決着
決着をつけよう。そう仰々しく返したものの、レイモンドが採る行動はシンプルかつ残酷なものだった。少女を盾にして距離を詰め、全魔力を込めた必殺の一撃でアッシュを仕留める。初戦が廃墟の、それも地下での戦闘だったせいで互いに大技が出せずにいたが、屋外に出た今となっては話は別だ。
向こうが手出しをし難いというアドバンテージを最大限に活かして速攻で終わらせる。重要なのは最初の一歩踏み出すタイミングだ。何のことは無い、どちらかに隙が生まれる些細な一つのきっかけさえあれば状況は動く。その変化が何であれ、人質を確保しているレイモンドが有利であることは確かだ。その筈だった。場にレイモンドとアッシュしかいなかったその瞬間までは。
一際強い疾風が天空より舞い降りて何処かへ去っていった。突風に思わず顔をしかめたレイモンドは一瞬だけ、少女を視界の外にやった。その刹那に、傍らに立っていた少女は忽然と姿を消していた。ここへ来てUFOか、UMAの類か。まさか風に吹かれて飛んで行ったとは言うまい。レイモンドの疑問は尽きなかったが、悩みはすぐに解けた。その答えが20メートル程離れた台地にあったからだ。
純白の鎧に足下まで伸びたマントは騎士団の特徴だ。くせ毛のロングヘア―が目立つ桃色髪の騎士の傍には、先程までレイモンドのすぐ近くにいたはずのリーベが呆然とした顔で立ち尽くしている。借りてきた猫のように縮こまったリーベとは対照的に、女騎士の表情は威風堂々、自信満々と言った様子だ。女騎士はリーベを労わるように背中を支えると、こちらに剣を突き出して高らかに名乗った。
「私はクルシア帝国騎士団本部隊長、カナン・ユールベルである!この少女の安全は我が名と帝国の威信にかけて保障する!特対者アッシュ、そして誘拐犯とやら!存分に全力を出し給え!」
ご立派な演説を最後まで聞いている余裕は無かった。レイモンドが持つアドバンテージが消え、場の主導権の定まらないまま状況は突き動かされてしまった。ここからは実力だけが物を言う世界だ。
「北の流星、南の凶兆。仰ぎ夢見て天啓を下さん。カーディアク・ディスティニア!」
最早互いに作戦を構築する余地は無い。握り締めた両拳を合わせてグローブに嵌めた魔石に魔力を注ぎ込み、レイモンドの持つ最大火力を打ち出す。七色に輝く極太のレーザービームはアッシュへ向けて、その力の全てを炸裂させんと荒れ狂い襲い掛かる。元より彼我の距離はさほど離れてはいない。防御魔法を詠唱をする間も無くアッシュはエネルギーの暴圧に飲み込まれるだろう。いや、アッシュは金歯以外に魔石の類を持ってすらいないか。
だがレイモンドの予想に反し、アッシュは今まで見せなかった不敵な笑みを浮かべたまま、その表情を崩す素振りを一欠片も見せなかった。漫画の悪役のような、揃った歯を見せつけるように口許を吊り上げたまま、アッシュは一言だけ呟いた。
「飛べ、月華」
言葉と共に構えた矛の刃に光が灯り、白銀色の輝きが周囲の草花を照らす。地面と水平に横一文字に振り下ろされた刃の軌跡はその場に留まり、白銀の三日月が完成したその瞬間、その形を保ったまま前方へ射出された。七色のレーザーと白銀の衝撃波は二人の中間地点で衝突し、互いに溜めこんだエネルギーを周囲に発散させながら大爆発を発生させた。爆発によって変異した色とりどりのエネルギーの破片が飛び散る様は幻想的で魅力的にさえ見えたが、レイモンドにそれを楽しむ余裕は無かった。
「月虹」
