決着の裏
「隊長、目標確認しました。被害者らしき少女も一緒です」
「えらいアーティスティックな廃墟っスね。そんでリオ君っぽい子は見えないっスね」
金髪の男と茶髪の青年が睨み合う廃墟前から30メートル程離れた森の中、朝露で湿り気を孕んだ茂みの影に、クルシア帝国騎士団本部隊長カナン・ユールベルほか、部下三名が現着した。
小まめな手入れによって磨き抜かれた純白の鎧は潜伏向きの恰好とは言えないが、陽光を反射する朝露の多い早朝という時間帯と、葉を力強く茂らせる木や低木が功を奏し、カナン達が気づかれる気配は無い。
何故か2階部分の凍り付いた廃墟も朝日を乱反射しており、嫌でも二人の注意を惹いている筈だ。いや、そもそも彼等は周囲を警戒していないのだろう。少女を脇に置いて相手に対して半身に構える金髪の男と、馬車を背に矛の柄を両手で握り締める茶髪の青年。何かを話しているようだが、こちらまで声は届かない。
共に救出に向かったというリオの姿は見えないのは気になるが、子供が1人しかいない辺り、別の場所で誘拐犯を追っていると見るのが妥当だろう。森の奥へ犯人が逃げた可能性も捨てがたいが、いかにも潜伏場所ですという雰囲気の廃墟の内部を確認しておきたい。クルシアの統一戦争時代の拠点ならば、地下室や抜け道は必ずある。
「よし、私がアッシュ君と協力して誘拐犯を抑える。リドネは隙を突いて馬車の車輪を壊せ。馬が暴れるだろうからそこは用心を。シンシアとプリシッラは廃墟の表から突入して制圧。恐らくだが敵は地下だ」
「了解っス」「はい」「はあい」
「パティ嬢の情報通りならば、リオ君は1人で残りの犯人を追っていることになる。上手く手助けしてやってくれ、シンシア」
「分かりました。ていっても1人で特対者のお付きになる程の人ですから、私の手助けなんていらないかもですね」
「それなら楽でいいんだがな。……それよりお前達、作戦前に一つだけ確認しておきたい事があるんだが、いいかな」
カナンの言葉に、何やら重い雰囲気があるとでも考えたのだろう。一瞬で三人の間に流れる空気が緊張で張り詰める。特にシンシアは顕著だ。右側頭部で纏めた赤髪をしきりに手でいじり、随分と落ち着かない様子のようだ。気持ちが入るのは結構だが、それはカナンの本意ではない。なぜなら、
「いや、別に活を入れようとかじゃないんだ、ただその………。あの2人、どっちがアッシュ君なんだ?」
3人の部下は揃って思案する様子を見せ、三者三様に意見を出した。
「そういえば分かんないっスね」「特徴とか聞いてないんですか?」「どっちも只者じゃないって感じですけどねえ」
「……やはり分からないか!」
そうなのだ、カナン側は特対者アッシュについての情報が乏しい。サマナの留置所での取り調べ資料も件の崩落で消失し、情報は口伝のみ。意識を取り戻したカロリーヌ支部長に聞き出した彼の特徴も、凛々しいだの眼力があるだのと個人を特定するには一切役立たない要素ばかりだった。1人悩むカナンを他所に、部下3人は互いの考えを言い合っている。
「金髪一つ結びは怪しいな。助けに来たんなら子供を1人だけ連れ出す意味は無いだろ」
「それを言うなら、馬車の近くに陣取る茶髪さんの方もです。流れ弾で馬が暴れ出す可能性もあるのに、わざわざ近づいてますから。逃げる所を見つかった、って感じじゃないですか?」
「報告だと、アッシュ君は10代後半らしいですけどねえ。遠目じゃ判断できませんね」
「やっぱ金髪だろ。いかにも必殺仕事人て感じだし、茶髪はもう武器持ってるじゃん」
「それは早計ってやつですよ。茶髪さんはさっきから髪をかき乱したりして、あんな落ち着かない人が味方なんて嫌ですよ」
「シンシアちゃん、それはもう好みの問題じゃない……?」
「まあ第一印象以外見分け方が無いからな、ぶっちゃけ私の意見も勘だから」
「ふふふ、勘だって、リドネちゃんたら。……いや、それでいいのかも」
「何か考えがあるの?プリシッラ」
「ええ、隊長。あの子供を狙うんです」
子供を狙う!?穏やかな部下から飛び出た物騒な言葉に肝が冷えるが、当人はいつも通り垂れ目を薄く開いて落ち着いた様子だ。
「だから、乱入して子供を抱えて、そのまま安全地帯に避けるんですよ。その上でこっちの身分を出せば、どう状況が動いても私達は対応できますよ」
「いいと思います、子供が荷物になって金髪さんが動けていなかったのなら良し、人質に取っていたパターンでも大丈夫ですから」
「気づかれずに子供を攫えるのかは、隊長の腕次第って感じっスかね。『神速剣』の腕の見せ所っスよ」
確かにいい案だ。一番重要な子供の安全確保を行いつつ、先程から膠着しているらしい状況を一気に動かせる。アッシュ君を驚かせるのは忍びないが、まあ本人の経歴や功績は聞き及んでいる。彼が踏んできた場数を無駄にしていないことを祈ろう。
「よし、そのプランで行こう。リドネは私が子供を保護したら安全な場所に連れて行ってくれ。一応言っておくが、彼女が誘拐犯の一味という可能性もあるから注意」
残念ながら、身寄りの無い少年少女を犯罪の使い走りにする手合いが存在するのも事実だ。細心の注意を払い、赤毛の少女が抵抗する想定もしておくべきだろう。
「私が一気に突っ込んで注意を引く。シンシアとプリシッラはその隙に表に回ってくれ」
「お気をつけて、隊長」「子供は優しく扱ってくださいね、隊長」「私に渡す時もこう、フワッとやる感じでお願いします、隊長」
どうも最近部下からの扱いが軽くなっている気がする、とカナンは思う。20代で、しかも女性で本部隊長になったカナンが部下に舐められやすいのは自覚しているが、外部の目がある場であの調子を出されては騎士団としての面子が立たない。親しく接してくれるのは有難いが、立場の違いや本部隊員としての意識付けを行うべきかもしれない。
そんな事を考えながら体勢を落とし、廃墟へ向けて駆け出した。走る間も2人の様子から目を離さないが、やっぱりどちらがアッシュか分からない。先行する味方の外見1つ分からないとは、どうにもストレスの溜まる任務だ。
「全く、面倒な仕事を引き受けたものだな」




