悠長に考えてはいる場合ではない。明らかに敵対的ないし挑発的な行為されている気がする。カナンからすれば、2人とは有効的な関係を築いておきたい所なのだが。


「そう警戒しないで欲しい。アッシュ君には襲撃の折に崩落に巻き込まれたサマナ支部長を救出してくれたと聞いている。カロリーヌさんは私の師匠筋にあたる人でね、個人的には君に感謝してもしきれないのさ」

「感謝というなら俺もだ。カロリーヌさんが落ちる天井を食い止めてくれなきゃ、あの時牢屋にいた奴等は全滅だった。……、あの人は無事なんですか?」

「帝都を出発する直前に見舞ってきたよ。意識は取り戻したし、本人も明るく振る舞っている。ただ、両腕の骨折は痛いな。復帰にはしばらく時間がいるだろう」

「治る兆しがあるなら良かった。あの人だけなら問題なく脱出できたろうに、それで死なれたら申し訳が立たなかった」

「良かったねアッシュ。それで結局、隊長サマが街から離れてまで仰りたいことはそれだけ?」


 アッシュの方はやや表情が緩んだが、パティには依然として警戒されている。そもそもあなたは呼んでないのに、とは言わない方がいいだろう。


「手厳しいな。2人には確認したいことがあってね。本来なら名前を聞いた時に気が付くべきだったんだが」


 一旦言葉を切り、一呼吸おく。ここまでは騎士団本部隊長として、2人は協力者の民間人だと想定して接してきた。ここからは依頼人として、2人を一定以上の戦闘能力を有した傭兵として考えなくてはならない。


「『彗星』ジャック・バールの名は騎士団でも有名だ。統一戦争の折に帝国側について一騎当千の活躍を見せた伝説の傭兵。そして彼の引き連れる子供もまた大人顔負けの曲者であったことは、一部の界隈で語り草になっている。戦後の紛争で度々名を上げていた、その姉弟の名がパティとアッシュ。……君達の事で間違いないね?」

「……ああ」「ええ」

「やはりそうだったか。『統一戦争の悪霊』に『人でなし姉弟』。仰々しい異名を囁かれる姉弟がどんな顔をしているのか気になっていたが、まさかこんな所で会えるとはね。……パティさん、私はあなた達に危害を加える気は無いとだけ言っておくよ」


 パティの眉間の皺がみるみる増えていく。名誉な異名ではないだろうが、一々憤られても話が進まない。


「金目当ての厄介な連中だと思ってるくせによお。恨みの一つくらいあるだろ?」

「裏を返せば金額次第で懐柔できる戦力だ。何なら君達は帝国側の仕事が多かったしね。それに、いちいち傭兵個人に恨みを抱えている暇は無いね。……呼び出したのは他でもない、アッシュ君を特待者に任命した件についてだ」

「なんだよ、冤罪で捕まえた奴が特待者じゃ、流石に面子が立たないってかい?」

「まあそんな所だ。単刀直入に言えば、特待者の任命解除及び犯罪組織カルテッロ捕縛の正式な協力依頼だ」

「む……」「へえ」

「帝国議会が作った文があるから、かいつまんで読み上げるよ。『今回の特別任務対象犯罪者の任命は緊急事態に際してのものであり、本来踏むべき段階や騎士団員の監視体制を著しく外れている。また、対象者の逮捕自体が冤罪に近いことも~以下略』。他にもいろいろ理由は書いてあるけど、ようするに特対者から君は外れることになった。また別で報酬を用意するからシオン一派を追いかけるのには協力してほしい、というのが帝国議会及び騎士団からのお願いなんだが」


 そこまで話して口を止め、パティの振り上げた拳に手を当てて動きを静止させた。


「あんたが殴られ役ってわけでしょ?中間管理職は大変ね」

「落ち着いてくれ。繰り返すが、私は君達に感謝している立場なんだよ」


 だから言いたくなかったのに!心の中で愚痴を叫んでも、慰める人はいない。万が一を想定してアッシュだけを呼び出したというのに、パティが勝手についてきてくれたおかげで無駄に緊迫感を味わう羽目になった。カナンの嘆きを知らぬまま、パティの怒りは止まらない。


「騎士団もお前もアッシュをナメすぎだろ。被害者逮捕して巻き込んで、体裁が悪いから解任!?そんで結局人手不足だから金払って雇い直すとか、この恥知らずがよ。本部隊だか知らないけど偉そうにしやがって。お前の首をビトーニヤに晒して鴉避けにしてやろうか」

「落ち着けよパティ。そう喧嘩腰だと本気に聞こえるぞ。それにやるなら隊全員くらい並べねえと」


 パティが押し黙り、場に静寂が訪れる。アッシュは冗談と考えているらしいが、多分パティは本気だ。実際に可能かは別として、こちらの返答次第では実行に移しかねない。そして彼女の意見もまた正しいのが余計たちが悪い。というかアッシュにはカナンを殺す選択肢を否定して欲しかった。


 カナンが巻き込まれた点は私も同情しますと言ったら怒るだろうか。怒るだろうな、煽りとしか思われないだろう。ふと、ご近所のミルおばさんに預けてきた犬のことを思い出した。元気にしてるかしら、私も今すぐ帰りたい。本当に最後の手段として、2人との戦闘になることも頭に入れておかなければいけない。不安気にちらちらと視線を寄せるリドネに軽く手を振って平静を気取る。