爆風の向こうから数本の矢の様な光線が曲線状に迫るのを一歩下がり、走り、転がって避け、衝撃で発生した煙にあえて飛び込む。互いに視界の覚束ない煙を突っ切る様に動き、最短距離で詰める。アッシュの白銀の矛は煙を挟んだ向こうでも朝日を反射して位置が分かりやすい。口元で可能な限り小さく、そして早く詠唱を重ね、アッシュへ向けて力強く足を踏み込む。
「ワイバーンフィスト!」
「やれ、月華」
再び互いの魔力がぶつかり合い、弾け飛んだ魔力の余波で周囲の草花が千切れ飛ぶ。先程とは違い、今度は拳と矛が魔力の衝突越しに触れ合う近距離での交戦だ。
些細な表情の変化や袖口の切り傷、拭き取り残した口元の細やかな血痕さえ明瞭に見える。レイモンドの感覚が研ぎ澄まされて行き、時間の流れが緩く、遠くなっていくのを知覚する。レイモンドの視界の端には懐かしき故郷の景色や、死に分かれた友人の姿すら見える。これが走馬灯という奴か?ああ、これは良くない。私はまだ死ぬわけにはいけない。いつか夢見た故郷への帰還のため、そして行く当ての無い自分を拾い上げてくれた親友のため。
「負けるわけにはいかんのだよォォォォ!!!!」
龍の頭部を象った魔力の本流は、その見た目通りに咆哮に似た風切り音を発生させながら白銀の矛先に喰らい付く。黄金の龍は眼から炎にも似た魔力を発散させながらアッシュの矛を襲うが、その刃を嚙み千切るには至らない。あと少しで押し切れる手応えはあるのに、その一押しまでが遠い。何が、一体何が足りないのか。
「お前も何か大事なもんを背負ってるらしいな。けど悪い、俺は3人分の人生背負ってるんだ。まだ2人に会える程歩いていない」
テレパシーでレイモンドの思考を読んだかのように嘯くアッシュは、依然として口元の不敵な笑みを崩さないままだが、両の瞳は真剣そのものだった。風にたなびく茶髪のその裏に、簡素な服に身を包んだ2人の子供が見えた。2人は穏やかな表情で微笑むと、アッシュを支えるように両肩に手を添えた。幻覚の類だろうか。いや、見間違いではない。そしてレイモンドはこの子供達の事を知っている。先程アッシュのうわ言で聞いた、彼の人生の岐路となった2人の特徴そのものだ。
「ああ……、見えるぞ!君の背負う命が!だが友への畏敬と亡き家族への菩提の願いは、貴賤の付くものではないだろう!アッシュ!この勝負に勝つのは私だ!」
身体中からかき集めた全魔力を右腕の先に集約させ、金色の龍へ力を注ぎ込む。余力を残さず、この一撃に全身全霊を籠め出し切る。この勝負に勝とうとも、後には騎士団本部隊長とかいう女騎士、下手をすれば騎士団本部の精鋭による包囲網が控えている。
ここで全ての体力を使い果たしてしまえば騎士団による捕縛は避けられないだろう。罪の大きさからして帝国最大の檻、スイルド大監獄行きの可能性が高い。だがレイモンドはそれでも構わないと思った。互いに心の傷をさらけ出した友との決着は何よりも優先するに値する。
レイモンドの望みが天に届いたのか、地面を強く踏みしめるアッシュの右足が僅かにブレた。この好機を逃してはならない。自らの両足が大地と同化するかのように固く踏みとどまっているのを再確認しつつ、最早感覚も薄れてきた右腕を前方へ向けて無理やり押し込む。この膠着状態に移行してから何分経っただろう、いや、現実には案外数十秒の出来事かもしれない。待ちわびたその瞬間は、アッシュの足のブレを認識した体感数十秒後に訪れた。
