Deviance World Online 間話『想定外』
黒狼は嘔吐を繰り返し、地面を暴れ回っている。
体調の問題では無い、脳回路が焼き切れ脳波形が荒ぶり生命活動を著しく損壊しながらゲームの接続を無理矢理千切らなければならないほどに追い詰められていた。
それはただ単純に一週間ばかりの記憶の同期と経験の共有で行われた事で発生したデメリットであり、エクストラスキルと呼ばれて然るべき力の対価。
誰でもないからこそ、誰かを依代にし蔓延する悪意が露呈する。
「あと何分だ……、クソッタレ!! あと何分でブラックアウトが解除される……!!」
泡を吹いて倒れている、ゲームとの接続が曖昧になり強制的にログアウトさせられかけた。
幸運にも或いは不運にも保護装置が働かないよう設定していたおかげで一切の操作を受け付けない状況になっているが、解除されるまではまともな操作ができない。
さすがに展開中の術式が強制解除されることはないものの、だ。
復帰しなければ不味いことは、間違いない。
「不味い不味いッ、何より不味いのはどれだけの速度で殺されてるっていうんだよ……!!」
ワルプルギス内部に保管していたアルトリウス足止め用のモンスターが凄まじい勢いで殺されている、殺された分の経験値は黒狼に入るよう仕向けたので強化されるのはいいものの。
本体が目覚めなければ遠隔でのバフもできない、この一時間をどのようにしのぎ切れるのかが作戦の肝だというのにこれは完全な予想外かつ想定外だ。
1分が10分にも20分にも感じられる、だからこそ待ち遠しいその瞬間が来たときに黒狼がとった行動は迅速だった。
「黒狼、術式が」
「状況はおおよそ把握済みだ、俺の意識が復活したおかげで深淵バフを載せられる。ロッソはホムンクルスの生産速度を上げろ、粗悪品でも俺の『呪屍』で無理矢理形にする」
「粗悪品じゃ、一秒も持たないわよ!! それなら時間をかける方が……!!」
「安心しろ、俺に秘策がある。今はとにかく生産速度を上げろ、死体を堆く積み上げるんだ」
回復アンプルを身体に突き刺し、目を血走らせながら叫ぶ。
ただし酷く落ちつき、何処までも冷静に。
ロッソはカスルブレホード脳波が周囲の空間に伝播し、不都合が生じない範囲で影響を与え些細な幸運を齎すと述べていた。
それは科学的見解であり極々物理的な事象、人間が無意識的に構築する集合性トランセンデントコグニティブスペースを前提に置いた時に一切の不足なく理屈が通る話である。
そしてその現象は個々人に優劣が存在し、アルトリウスと黒狼は極めて高い数値を叩き出していることも真実だ。
それは物語にした時、さながら主人公と見紛うほどに強力で紆余曲折あれども彼らが望む結末を手に入れられるほどには。
幸運にも、黒狼は奇跡の生還を果たした。
強制ログアウトを潜り抜け、異質なスキルを御しきり再び戦いの盤面でポーンを動かす。
幸運にも、アルトリウスはモルガンが敷いた罠に気がついた。
決戦直前という状況ではあるが、些細な違和感の一つが彼の脳内を刺激しわずか1時間前に敷かれたトラップを奇跡的に看破した。
この盤面はチェスであり将棋であり、二人は空想に置かれた盤面で無数の駒を操っている。
ただし全てが読み合いで帰着する盤上ではなく、互いが見据えているのは二人が干渉できないその先。
盤外からの、幼子の手を。
先程も述べたように二人にはほぼ絶対的な幸運がある、そのために二人の盤面は永久的に膠着し些細な動きはあれども決着することはあり得ない。
いや膠着が崩れ決着が付く時はあるか、気分により乱高下する黒狼の補正が劣り絶対的な敗北という形での決着ならば。
逆にこの要因でアルトリウスが敗北することは先ず先ず無いだろう、何せ彼の補正は一切振れる事などなくただ黒狼の万全と同じ状態を常に保っているのだから。
「まぁ、そろそろ時限爆弾が爆発する頃合いだろ。任意で発動できなかったのは想定外だが、任意で発動できない程度で問題になる仕込みなら最初から無意味だ。全部解除されるのが目に見えてるし、な」
口から溢れた血液を拭い、二本目の回復アンプルを突き刺さす。
ポーションも日夜進化している、より即効性を重視した結果にMP回復ポーションもまたアンプル型が現れ始めた。
従来の瓶型に比べより少量で一つ当たりの回復効率が2割も上昇している、筋肉注射様々だ。
まぁ謎の薬液成分を筋肉に注入していいのか甚だ疑問だが、真面目に突っ込めば不真面目なステータスが思考を阻むので深く考えるのはダメだろう。
「黒狼!! 予想通り来やがった、このままじゃ船が落とされるぞ」
「さっすがフェイルノート、『遊鳴の騎士』トリスタンの名前は伊達じゃねぇな。遊撃において右にも左にも出る奴が居ねぇ、上空何メートルを飛んでると思ってるってんだ」
ワルプルギスの右翼が拘束され、姿勢制御が不安定になっている。
魔弓フェイルノートを操る13円卓が1人、騎士トリスタンが原因だ。
そしてこのように思考し喋っている間にも拘束の数は増殖し、ワルプルギスを落とそうとして来ている。
中央制御兼司令室みたいな立ち位置になっているワルプルギスの最奥、ゾンビ1号が凍結され眠る空間で黒狼は見えざる盤面を幻視し最善手を導き出した。
「まずはトリスタンを潰す、本腰入れて攻め込む前に落とされちゃ話にならねぇ」
「残念なお知らせね、音響装置の起動はあと3000秒掛かるわ。そしてこの調子だと1811秒後に高度維持が出来なくなり通常魔術が当たる空間まで落下する、どう対処するつもり?」
「多弁は不要、私の魔術で」
「いや、有効車体じゃない。そもそも見てから避けられる、急速に接近し一撃で刈り取る。それが出来ないのなら、出すべきはネロだ」
む? と疑問符を浮かべ顔を覗くネロ、次の瞬間ワルプルギスが大きく揺れた。
用意されていた警告がアラームと共に現れ、機体損壊状況をマジマジと突きつけてくる。
全くもって嫌になる、だが敵はそれだけの実力を持つ血盟なのだから寧ろ楽しむべき状況だ。
息を軽く吸って鋭く吐く、体調の悪化は既にない。
やるべき事など定まっている、黒狼は拳を握り叩きつけ宣言した。
「本試合前の前夜祭だ、ここで負けるわけには行かねぇぞ? まずはトリスタンの弓を引っ剥がす。そのためにネロのドゥムス・アウレアを展開させ一気に逃げ切る、Have you made up your mind?」
黒狼は、笑っている。
「使い慣れない英語を使うものではありません、既に覚悟は出来ています」
モルガンは、王城を睨みつけ。
「最後の最後まで、この戦いに付き合ってやるよ」
村正は、ただ静かに刃を抜き。
「うむ、薔薇色の栄華を咲かせようぞ!!!」
ネロは、踊るように回転し。
「負けんじゃ無いわよ、負けたら全部貰うから」
ロッソは、愉快そうに口を歪め。
「行くぞ、本当の戦いを『混沌たる白亜』が見せつけてやる」
激動の1日が始まる、あるいは。
ここまでの集大成を示す、戦いの熱が吹き零れた。