 2人との戦闘に彼女を巻き込むのは危険すぎる。リドネにシンシア達を呼びに行かせ、カナンが2人同時に相手取る。アッシュの立ち回りは昨日確認したが、カナンの俊足で対処が可能な範囲だった。あとは一撃必殺の噂を持つパティの右手を潰せば、数の利を取られていようと充分な時間を稼げるだろう。傷は隊の回復術士に直させればいい。無論、死人を出さず手打ちにできる範囲に収める。うん、これが一番理想だ。


 思考が戦闘態勢にシフトしていることは充分に自覚している。しかし、現状ではカナンの言葉でパティの警戒心を解くことは不可能である以上、パティの出方に従って対応するしかない。女同士睨み合って徐々に足を開き互いの動きを探る中、長い沈黙を破ったのはアッシュの長い溜息だった。


「2人共そう焦るなよ。一番肝心の俺がまだなんも答えて無いだろうが。……受けるよ、その話」

「こちらにとっては嬉しい話だが、いいのか?」

「ああ。連中、特にシオンはどうせ追いかけるつもりだったんだ。騎士団の援助を受けられるなら儲けものだろ」

「そりゃ合理的に言えばね。でもあんたプライドとか無いわけ?」 

「どっちにしろ騎士団は協力に応じるまで追いかけてくるぜ。こいつらが欲しいのは戦力ってよりかは敵を見つける目だ」「目?」

「リオだけじゃ不満か?」


 驚いた。彼が想定以上に冷静な事はもちろん、こちらの意図をここまで見抜く程とは思っていなかった。


「そこまで考えが及ぶか。その通り、現地に集う騎士団員の中で犯人の顔を知るのはごく一部。被害に遭った支部から参戦する者も多いが、全員がしっかりと顔を見ている訳でもない」

「はっきりと顔を覚えてるリオはシンシアと衝突していて問題アリ。そこで金で動きそうな俺に白羽の矢が立ったと。いや嬉しいねえ、騎士団サマにここまで評価されると。俺も鼻が高いよ」


 わざとらしく首を振るのは場を和ますためかもしれないが、今回に限っては愛想笑いをする気にもなれない。カナンとしては、少しでも早く話をつけて会話を打ち切りたい。


「当日には客に混じって犯人を探してもらう。見つけたら近くの騎士団員に報告するだけで充分だ。なんなら祭を楽しみながらでも構わない。報酬や正式な書類についてはパッシェの詰所で」

「まあ、アッシュがいいなら別に文句は言わないけどさ。話がついたんなら先に戻ってるわー」


 苛立ちを隠そうともせずに首を鳴らしながら、パティは早足で地下道への道を戻って行った。あちらに正当性があるとはいえ随分と悪印象を持たれてしまったが、追いかけて機嫌を直すのも面倒だ。それに地下道を3人揃って歩くよりは、まだアッシュと2人きりの方が胃に優しい。


「あ〜あ、先に行ってやんの。カナンさん、気を悪くしないでくださいよ、普段はあそこまで怒らないタイプなんで」

「非はこちらにある。それにシンシアの件も。とても恥ずかしい物を見せてしまった」

「あれはリオも悪いからお互い様でしょう。あんたも鬱憤が溜まるだろうに」

「君には気を使わせたようだな。騎士団本部隊長などと持て囃されているが、私は女の子1人の機嫌を取ることもできないのだよ」


 それにしても、どうにか事が穏便に進んで良かった!アッシュに悟られないよう注意を払いつつ、シオンは胸を撫で下ろした。統一戦争から15年経った現在もなお、クルシア帝国は軍備拡張の動きを大きく見せている。


 各地で報告される反帝国勢力の動向も無視できる規模ではなく、次の戦争はそう遠くない未来に実現するだろう。最小限の犠牲で事を終わらせたい帝国からすれば、特に思想も無さげなアッシュのような人材は実に都合が良い。今回は彼の気遣いも大きかった気もするが、その借りは報酬金を多めに設定することで返せばいいだろうか。そんな事を考えていたせいで、アッシュから何度も声をかけられていることに気づくまで数秒かかった。


「ん!?……すまない、考え事をしていた。何かあったかい?」


 ん!?の部分が地下道に反響したせいで、自分で出した声に驚く始末になった。全く情けない。アッシュは愛想笑いをしながら何事も無かったような素振りをしてくれている。


「リオとシンシアの決闘はどうなったかと思って。今頃廃墟近くで戦ってるんなら丁度鉢合わせるだろ」

「そうか、それもあったな」


 カナンから見れば一連の事件やサマナ支部の采配にリオが責任を負う必要は無い。アッシュが特対者を辞める今となっては、余計に気に留める問題ではないのだ。シンシアの考え方も理解できるし意外な一面を見せたことは面白かった。だが、戦いを終えた二人のケアを用意するとなれば面倒さが勝つ。全く上も下も世話が焼ける者ばかりだ。


「ふっ、まだまだ気を抜けないというわけだ。せっかく出世したのになあ!」

「無理はすんなよ……?」

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