アッシュの右膝が弾かれるように地面から離れ、前方に倒れ込むような前傾姿勢へと移行した。レイモンドの身体を真っ向から押し戻す白銀の魔力の感覚も一気に弱まり、端へ除けられた矛先の向こう、こちらを睨み付けるアッシュの顔面へ向けて黄金の輝きを放つ龍が放たれる。長い長い臥薪嘗胆の時を経て到来した歓喜の瞬間に、思わず達成感の声が漏れ出る。
「私の勝ちだ、アッシュ!!君の名は永遠に私の心に刻まれるだろう!」
脳内が充実感で溢れたせいで、レイモンドは些細な違和感に勘付くのに一瞬遅れた。何故アッシュは私を睨んでいる?恐怖でも、悔しさでもない。その目。そして未だに変わらないその笑みは何なんだ!?その一瞬の迷いが感知を遅らせた。
背後から下腹部を幾度も貫かれ、反射的に血交じりの息を吐き出した。レイモンドの血で紅の模様がついたそれは、朝日を照り返して艶やかに光っている。実体を持ったそれらは周囲の地面から生えていた。
傷は痛むが、そんなことはどうでもよかった。この攻撃は次のための布石だ。
アッシュは踏み外したように見せかけた右足をレイモンドの横に滑り込むように踏み込み、身体を捻って黄金龍の一撃を回避した。そして輝きを失ったかに見えた矛先は、主の勝利を確信したかのように輝きを取り戻す。レイモンドは自身の敗北を否応なく受け入れさせられた。これは避けられない。
「ふふふふ、私の負けだよ、アッシュ」
「じゃあなレイモンド。……『虹月詠望』」
その光は今まで一番白く強い銀だった。耀きがレイモンドの左わき腹を直撃し、衝撃が腹から心臓、首、脳を突き抜ける。薄れゆく意識の中、レイモンドの視界に最後まで映っていたのは、自らを切り捨てた男の姿だった。しかし相手への怨恨の類を抱くことは無く、薄れてゆくレイモンドの意識は一貫して穏やかだった。
「…………、ム。今は夕方か?ここは……どこだ?」
「やっと起きたか。ノンビリ寝息まで立てやがって。この寝坊助が」
「……あれ、生きてる。私は生きてるよアッシュ」
「そうだよ畜生!首まで叩き斬るつもりだったのに」
「首なら斬られたさ。大事な仕事に失敗した僕を彼は許してくれないだろう。ところで、私は担架に乗っているのか。今はどんな状況なんだい?」
「子供は全員無事に家に帰った。お前の手下も街まで連行済み。お前等と組んでた騎士団員も取り押さえたってさ。リーダー格っぽくて事情に詳しそうなお前の意識が戻ったところで、ようやく事件はほぼ解決って訳だ」
「ほぼ、か」
「お前のバックについてる組織に関しちゃこれからだよ。ヤバめな牢獄に収監される前に吐いとくのが身のためだぜ」
「そう言えと、あの騎士団隊長とやらに言われたのかい?残念だが私から情報が洩れる事はないよ。どんな拷問を受けようとね」
「それは俺の管轄外だ。すいませ~ん!こいつ目覚めたんで、運んでじゃってください!意思疎通も問題ないんで!」
呼びかけに反応して駆け寄る騎士団員の様子を横目に、アッシュは役目は終わりとばかりに両手を頭上で組んで伸びをした。
「最後に聞いとくぞ。リーベちゃんだけ連れ出したのは何でだ?手を出すでもなく長話してたらしいじゃねえか」
「ム。……そんな話か。攫う際に部下が彼女を馬車から落としてしまってね。そのせいで彼女は特別怯えていた。怪我をしていないのかもそうだが、僕は出発までの間、彼女に少しでも穏やかに過ごして欲しかったんだ。仕事で攫いはしたが、個人的には子供の健やかな成長を願っている。それだけ」
一見いい事を言っている風の雰囲気だが、独善的で気持ちの悪い理由だ。妙にねじ曲がった価値観は恩人とかいう仲間の影響だろうか。節々に見える常識と非常識の食い違いを追求したくなったが、アッシュにそこまでの気力は無かった。
「自分なりの美学ってやつか。まあいい、そろそろ時間だ。じゃあなロリコン」
「また言ったな。いった、いた、いたたたたたた」
「お、感覚が戻ってきたか。騎士団の連中に手当てされて助かったけどよ、お前腕取れて腹も穴開いてたぜ。しばらくは歩けねーだろーな」
そう嘯くアッシュこそが穴を開けた張本人なのだが、レイモンドは憤る様子もなく笑った。
「ふははは、完敗だよアッシュ。さらば、とは言わないでおくよ。君とはまた会いそうな気がする」
そう言い残し、レイモンドは騎士団に運ばれて何処かに去っていった。治療もそうだが、パッシェの団員の不祥事が見つかった以上、他の街まで移送する必要があるのだろう。ふと辺りを見ると、日中は現場検証で騎士が行き交っていた廃墟周辺も、陽の落ちかけた今となっては人影もまばらになっていた。
ゆっくり歩いて街に戻ろうかと1人で歩き出したアッシュに、背後から声をかける者がいた。騎乗した桃色のくせ毛が特徴的な騎士は横に並んで馬の足を止めると、手を後ろにやって背を空けた馬を指差した。パッシェまで足を貸してくれるらしい。親切に甘えて馬に跨ると、馬はひひんと一声鳴いてゆっくりと進み始めた。初めて乗せる相手だというのに緊張する素振りも見せない。躾が行き届いているのだろう。
「乗馬の方は問題ないね。お疲れ様、アッシュ君。これまでとこれからの協力に感謝するよ」
「カナン隊長でしたっけ。お疲れ様はお互い様でしょう。労いはパッシェに着いてからってことで」
「そうか。であれば、事件の話を先に済まそうか。部下に顛末を聞いてはいるが、当事者のアッシュ君に直接聞いておきたくてね。軽い雑談くらいの気持ちで構わないよ」
「良いですよ。俺達がパッシェに着いたのは昨日の午後でしてね……」
そこから話した内容は、昼間にカナンの部下に話した内容と変わらなかった。カナンは時々相槌を挟みながら黙って耳を傾けていたが、話がレイモンドとの決着に及ぶと首を傾げた。
「裏口での決着は私も見ていた。1つ気になったのはね、君、なぜあの男を殺さなかった。最後の攻撃は人1人消し炭にするくらい訳ない威力だったように見えたよ。それに見間違いかな、君が一瞬だけ力を抜いたような気がしたんだ」
困った。その話題は誰に話すつもりもなかったというのに。アッシュは数秒口をつぐんでいたが、白状するようにため息をついた。
「……斬る瞬間幻覚が見えやがった。黒髪の眼鏡がレイモンドの背中を支えてる幻覚がね。あ~我ながら馬鹿らしい。信じないでしょうこんな話」
「信じないね。私はその場で見ていたんだ、黒髪の影もなかった」
「影もなかったのに急に出てきたのは隊長さんもじゃねえの?随分タイミングよかったな」
「騎士はヒーローだからね。遅れてやって来るしタイミングも良いのさ。なんであれ、犯人を生かしてくれたのは助かるよ。問題は山積みだ」
パッシェに戻るやいなや、入口で待ち構えていた二人組に行く手を阻まれた。水色の髪をした騎士団の魔法使い、もう片方は純白の鎧に身を包んだ赤毛の騎士団の少女だ。物陰からの出現だったため一瞬面食らったが、水色の方は見知った顔だ。一先ず互いの無事を喜ぼうと声をかけようとしたが、二人の息の合った一声のほうが一瞬早かった。そして、その内容は全くの予想だにしていないものだった。
「「カナン隊長!明日の昼に、決闘の許可を下さい!」」
「はあ!?」




